voice of mind - by ルイランノキ


 説明不足の旅15…『生き方』

 
辛くなった。寂しくなった。
 
ふと立ち止まって、手を一回叩いてみた。
その瞬間、誰かが死んだ。
 
この世界のどこかで今、名前も知らない誰かが亡くなった。
ニュースにもならない命。
 
その子が生きられなかった今を、俯きながら歩く自分。
あの子が見られなかった今日の空を、自分も見ずに歩いている。
 
辛くなった 寂しくなった
ふと立ち止まって、手を一回叩いてみた。
 
その瞬間、誰かがどこかで
泣いた。
 
答えてくれない人の名前を呼んで泣いた。
私の耳には届かない遥か遠くのどこかで
  
誰かが 此処に向かって
 
大声を張り上げた。
 
━━━━━━━━━━━
 
辺りはひっそりと静まり、夜空には三日月が浮かんでいる。
アールとルイは、テントへ向かって歩いていた。
 
「ルイ」
「はい?」
 アールは俯き、立ち止まった。
「シドは……?」
 
ルイはアールの質問にドキリとした。シドが先に行ってしまってから、アールにどう説明しようかと考えていたが、結局いい答えは見つからなかったのだ。嘘をつくのは気が引けるが、素直に話せば彼女は自分を責めるだろう……。
 
「シドさんは……先に行かれました」
「どうして?」
「その……」
 ルイは言葉を詰まらせてしまった。言葉を探そうとすればするほど焦りが顔に出てしまう。
「やっぱり私のせい? だよね……」
 と、アールは視線を落とす。
「アールさんのせいではありません」
「無理しなくていいよ。わかってるから。ちゃんと。自分でも自分のことがおかしいことくらい、分かってる。時々自分が何をしていたのか思い出せない時もあるし……変に調子がいいときもあれば、やる気が全く出ないときもある。うんざりされても仕方がないよ。みんなに迷惑掛けてること、みんなを困らせてることはちゃんと分かってる。分かってるのに……」
 アールは悔しそうに顔をしかめた。
「僕たちも分かってますよ」
 と、ルイは優しい口調で言った。
「アールさんが、頑張ろうとしているのに上手くいかず、アールさん本人が一番悩んで苦労して、辛い思いをしていること、ちゃんと分かっていますから……。それなのに僕達は貴女の為にしてあげられることを見つけられず、情けない」
 
ルイの優しさは、時折アールの胸をチクリと刺した。
 
「生き方が……わからないの。この世界での生き方……。私はどうあるべきなのか、どんな気持ちで歩いて行けばいいのか、わからない。頑張らなきゃいけないのは分かってるのに、気持ちが不安定に揺れて定まらない……」
 
ルイはまた、言葉を見失う。どんな言葉を彼女に投げ掛ければいいのか、分からなかった。今の彼女からしてみれば、どんな言葉も意味を無くす気がした。
 
「うわぁーん!」
 と、月明かりの下、テントで寝ているはずのカイが叫びながら走って来た。
「カイさん……」
「よかったぁ……起きたら2人共いないんだもん! 俺置いて行かれたのかと思ったよぉ」
 と、カイは半ベソをかきながらアールの袖を掴んだ。まるで迷子になった子供が漸く見つけた母の手を、もう離れまいと必死に掴んでいるかのようだ。
「ごめんね、カイ」
「アールもう大丈夫なのぉ?」
「大丈夫だよ」
 アールは笑顔で答えた。
「そういえばアールさんはどこへ行っていたのです?」
「ルイと反対方向の道。テントに戻ろうと帰ってたら、ルイが向こうへ走ってくのが見えて追い掛けたの」
「そうだったのですか……」
「なになに? なんの話ぃ?」
 と、カイが少しふて腐れて訊く。自分だけ仲間外れにされた気分だったからだ。
「あはは、なんでもないよ」
「なんだよぉ……二人だけの秘密ぅ?」
「そんなんじゃないから」
 と、アールは呆れながら言った。
 
テントを出していた場所まで戻って来ると、カイが真っ先にテント内に入ろうとしたが、ルイが直ぐにカイの腕を掴んで引き寄せた。テントの横で人影が動いたような気がしたからだ。
 
「誰かいます。誰ですか?!」
 ルイが声を掛けると、アールも咄嗟に腰に掛けている剣に手を添えた。
「なんだ、もう俺の顔を忘れたのかよ。いい記憶力してんな」
 そう嫌味を言って顔を出したのは、シドだった。
「シドさん!」
「シドぉー!」
 カイは感激してシドに飛び付いた。「お帰りシドぉー!」
「気持ちわりぃんだよ! くっつくなッ!」
「戻って来てくれると思ってたよぉー!」
「わーかったからくっつくなって! ぶん殴るぞッ!」
「うわぁーん!」
 カイはシドから逃げるように離れると、アールの背中に身を隠した。しかしアールの方が小さいのでまる見えである。
「背後霊かテメェは……」
「シドさん、おかえりなさい」
 ルイはそう言って、戻ってきた理由は訊かなかった。
「……あぁ。めし作れめし」
「そういえば晩御飯はまだでしたね、今すぐ作ります」
 腕まくりをしてカイとテントへ入って行ったルイは、シドが戻ってきて嬉しそうだった。
 
シドは、黙ったまま鋭い目つきでアールを見遣った。
 
「……ごめんなさい」
 シドの怖い視線に気づいたアールは、目を逸らしながら謝った。
「次の街に着いて、お前が今の腐った状態のままならお前を街に置いて行く。女だからって甘く見てもらえると思うな。お前が動けなくなったときは、切り捨てる。お前が元の世界に戻れなくてもこっちは知ったこっちゃねんだよ。俺等はお前を元の世界に戻してやる為に命を掛けてるわけじゃねんだからな」
「はい……」
 
アールは両手で強く体を突き飛ばされたような気がして、足元がぐらついた。
シドもテントへ入り、1人残されたアールは外の風がひやりと冷たく感じた。テントの中からカイの笑い声がする。
 
「アールさん?」
 なかなか戻らないアールを心配して、ルイが顔を出した。
 
これまで普通に仲間と共に過ごしていたテントが、他人の家に思えてすんなりと入ることが出来なかった。
 
「どうしたのです? 危険ですから早く中へ……」
「あ、うん」
 アールは、何事もない笑顔でテントへ入ったが、自分がその場にいる違和感を感じずにはいられなかった。
 
 

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