voice of mind - by ルイランノキ


 説明不足の旅17…『自問自答』- 後編

 
朝になると、可愛い鳥の囀りが聞こえてくる。
ギャア! ギャア! ギャア!
 
「そうそう、可愛い小鳥が『ギャアギャア』と……って、可愛くない!」
 
道を挟んで向かい側の木々の中に、一際目立つ巨大な樹木がある。その枝に4匹のイトウが、翼を羽ばたかせて朝から大声で鳴いていた。
 
「やっぱ可愛くない」
 
アールはテントの前に立ち、イトウを眺めていた。右手には鞘から抜いた剣を握っている。
 
「なに独り言喋ってんだ。やっぱ頭イカレたみてぇだな」
 と、テントから出てきたシド。
「……イトウさんがいるから」
「イトウさん?」
 と、シドはイトウに目を向けた。「あぁ、心配ねぇよ。襲って来ねぇから」
「どうして?」
「あの木はバローラの樹っつって、生き物の血を吸いながら成長する。イトウは捕われの身ってわけだ」
「え……今なんて言った?」
 と、アールは思わずシドに訊き返した。
「人の言葉も理解出来なくなったのか。イカレるとこまでイカレたな」
「違うよ! 生き物の血を吸うって……」
「別に不思議なことじゃねーよ。この世界ではな」
 シドは、地面に腰を下ろしてストレッチを始めた。
 
この世界は木も化け物なの……?
アールはバローラの樹に捕らえられて暴れているイトウを見て背筋がゾッとした。
 
「突っ立ってねーでお前もやれ!」
「え? なにを?」
「毎日ストレッチしろっつったろーが! 記憶までぶっ飛んだのかテメェは!」
「ご、ごめんなさい……普通に忘れておりました。今から行います……」
 
アールはイトウの鳴き声を気にしながら、シドの隣でストレッチを始めた。それにしてもイトウの鳴き声が耳に障る。
 
「ねぇ、あのイトウさん達は死んじゃうの?」
「さぁな。バローラの樹が満たされりゃ解放されんだろ」
「満たさなかったら?」
「血を抜かれすぎて死ぬ。それだけだ」
「私達はあの木に襲われたりしないよね?」
「木は動かねぇからな。バローラの葉は独特な香りを放って魔物を呼び寄せる。そして枝にあるトゲを刺して血を吸う。……って、ストレッチに集中しろ!」
「はい……」
 
体が硬い人よりも、柔らかい人の方が怪我をする比率は断然に低い。1日歩き続けるとむくんだり、筋肉疲労の痛みも減るだろう。しかし、習慣付けるまでが問題だった。
 
「僕も仲間に入れてください」
 と、ルイがテントから出て背伸びをしながら言った。
「カイは?」
「まだ寝ています。──イトウの声でしたか、テントの中まで聞こえていたので、何かと思いましたが」
「お前はストレッチしてねぇでメシ作れメシ!」
「僕もたまにはストレッチをしないと。ストレッチはリラックス効果もありますからね」
「リラックス効果? じゃあストレス溜まったときとかにも良いのかな」
 と、アールは前屈をしながら訊く。
「えぇ、オススメですよ」
「じゃあ毎日ストレッチしてるシドは何でいつもイライラ──」
「喧嘩なら買うぞ」
「今日の朝食はなあに?」
 と、アールは即効話題を変えた。
 
アールの体は疲労感でいっぱいだった。朝食に出された甘い香りがする飲み物を飲むと、体中にミントを塗ったようなスーッとする感覚が広がって大分楽になった。体が軽くなった気がする。ルイに訊けば、疲労回復薬だそうだ。そういえば自分のシキンチャク袋にまだ疲労回復薬が2つ入っていたような気がする。ルヴィエールを出る際に、いくつか説明書と共に受け取った薬をきちんと確認せずにシキンチャク袋に仕舞っていた。時間があるときに確認しておこう。ルイに渡しておいた方がいいだろうか。疲労回復の薬がまだシキンチャク袋にあることを確認したら勝手に使い切ってしまいそうな気がした。
 
「さて、朝食を食べたことですし出発する準備をしましょう。カイさん、布団出しっぱなしでしたよ」
「あ、片付けまーす」
 

──朝が来なければいいと、心の片隅で思う日もあった。

 
「それにしてもギャーギャーうるせぇな。あのイトウぶった斬るか?」
「ダメですよ。襲ってくる魔物以外には手を出さないでください」
 

──眠り続けて、眠ることに飽きて目を開けたとき、自分がいた元の世界に戻っていればいいと思う。

 
「アールさん? 申し訳ないのですが、バケツに水を入れておきましたので食器を洗い流してもらえますか?」
「はーい」
 

──無数の痛みがあって、いちいち一つ一つの痛みに気づく暇がない。
足の小指や踵には水ぶくれができて、水ぶくれが破れて皮が剥がれ、それにも気づかず歩き続けて擦れてく小指と踵は血が滲んで靴の内側は血の跡で黒ずんでいた。

 
「カイさん? 布団仕舞いましたか? ……て、何をまた寝ているのですか!」
「だって布団見ると眠くなるんだもぉーん……」
 

──体が痛い。どこが痛い?
 
 全身が痛い。痛くないところは?
 
 自問自答を繰り返す毎日。
 
 辛い? 苦しい? 大丈夫? 頑張れる?
 誰の為? なんで頑張るんだっけ?
 
 ねぇ わたし、 なにしてんの ?
 
自問自答に正しく正確に答えられる日を
私は必要としていなかった。
 
この時はまだ……。


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