voice of mind - by ルイランノキ


 トーマの冒険記14…『ジャックの提案』

 
カイとトーマの活躍によって思ったよりも早くタオルを取り戻すことが出来たため、トーマの結婚相手を探す時間に余裕があった。けれど、トーマが気に入り、相手もトーマを気に入る女性と出会えたとしても、結婚までこぎ付ける時間はないだろう。よほど今すぐにでも結婚したいと思っている女性と出会えない限りは。あくまでも“結婚を前提に”お付き合いできる女性を探すことになる。
 
それにしても、よほど自分に自信があるのか、薄汚い格好でナンパをはじめるトーマ。声を掛けられた女性たちは皆、怪訝な表情で彼を見て、ろくに話を聞こうともしない。そんな状況に、トーマは首を傾げるばかり。
 
「あれじゃあまともに話を聞いてくれる女性も見つからないよね」
 遠目から様子を窺っていたアールは困り果て、そう言った。
「厳しいようですが、現実を見るにはいい経験になるのではないでしょうか」
「なるほど、確かにそうかも」
 そして周囲に目を向け、カイを見遣った。
 
「えー、お姉さん30なの?! もっと若いんだと思ってたよぉ。でも大人の色気にクラクラしちゃうなぁ!」
「またそんなこと言ってぇ。なにかの勧誘?」
「いやいや、お姉さんが綺麗だったからつい声を掛けたくなっちゃってさぁ。ここで声を掛けなかったらもう一生お姉さんと会うことも話すことも出来ないかもしれないと思うといてもたってもいられなくなっちゃって!」
「もう、口が達者なんだから」
 と、カイに声を掛けられた女性はまんざらでもない様子でカイとの会話を楽しんでいる。
 
「あれ、カイがナンパしてるんじゃないよね? あくまでもトーマさんのために、ナンパしてるんだよね?」
「……難しい質問ですね」
「でもカイってモテないけどナンパはうまいよね。明らかにナンパなのにはじめは断るけど結局話を聞く女性が多いみたい」
 カイが聞いていたら聞き捨てならないだろう。
「無垢な笑顔に警戒心を無くすのかもしれませんね」
「あ、それわかるかも。ルイはナンパしたこと……ないよね?」
「ないですね……。警戒されないか不安です」
「どう声をかけたらいいのかわからないしね……。手当たり次第声をかけても警戒されそう。なにか効率がいい方法があればいいんだけど」
「ある」
 と、人ごみを分けて近づいてきたのはジャックだった。
「これを作ってもらった」
 ジャックはそう言ってアールに紙の束を渡した。そこにはこう書かれている。
 
《お食事会をしませんか?
 本気で結婚相手を探している女性限定。
 街から離れた自然ゆたかな場所で
 運命の男性との生活をはじめてみませんか?
 ※食事代はこちらで負担します》
 
「なにこれ……合コンのお誘いチラシ? 男ひとりなのにそれ書いてないし! 集まったとしても苦情来るよ! それに食費こっち持ちって……」
「好条件じゃないと集まらないだろう? それに場所なんだが、従業員の家が建ち並んでいるD地区の空き家を貸してくれることになった。ホームパーティみたいなものだな。料理は……」
 と、ジャックはルイを見遣る。
「なるほど、僕が作るというわけですね。ナンパには自信がありませんが、料理でしたらお役に立てるかと」
「食材が……」
 もったいない。
「これも最終的にはアリアンの塔を見つける鍵を探すためです」
「でもさ、騙すみたいで……」
 と、アールはチラシを見遣る。
「カイも参加すればいい。俺も参加する」
「え」
「いやいや、もちろん人数合わせだ。さすがにトーマひとりじゃな」
「あわよくばとか思ってません……?」
「思ってねーよ……。本の中の住人と出会ったところでどうするんだ。本の外へ連れ出せるのか? それとも俺がここに住むのか?」
「それもそっか……」
「とにかくチラシを配ろう。ルイはこの住所に行って、食事会の時間までに料理の用意を頼む」
 と、メモ用紙を渡す。
「どのくらい用意すればいいのでしょうか」
「任せる。作りすぎたときは従業員に食べてもらおう」
「わかりました。では後ほど」
 と、ルイはメモ用紙に書かれた住所へ向かった。
 
「じゃあ俺はチラシ配ってくるな」
「ジャックさん……」
「どうした」
「この前……電話で酷いこと言ってごめんなさい。連絡してこないでって……」
「いいんだ。わかってる。自分の立場もな」
「……でも、なんでここまでしてくれるんですか?」
 と、チラシに視線を向けた。
「時間制限内に全部終らせねぇと戻れないんだろう? 鍵が欲しいのは俺らも同じだ。シド等は手伝う気もなさそうだし、俺が手ぇ貸さねぇと」
「ありがとう……」
「良いってことよ。チラシを思いついたのはさっき不動産のチラシを貰ったからで、ちょうど近くに小さな印刷会社もあったもんでな」
「お金かかったんじゃ……」
「大したことねぇよ。じゃあまた後でな。人ごみに潰されるなよ?」
 と、ジャックはチラシを配りに向かった。
 
アールはカイに声をかけ、貰ったチラシの3分の1を渡した。食事会への参加をお願いしたら喜んで引き受けてくれた。それから途方に暮れていたトーマにも残りの2分の1を渡し、アドバイスをした。
 
「服、着替えたほうがいいですよ。周りを見て下さい、そんな服装している人なんていないから」
「でもこれが俺だからな……」
 と、ナンパをことごとく失敗して落ち込んでいるトーマは仕方なくチラシを受け取った。
「でも……話も聞いてもらえないと意味がないから。騙すわけじゃなくて、あくまで盛装。食事会に参加する女性もきっと着飾ってくるだろうし。それと同じ」
「なるほど……でも、金がない」
「……あ、じゃあ」
 カイに服を借りたら?と言おうと思ったが、まともな服を持っていただろうか。ほかに貸してくれそうなのはルイだが。
「じゃあ、私が出します。洋服屋さんありましたっけ」
 失礼ながら、ルイの服を彼に着て欲しくないと思ってしまった。
 
ならカイのはいいのか。と、自分に問う。
 

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©Kamikawa
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