voice of mind - by ルイランノキ


 海底の町18…『ゲル・ディーアイ・ラブル』

 
「会って……くれる……そうです……」
 と、本屋で待っていたアールの元にマードが汗だくで息を切らしながらやってきた。
「ありがとうございます……あの、大丈夫ですか?」
「なんとか……」
 ゼェゼェとただ事ではないほど疲労困憊している。
「無理言ってすみませんでした……。あの、人魚と連絡ってどうやってとってるんですか?」
「あ……聞きます? それ聞きます? 私まず地上に上がるじゃないですか、人魚にだけわかる音を海に流すんですけど忙しいときは答えてくれないんですよぉ、そんなときは海に飛び込みます私」
「……え」
「アクアスーツはあれ観光客用でバカ高いんですよね、だから借りれないんで自前のウエットスーツを着るんですけど、魔物が出るとやばいんで結界の魔法がかけられたドーム型の透明のアクリル板を担いで飛び込んで人魚の巣窟まで行くんです」
「なんか……すみませんでした!」
 と、アールは頭を深々と下げた。
「いえいえー、お役に立てて光栄です。私も人魚と半魚人の中が悪くなってマーメイドショーにまで影響が出ては困りますから。私マーメイドショーで食ってるんでいやほんとに……」
 
申し訳ない気持ちでいっぱいになりながらアールは何度も頭を下げ、人魚が待っている昨日の場所へと急いだ。ルイに知らせようと思ったが、既に人魚が待っていると聞いてカイにルイへの伝言を伝えて一人で向かった。
 
「お名前訊くの忘れてました。私はアールといいます」
 と、アールは人魚と再会し、自己紹介をした。
 
待っていた人魚は昨日の2匹だった。はじめにギルマンのことを色々と話してくれた人魚が少し気だるそうに話し始めた。
 
「私はディーアイ。隣の子はラブル。ギルマンと話したそうね」
「はい、えっと……ゲルさんと。誤解だって言っていました。人間を襲ったのは確かだけど、食べてはないって」
「……本当に? 嘘をついているんじゃない?」
「嘘をついてるようには見えなかったけど……。人間が漁をしていて、その網に仲間が引っかかってしまったそうです。助けようとして結果的に船を転覆させてしまったらしくて。助かった人間も何人かいたそうですよ」
「…………」
 ディーアイとラブルは顔を見合わせた。こちらの勘違いだったようだ。
「人間に恋した人魚さんの気持ちは晴れないかもしれないけど……直接話してみませんか? ギルマンたちと」
「そうね。誤解だったなら、謝らなきゃいけないし……」
「よかった……」
 と、胸を撫で下ろした。
「あの子のことは、私たちがどうにかするわ。失恋にしては重いけど、元は人間に恋をするのがタブーなんだから」
「私たち友達だものね」
 と、ラブル。「なぐさめて、もっといい男を紹介してあげようよ」
「人間よりはマシなギルマン沢山いるしね」
 
アールはなんともいえない表情で話を聞きながら頷いた。
確かに人間は一番残酷で史上最悪の生き物なんだろう。この世界を滅ぼそうとしているのもその人間なのだから。人間だけが偉そうに生きている。戦争を繰り返し、人間以外にもこの星で生きている生き物が数え切れないくらいいることなど考えない。人間の戦争に巻き込まれた生き物たちはただ逃げ惑って、死ぬだけだ。
 
「なんか、悪かったわね」
 と、ディーアイは気まずそうに言った。「世話になって」
「いえ……。あ、あの、これからもショーには出てくれますか? マードさんが心配していて……」
「心配しなくてもお肉欲しさに踊るわよ。人間は食べないけどね」
「あはは、それならよかったです……」
 と、微笑した。
 
こうして半魚人ギルマンと人魚の仲介役として動き回ったアールは一つの問題を解決したのだった。
早いうちにアリアン像が持っていたはずの鍵を探そう。流されたのなら見つからない可能性もあるが、見つかる核心がどこかにあった。
 
運命は私たちを導いている。
そう感じる。だからきっと鍵は見つかる。そして私たちは塔へと誘われる。そんな気がしてならない。
 
「アールさん! 話はつきましたか?」
 と、イラーハ町から上がってきたエレベーターが開くと、ルイが立っていた。
「あ、うん。ごめんね、話をするだけだから声かけなかった。なにか真剣に読んでたみたいだし」
「そうでしたか。それで……?」
「大丈夫、なんとかなったみたい。誤解は解けたし、ちゃんと話すってさ」
「それはよかったです」
 
アールはエレベーターに乗り込んだ。
 
「すぐにまた海に出る? ディーアイさんがギルマンに伝えてくれるって。クラーケンを退かしてくれって」
「人魚さんですか? では、シドさんに連絡を入れましょう」
 と、下りてゆくエレベーターの中で携帯電話を取り出した。
 
