voice of mind - by ルイランノキ


 海底の町17…『決行日』

 
「……え、えぇ。いいわよ、任せて。そういうことなら任せて」
 と、事情を聞いたマーメイドショーの主催者、マードは快くもう一度人魚と連絡を取ってくれることを了承してくれた。
「暇でも潰して待っていてね」
 と、彼女はそう言い残してエレベーターへ向かった。
 
「マードさん、最初めっちゃ嫌な顔したよね……」
 それはまるで苦虫を噛んだような顔だった。
「えぇ……」
「超不機嫌な顔だったよね……」
「ですが、詳しく説明したら快く引き受けてくださったではありませんか」
 と、ルイ。
「そうだけど、最初ものすごく嫌な顔してた……」
 
あからさまに嫌な顔をされると凹む。さすがに2度も頼むのは図々しかっただろうか。でも人魚と半魚人の話を聞いた途端にやる気がみなぎってきたような表情に変わった。
 
「あまり気になさらずに……」
「あれ? ヴァイスは?」
 
さっといなくなるのは彼の得意技だ。
 
「いなくなりましたね」
「…………」
 少しつまらなそうな顔をした。
「捜してきましょうか?」
「え? ううんいいよそんなこと。ルイは気を遣いすぎだから」
 と、笑う。「宿に戻る? カイ暇してそうだし」
「ですが外にいないとマードさんがわからないのでは?」
「私が外にいるよ」
「でしたら僕も」
「でも……暇だよ?」
「僕はかまいません。一緒にいてはいけませんか?」
 と、アールは寂しそうに見つめられた。
「…………」
 
おっと。なにこの急な可愛い弟感は。不覚にもドキッとした。
 
「ぜ、全然いいです……また本屋にでも行く?」
「えぇ! 本屋に行けば時間もすぐに過ぎるでしょうね」
 爽やか笑顔で本屋に向かうルイの後ろをついて歩いた。
「カイも呼んでみようか。漫画コーナーならカイも暇つぶせるかも」
 携帯電話を取り出して、カイに電話をかけるとすぐに出た。
『もしもしアール? 俺の声が聞きたくなったんだね!』
「起きてたんだね、てっきり寝てるかと思ったのに」
 そう言いながら、電話の向こうが騒がしいなと思う。
「あれ? カイ宿じゃないの? テレビでもつけてる?」
『宿じゃないよん。本屋にいるー』
「あ、ほんと? 私も今向かってるところ」
『マジ?! 気が合うね! 運命なのかも!』
「スーちゃんは一緒? こっちはルイと一緒だよ」
 
急にテンションを下げたカイ。本屋で合流したのだが、彼は幼児コーナーにいた。子供用に儲けられたスペースで寝転がり、絵本を読んでいる。
 
「よく怒られないね」
 と、アールはカイを見下ろしながら言った。
「いい子にしてるからじゃないかなぁ」
「そういう問題じゃなくてさ」
「アールさん、僕は向こうへ行ってきますね」
 と、ルイ。
 
アールは保護者が座るために置かれたソファに腰掛けた。他の子供たちと一緒に絵本を読んでいるカイを眺めながら、まぁ子供番組に出ている爽やかなお兄さんに見えなくもないなと思った。でもやっぱりどう見ても大きな子供だ。
 
「あなたのお知り合い?」
 と、隣のソファに座っていた30代の女性に話しかけられた。
「あ、はい。すいません……」
「面白い人ね。ああいうお兄さんがいたら子守りも楽でいいのだけど」
「いつまでも一緒になって遊んでそうですよ、子供が増えるだけで大変かも」
 と、笑う。
「そうなの? でも、なんだか素直そうだし、ああいう子に育ってほしいわ」
「…………」
 改めてカイを見て、納得。確かに素直でいい子だ。子供のまま成長してしまった感じはあるけれど。
 
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武器屋にいたシドは不機嫌な面持ちで携帯電話をしまい、大きくため息をついた。今にも目の前にあるガラスケースを蹴飛ばしそうな勢いだ。
そんな彼に声をかけたのはジャックだった。
 
「なにかあったのか?」
「あ? ……ルイから電話だ。まだ時間がかかるってな。いつになったら鍵まで辿り着くんだよ面倒くせぇ」
「そうか……思い通りには進まないもんだな」
 
