voice of mind - by ルイランノキ


 説明不足の旅16…『知りたくない』◆

 
ルイはテントの横に結界を張り、テーブルを取り出して調理を始めた。カイはまた布団に入り、枕を抱き抱えて二度寝をしている。アールとシドは、そんなカイが寝ている布団を挟んで料理が出来上がるのを待っていた。会話はなく、2人の間には重く気まずい空気が流れている。
 
「手伝ってこよっと……」
 アールは独り言を呟くと、気まずい空気から逃げるようにテントを出た。
 
調理をしているルイに近づこうとして、結界にゴン!とぶつかる。
 
「いったーッ!」
「大丈夫ですか?!」
 と、ルイがアールに駆け寄った。
「なんとか……」
 アールはぶつけたおでこを擦った。
「緑色の結界は出入りが出来ませんが、水色の結界は自由に出入り可能です。先に伝えておくべきでしたね……すみません」
「ううん。覚えておく」
「でも、僕に触れていれば緑結界でも入ることが出来ます」
 そう言うとルイは、結界の中から手を伸ばすと、結界を通り抜けてアールの手を取り、中へと引き入れた。
「あれ? 入れちゃった!」
「緑色の結界ではなくても、結界を張った本人と繋がれば自由に出入りが出来るのです」
「凄い! あ、でも休息所の結界は色がついてないよね?」
 アールはテーブルの椅子に座った。ルイは調理を再開しながら答えた。
「えぇ。あれは防壁結界と言って、休息所や街を守る結界です。複数の魔導士の力、そして魔術師から借りた魔道具によって結界の力が保たれているのです。因みに今僕が張っている結界は防護結界と言います」
「ふーん、なんか覚えるの大変そう。その魔導士と魔術師ってどう違うの?」
「そうですね……簡単に説明すれば、魔導士というのは魔法を操る者、魔法使いのことを指し、魔術師というのは彼等も魔法を操ることは出来ますが、主に魔法を研究している者のことを指します。魔道具を作り出すのも魔術師の仕事になります」
「へぇ……」
 
ルイが握っている包丁がまな板をトントンと叩きながら野菜を刻む音は、眠気を誘う。アールは欠伸をして、テーブルに顔を伏せた。
目を閉じると、脳裏に懐かしい映像が浮かぶ。対面キッチンの前に置かれた2人掛けのダイニングテーブル。仕事から遅く帰ったときはここにラップを掛けた夕飯が置かれている。バッグを椅子に掛けてからおかずを電子レンジに入れて温めている間に手を洗う。2つ目のおかずを温めている間にバッグから携帯電話を取り出して友人や恋人から連絡が来ていないかの確認をする。いつもの流れだった。居間のテーブルで食事をするときもあるが、家族揃っての食事のときくらいで、直ぐに済ませたいときはキッチンに一番近いダイニングテーブルで食べることが多い。
夕飯前に帰った日や休みの日は居間でテレビを観ながら夕飯が出来上がるのを待っている。台所から「少しは手伝いなさい」という母の声が聞こえても、聞こえないふりをしていた。単に面倒だからだ。母は母で、共働きだから疲れている日もあるだろうに、私はいつだって自分のことを優先していた。
 
アールは顔を上げ、もう一度欠伸をすると席を立った。
 
「ルイ、手伝うよ」
「いえ、大丈夫ですよ。お疲れのようですし、ゆっくりしていてください」
「でも……手伝おうかと思って来たわけだし」
 と、話している最中に聞こえてきた足音にアールは気をとられた。
 
成体のダム・ボーラがゆっくりとアール達の方へと近づいてくるのだ。結界の前まで来ると前足で結界を引っ掻いた。
 
「困りましたね、お腹でも空いているのでしょうか」
 ダムの体長は2メートル近くあり、椅子に座っていたアールはダムを見上げ、圧倒されていた。結界は引っ掻かれたくらいではびくともしないが、思わず身をのけ反ってしまう。
「なんか頻りに引っ掻かいてるけど……」
「心配いりませんよ」
 ルイはそう答えると、切った食材をフライパンに移した。
 
