voice of mind - by ルイランノキ


 イストリアヴィラ19…『お使い』

 
「──?!」
 
モーメルは額に汗を滲ませながら顔を上げた。自宅のモニターの前にあるキーボードにうつ伏せになって眠っていたのだ。
 
「大丈夫ですか……?」
 と、突然背後から声を掛けられ驚いた。
「なんだい……いつの間に来てたんだい」
 モーメルに声をかけたのはギップスだった。
「いや、モーメルさんが呼んだのですよ。それで出迎えてくださったではありませんか。随分疲れているようで、すぐに寝てしまわれましたが……」
「…………」
 モーメルは眉間にしわを寄せて思い返す。「そうだったね」
「顔色悪いようですが、悪い夢でも見られましたか?」
「…………」
 モーメルは黙ったまま席を立ち、台所へ移動した。
 
ため息をつき、コップに水道の水を汲んだ。喉の渇きを癒して虚空を見遣る。──時折寄り道をしながらも、修正を加えることで本筋から離れずに進んでいる。大丈夫。問題はないさ。
 
「モーメルさん……?」
 と、ギップスが心配そうに様子を窺う。
「あんたを呼んだのは、お使いを頼みたくてね」
「あ、はい。なんなりと」
 ギップスは、ミシェルがいなくなったことで人手が足りないのだろうと思った。食材かなにかのお使いだと思った。
「時間がないんだ」
 モーメルは居間に戻り、魔術に関する資料などを収納している棚から一枚の紙を取り出し、ギップスに渡した。
「ここに書いてある魔道具を一式集めてほしいんだよ」
「え……」
 ひとつひとつ見遣り、困惑する。「これ全てですか?」
「持っていそうな魔導士や魔術師の連絡先も書いておいた。直接交渉して手に入れて欲しい。金ならいくらでも積む。アタシの名前と一緒にこの手紙を渡してほしい」
 モーメルはそう言って、10通以上ある手紙を彼に託した。
「しかし……」
「あんたの予定や仕事は勝手ながら他の者に頼んでおいた。これは重要な任務だよ。アタシはもう、そんな体力もないからね」
「もし集められなかったときは?」
「死ぬ気で集めておくれ」
「…………」
「どうしてもってときは、出向くよ」
「……はい。やってみます」
 
ギップスはそう言って、受け取ったメモ用紙と手紙をコートの内ポケットに仕舞った。
 
「では……行ってまいります」
 モーメルの様子からただ事ではないことはわかる。足取りが重かった。
「ギップス」
「はい」
「手紙の中にはあんたに宛てたものもある。あとで読んでおくれ」
「……わかりました」
 ギップスは頭を下げ、モーメル宅を出た。
 
外に出たギップスは、ゲートの前で立ち止まり、今一度モーメル宅に目を遣った。
なにか大きな変転を迎えようとしている。そんな気がしてならない。彼女がなにか重い荷物を抱えていることは前々から感づいていた。
 
預かった手紙の中から自分宛の手紙を見つけ、封を開けた。そこには便箋3枚に渡ってぎっしりと文章が綴られていた。
 
高所にあるこの場所は、遮るものがないため時折強い風が吹く。崖の下では木々が風に揺れて、緑の葉が慌ただしく舞った。
 
「…………」
 
手紙を読み終えたギップスは動揺を隠しきれずに思わずモーメルの元へ駆け寄ろうとしたが、その足は徐々に力を失い、家の扉の前で立ち尽くした。
どんな思いで、どんな覚悟で自分に使いを頼んだのか、彼女の心情を思えば思うほどに、今彼女の元に戻るのはとても軽率な行動に思えた。
 
こんなことを頼むのは……酷かもしれないが……あんたにも重い罪を背負ってもらうかもしれない
 
アタシにはやらなきゃいけない大事な使命があるんだよ
 
それを実行する日が近づいていてね……
 
 
怖いんだよ……アタシは……
 
 
 怖いのさ……
 
──以前、モーメルが自分にそう言ったことを思い出す。
 
避けられない運命が近づいている。彼女は私を信用し、この手紙に全てを書き記し、この使いを頼んだ。
自分も覚悟を決めなければ。
彼女は私の尊敬する国家魔術師。彼女の力になりたい。そして、世界を平和へと導く手助けとなりたい。
 
ふいにアールの顔が浮かび、胸が酷く痛んだ。手紙を握りしめ、ギップスはゲートを潜った。
 
モーメルはその気配を感じ取り、小さくため息をついて力なく椅子に座り込んだ。
 
「ありがとうギップス……許しておくれ……」
 

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