シドは店を出たため、ジャックも追いかけるように店を出た。
 
「ついてくんな」
「どこに行くんだ?」
「地上だ。魔物もいねぇ町で待機してるだけじゃ体が鈍るだけだろーが」
「…………」
 むしゃくしゃしている気分を晴らしに行きたいのだろう。ジャックはシドを見送った。
 
ジャックは町のガラスの壁に近づき、優雅に泳いでいる魚を眺めた。
未だに、自分に出来ることがこれといって見つからない。世界を救う力など自分にはないが、その手助けくらいなら出来るんじゃないかと思っている。今はとにかく大人しくしているのが利口かもしれない。それなのに謎の女が現れたせいでそうもいかなくなってきた。組織の情報をアールたちに伝えることは何かの役に立つだろうか。情報を手に入れようにも下手に行動ができない。堂々と行動しても怪しまれない方法はないものか。
 
「魚が好きなのかーい?」
 と、聞きなれた声にビクリとした。クラウンだ。
「……うまそうだなと思ってな」
「なかなか鍵が手に入らないねぇ。まだ他にもあるというのに」
「そうだな……」
「半魚人と人魚の仲を取り持っている暇はないんだがねぇ」
「……どういう意味だ? シュバルツが目覚めるのか?」
「お前はなんで組織に入ったんだい?」
「それはお前が俺を脅したからだろう」
「ならシュバルツ様を崇拝しているわけではないんだな」
 と、突然声が低くなる。
「……組織に入ったばかりの頃はな。だが今は違う」
「どうだか」
「あれはシュバルツの力なんだろう? 未来を見せてもらった。最後の生き残りとしてグロリアの姿があった。世界の終わりに佇む女の姿が。全てを滅ぼして自分だけが生きている姿が。……恐ろしいものだな」
「…………」
 クラウンはそれでも疑いの眼差しを向け続けた。ジャックは動揺を隠し、続けた。
「どうやったら役に立てる? 俺でも修行すれば強くなれるのか?」
「役に立ちたいのかい」
「当たり前だ。組織に入ったからには腹を括ろうと思ってる。シュバルツに関しては知らないことが多すぎて信じ抜くにはまだ情報が足りない。だからもっと教えてくれないか。シュバルツがどれだけ偉大なのかを」
「アールという女に対してはどう思っているんだい?」
「あいつは……昔世話になった。だからはじめはお前らを敵と見なした。だが、事情を聞いてからは考えが変わった。別の世界から召喚された人間がこの世界のために戦うメリットはない。お願いされて簡単に引き受けるにはそれ相応の見返りがあるはずだ。彼女は悪い子には見えないが……裏があるように思える」
 と、思ってもいないことを口にした。
 
クラウンは鼻で笑って、ガラスの壁に寄りかかった。
 
「悪い子には見えない、か。確かにそうだねぇ。我々が警戒しているのは彼女が悪者に見えるからではない。仮に彼女が見た目通り、気弱でいい子だとしよう。いい子過ぎて、自分とは一切関係のない別世界で起きている問題を解決してくれと国王に頼まれて断れずに引き受けただけだとしよう。彼女の中にまだ大きな力が眠っているとするだろう? 彼女はその力を悪いことに使うことはしないだろうねぇ」
「…………」
「しかしその場合問題なのは彼女自身が自分の中にそんな大それた力があるとは思っていないことさ。もしも自分の力が目覚めたとき、彼女はどうなると思う? 精神不安定な彼女は。平然と自分の力をコントロールし、世界平和のために使うと思うか? 人は変わるものだろう。大金を手にした人間のように。膨大な金があればなんだって手に入るわけだ。大抵のことは思い通りになるわけだ。それが世界を滅ぼせるほどの力となればみんな彼女に頭を下げるだろうね。そして、いい子ならば尚更、国王にいいように使われるだろう」
「国王が彼女を騙していると言いたいのか……?」
「その可能性も視野に入れているということだ。現に、ゼフィル城ではその準備が行われているようだからな」
「準備……」
「本日あたり決行だろう。第2部隊がまた動き出す」
 

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