──その時。
 
「っだぁ! うるせぇ!」
 と、シドが大声を出しながらテントから出てきた。
 驚いたダムがシドに向かって高々と飛び掛かる。
「シドさんっ?!」
 ルイがシドの名前を呼ぶと同時にシドは手に持っていた刀を抜いてダムを斬り付けた。
 放り投げた刀の鞘と重なるようにダムは力無く地面へと倒れ込む。ピクリともしないダムは、声を出すこともなくシドに首を落とされた。
「ったく……よえーくせに攻撃してくんじゃねーよッ」
 シドは不機嫌そうにそう言い放つと、放り投げた鞘を拾い上げて刀を仕舞った。
「どうかしましたか?」
 と、ルイは野菜を炒めながら訊く。
 
空腹を刺激する美味しい香りが結界の中で広がる。
 

 
「カイがうるせーんだよ。つーか結界ん中入れろ」
「うるさい? 寝言は聞こえてきませんでしたが……。今手が離せませんので少し待ってください」
「寝言じゃねーよ……あいつの歯ぎしりがうぜぇんだよ! いいから入れろ!」
「私代わるよ」
 と、アールがルイの隣に立って言った。
「あ、すみません」
 ルイはフライ返しをアールに手渡した。
 
その時アールはふと、ルイの左袖からチラリと見えたバングルに目を止めた。ルイがアクセサリーを身につけていたことに少し意外で驚いた。 
ルイはアールを結界の中に引き入れたようにシドにも手を貸すのかと思いきや、テーブルに立てかけていたロッドを手に取り、結界を張り替えた。
 
「いちいちロッド使ってんじゃねーよ」
「魔道具(武器)も人間と同じで経験を積めば力を備えます。使い過ぎては逆効果ですが」
「んなこと言ってんじゃねぇよ。ハンドポルト使えば早いって言ってんだよ。テメェの力制御してんなよな」
「無駄に力を使いたくはないので。それにコントロールが難しいのですよ、“外さずに”使うのは」
 と、ルイはシドを見据えて言った。
「あーっそ。腹減った。飯はまだか」
 と、シドは椅子に腰掛けた。
「アールさんありがとうございます。もういいですよ」
 と、ルイはアールからフライ返しを受け取り、調味料を加えた。
 
ルイが晩御飯の仕上げに取り掛かった頃から、1匹、2匹と、別のダム・ボーラが姿を現した。
 
「シドさん、カイさんを起こしてきてもらえますか?」
「めんどくせーよ。お前が行けよ」
「ついでに魔物退治もお願いしますね」
「だからお前が行けっての!」
 そう言いながらもシドは刀を手に結界の外へ出た。
「……シドって絶対、亭主関白だよね」
 と、アールはルイが出した食器皿に料理を取り分けながら呟いた。「ルイ、亭主関白な夫を持って大変だね」
「夫にした覚えはないのですが……」
「それにわがままな子供もいて」
「それは……カイさんのことですか?」
「更に世間知らずで世話が焼ける養子まで」
「子供を産んだ覚えはありませんが……」
「ルイ、なんかツッコミ所がズレてるよ」
「ツッコミ? よくご存知ですね、ツッコミという毛の生えた果物は、夜な夜な毛を飛ばして──」
「そのツッコミじゃないから。」
 
まだ、知らないことだらけだ。私はこれから、どれだけのことを知っていくんだろう。知らないというのは不安を募らせるけれど正直、知りたくないという思いもあった。
この世界の事を知れば知るほど、ここで過ごす時間が長いということだから。
 
「でしたら……寄生虫の方ですか? あのツッコミという寄生虫の正式名は“ツーロットコミバー”といって、魔物の傷口から体内に入り込んで卵を──」
「違うってばっ!」
 
ほんと、分からないことだらけだ。
今の私にはまだ、ルイが言う言葉は冗談なのか本気なのかも、分からない……。
 
 

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