ルイは防具屋の前にあったベンチにアールを誘導してから電話をかけた。アールはベンチに座り、隣で立って電話しているルイを見上げた。ルイも座ればいいのに、と思いながら。
 
「あ、何度もすみません。ルイです。ギルマンと人魚のことですが、なんとか解決できたようです。これから海へ入って鍵を探しにいこうと思うのですが時間ありますか? 連絡ください。防具屋の前にいますので」
 と、電話を切った。
「留守電?」
「はい。少し待ってみましょう」
 と、隣に腰掛けた。
「カイは?」
「カイさんは本屋で子供たちに絵本の読み聞かせをしていましたよ。なんとなく読んであげたら好評だったようで」
「へぇ。カイって保育園の先生とか向いて……ないか。お昼寝の時間に誰よりも早く寝て誰よりも遅く起きそう……」
「そうですね」
 と、笑う。「でも、子供好きですからね、彼は」
「気が合うんだろうなぁ、子供と」
「そうですね」
 ルイは微笑んで、虚空を見遣った。
「この前、カイさんが寝言を言っていたんですけど……」
「面白い寝言? そういえば最近聞いてないや」
「それが……人の名前を呟いていたんです。エナ、と」
「エナ? エナ……誰だっけ……」
「カイさんの妹さんです」
「あ……」
「あまり話題には出しませんが、元気にしているのか心配しているようです。『変な虫がつかなきゃいいけど』と、随分前に話していました。アールさんと出会う前ですが」
「そっか……カイ、お兄さんだもんね。妹思いなんだね」
「この旅が終ったら会いに行くのか訊いたのですが、行かないと答えました。相手が会いたいと思ってくれているのかわからないのに、行けるわけがないと。特に育ててくれた母親は、自分がいなくなってほっとしているはずだからって」
「……なんか寂しいね」
「えぇ。ですが彼の問題ですからね。もどかしいのですが」
「うん……。ルイは一人っ子なんだよね?」
「はい。だから兄妹に憧れているのです。アールさんは──あ、話したくなければ……」
 と、言葉を濁した。
 
あまり家族の話しをしたことがなかったなと、アールは思う。かなり前に、テントの中で昔いじめられていたことを話したことがある。そのときに少し家族の話をしただけだ。なるべく家族や恋人や友達の話は避けていた。話したいと思ったこともなかった。ルイの様子からして、それもお見通しだったのだろう。彼から詳しく訊かれることもなかった。別世界から来た人間の事を知りたいと思うはずなのに。
 
「前に少しだけ話したと思うんだけど、姉がひとり。私に似ていなくて綺麗なの。なんでもできちゃう人だから、羨ましかったし、劣等感があって、親にはよく姉と比べられていたからそのせいもあって、姉のことはあまり好きじゃなかった」
 
あまり好きじゃなかった、なんて、柔らかく言ってみたけれど本当ははっきりと嫌いだったと言える。
 
「避けていたからろくに話も出来なくて。姉にとったら可愛げのない妹だったと思う。……後悔することばっかり」
 と、微笑した。
「そうでしたか……」
「ごめんね? 憧れぶち壊して」
 と、笑う。
「いえ、それでも羨ましいと思ってしまいます」
 
そうだよね。ルイにはもう、身寄りがいないから。
でもルイを育てたメイレイさんは、自分の人生を歩み始めながらもルイを待っているような気がする。それは彼への依存からくるものではなくて、普通に、家族として。ルイがそこへ帰るのかどうかはわからないけれど、彼がひとりぼっちになってしまうことはないような気がする。
 
エレベーターが開く音がして何気なくアールが覗き込むようにエレベーターの方を見遣ると、中からシドが出てきた。
 
「あれ? 上にいたの?」
「…………」
 シドはちらりとアールを一瞥し、すぐにルイに視線を向けた。
「他の連中は?」
「あ、すみません、シドさんにしか連絡していません」
「そうじゃねぇよ。まだ来てねぇのかって訊いてんだ」
「あ、はい。まだのようです」
 どうやらシドからここに集まるよう連絡したらしい。
「ヴァイスはどこに行ったのかな」
 と、アールは携帯電話を取り出した。「連絡してみようかな?」
「えぇ、お願いします」
「その必要はない」
 と、ヴァイスが向かいの魔法屋の屋根から下りてきた。スーも一緒だ。
「……ヴァイス、勝手に人の店の屋根に上がったら怒られるよ」
 携帯電話をしまう。
「それともこの世界ではありなの?」
「なしだと思いますよ」
 と、ルイ。
「…………」
 ヴァイスは無言で無表情だったが、心なしか反省しているように……見えなくもない。
 

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