voice of mind - by ルイランノキ


 説明不足の旅14…『十字架』◆

 
「これもいいの? んじゃいただきまーす……あ、こっちも? いただきますー」
「ん……」
 ルイは、カイの長い寝言に目を覚ました。いつの間にか自分も寝てしまっていたようだ。アールが目を覚ますまで起きていようと思っていたのだが。
「アールさん……?」
 ルイは、布団で寝ているはずのアールの姿がないことに気づく。
 
胸騒ぎがしてテントを飛び出した。周囲を見渡してもアールの姿はない。すっかり夜も更け、視界が悪い。
 
「アールさん……どこへ行ったのですか……」
 
ルイは歩いて来た道か、シドが歩いて行ったログ街方面への道か、迷っていた。来た道を戻ると、あの死体が転がっていた場所がある。死体を見て気を失ったアールが再び戻るとは思えなかったが、仮に戻ったとしたら──
ルイはカイを1人テントに置いて行くことに少し躊躇ったが、一度寝たらなかなか起きそうにない。テント内にいれば安全だろうと声を掛けず、歩いて来た道を捜すことにした。
 
足を速め、息を切らしながらあの場所へと辿り着くと、死体はそのまま転がっていて、アールの姿はなかった。ルイは急いで戻ろうと思ったが、ふと立ち止まる。死体を放置することに気が引けたのだ。アールが気を失ったときはそれどころではなかったが。
 
原形を留めていない人間の肉体。ルイは近づくと腰を下ろした。この世界ではよく見る光景だ。人が命を落とし、魔物の餌になるのは珍しいことではない。街から一歩外へ身を放り出せば、そこは弱肉強食の世界。弱いものは餌になる。だからいちいち気にしていては埒が明かない。でも。
ルイは先日見た夢を思い出した。夢の中で手渡されたアールの心臓と、目の前にポツリと残された遺体の一部が重なる。ルイは再びアールを捜そうと立ち上がった。
しかしその時、ガサガサッと獣の匂いと共に背後から聞こえた音に振り返ると、ダム・ボーラが歯茎を剥き出しにして立っていた。大きさからして成体だ。雑食になったダムはルイを獲物として目で捕らえていた。
咄嗟に対応しようとしたが、ロッドがない。慌てていたせいで武器を持って出なかったのだ。
じりじりと歩み寄ってくるダムと目を合わせたまま、ゆっくりと後ずさる。ロッドを使わなくても魔力を発動させることが出来るハンドポルトを使えるが、物に頼らず魔力を使うのは体力共に消費が激しく、また、力の加減が難しい為、出来ることならなるべく控えたいと思っていた。しかし、ダムは今にも飛び掛かって来そうな目をしている。仕方なくルイは両手を構えて身を守るスペルを唱えようとしたが、ダムは間も与えぬ速さで後ろ脚を蹴り上げてルイに襲い掛かった──その時。
 
「んしょっ!」
 と、なんとも気が抜ける声が聞こえたかと思うと、ダムはルイの目の前でバタリと倒れた。
 
ビクビクと体を震わせているダム・ボーラの背中には深く大きな傷があり、ドクドクと血が溢れ出ていた。ルイが顔を上げると、そこにはアールが剣を構えて立っていた。
 
「……大丈夫? てゆうか私でも倒せる魔物でよかった」
 そう言ってアールは剣に付いた血を振り払うと、剣を鞘に仕舞った。
 
旅をはじめたばかりの頃のアールは剣を鞘に仕舞うだけでも手間取っていたのに、今ではすっかり手慣れている。
 
「アールさん……助けてくださってありがとうございます」
 ルイが驚きながら礼を言ったが、アールの視線はルイではなく、あの死体に目を向けていた。それに気づいたルイは、すかさずアールの目の前に立ちはだかり、死体を自分の身で隠した。
「ルイ、武器も持たずに出るのは危ないよ……って、私に言われたくないか」
 と、苦笑する。
「すみません。起きたときにアールさんの姿がなかったので」
「あ、捜しに出てくれたの? ごめんね、書き置き残しておいたんだけど」
「書き置き?」
「うん。ちょっと外の空気吸ってきますって書いた紙をテントの出入口に貼っておいたの」
「そうでしたか……すみません、気づきませんでした。慌てていたので」
「ううん。布団の上に置こうか、入口に貼って置こうか迷ったんだけど、布団の上に置いてたほうがよかったみたいだね」
 
そんな会話をしながらも、風が吹く度に悪臭が鼻をついた。
 
「ねぇルイ……どうするの? その……ルイの後ろの……あれは人だよね」
「……はい」
「このまま放置するの? 例えもう人の姿では無くなっても放置されたくない……と思う」
「そうですね。土に埋めてあげましょうか。それくらいしか僕等には出来ませんが……」
「うん」
「ではアールさんはテントに戻っていてください。僕がやりますから」
「手を合わせたいんだけど……いい? こうゆうのって結局は自己満足にすぎなくて、自分がスッキリしたいだけなのかもしれないけど……」
「そのような単純な思いではないと思いますよ。では少し離れていてください」
 
ルイは森の中に入り、枝を拾うと、平らな場所に魔法円を描いた。そして、戻って来ると亡骸を囲むように円を描いてスペルを書き加え、手を添えて呪文を唱えた。すると最初に描いた魔法円と亡骸を囲んだ円が光を放ち、亡骸は森の中に描いた魔法円へ移動して土の中へと沈んでいった。
ルイは立ち上がってアールに目を向けると、アールは少し離れた場所で腰を屈め、頻りに何かを拾っていた。
 
「アールさん……?」
 近づいて覗き込むと、アールの手には、衣類の切れ端が握られていた。
「これ、亡くなった人のでしょ? 一緒に埋められないかな……あ!」
 何かに気づいて森へと駆け寄ると、短剣が落ちていた。
「亡くなった方が持っていたものでしょうね」
 と、ルイ。「霊標の代わりに、使いましょうか」
 
名前も知らない人の遺体は、道端にポツリと残されていた。魔物に餌とされた瞬間、どんな思いで死を悟ったのだろう。最期に何を思ったのだろう。
どんな人だったのだろう。顔もわからない。
なにをしていたのだろう。
 
「アールさん……?」
 呆然と立ち尽くしているアールに、ルイが声を掛けた。
 
アールは気休めにすぎない小さなお墓の前に膝をついて手を合わせると、目を閉じた。
だけど、何も言葉が出て来なかった。漸く出てきた言葉は……ご冥福お祈りいたします。だった。なんて安っぽい言葉なのだろうと、アールは思った。
 
霊標の代わりに突き立てた短剣は、月の光を浴びて今にも消えてしまいそうな十字架の影を作り出していた。
 

 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -