voice of mind - by ルイランノキ


 海底の町16…『行ったり来たり』

 
自分の世界の話をするたびに、ちらりと片隅でタケルを思い出す。
あなたがいたらきっともっと楽しいんだろうなって。
 
あなたもこの場にいたいと思うだろうなって。
 
朝から笑いに包まれる。
笑えるときは笑っていたいと思った。
 
笑えなくなる日が来るとは思っていないけれど。
 
━━━━━━━━━━━
 
アール、ルイ、ヴァイスは三部隊に一言連絡を入れてから海へ出る扉へ向かった。
町長のグレースが新しいアクアスーツを用意してくれていた。着替えながら、ルイは言った。
 
「カイさんは結局来ませんでしたね」
「最後まで迷ってたけどね」
「どうしても海の中での戦闘は避けられませんからね」
 
3人はギルマンに会うため、朝から海へと繰り出した。ヴァイスを誘ったのはルイだった。戦闘になった際にフォローしてもらうためだ。
 
「シドさんたちも来てくれませんでしたね」
「ギルマンと話をしに行くっていう言い方したからじゃないかな。それでも魔物は現れるわけだからいてくれると助かるのに……」
「ですね……。無理だけはしないように」
「うん。でもだいぶ慣れてきたかな」
 
会う約束をしていたのは夜の10時だが、それまで待てなかった。それに確かめたいことがあったのだ。会えるかどうかはわからなかったが、とりあえずアリアンの像が沈んでいる場所へ向かった。
 
何度か行く手を塞がれ、戦闘を余儀なくされた。アールは魔物の方から近づいてくるのを待って、目の前に迫ったところで剣を振るった。なるべく無駄な動きはしないように心がけた。海の中で動き回るとバランスをとるのも難しいし波が起きれば剣が鈍る。地上と変わらず動けるブレスレットを身につけているとはいえ、そこまで立派なものではないようだ。
 
魚の魔物は頭を使うものが少なく、突進してくるものが多かったため割と早くにコツを掴むことができた。それでもマグロほどの魔物が現れたときはルイがロッドを振るって結界を張り、通り過ぎてくれるのを静かに待った。
 
「水中でも結界使えるんだね、ビックリしちゃった」
「個壁結界なら可能です」
 四方をその結界で囲んで身を守った。真上から狙われると厄介だが。
 
シドたちと一緒だったときと比べて時間が掛かったが、一向はなんとか無事にアリアン像までたどり着いた。しかし昨日と同様にクラーケンがいてこれ以上は近づけない。それにギルマンの姿がない。
 
「困りましたね。この先へ行くにはクラーケンがいますし。少し待ってみますか?」
「うん、そうだね」
 
海の中でのんびりと過ごすのも悪くはないが、のんびりと過ごしていられないのがこの世界。どうしても魔物が寄ってきては強制的に戦闘がはじまる。
 
アールは戦闘を繰り返しながらシドの事を考えていた。もしも私にシュバルツを越える力があって、私に世界を守る熱意があって、お姉さんが話したことが真実でジムの卑劣さに気付いたならばそのときは、シドはこちら側に帰ってくる気はあるのだろうかと。属印のことはともかく。彼の心を動かすことは出来るだろうか。信用できない人間にいくら信じてと叫ばれてもその言葉に説得力はないし信じることは出来ないだろう。私だってそうだ。例えば普段から頼りにならない人に『頼りにしてくれ』と言われても『いやいや……』となってしまう。
私が強くなれば少しは彼の心を揺さぶることができるだろうか。
 
斬りつけた魔物に小魚が群がった。いつもは逃げてばかりの小魚も自分より大きな体格の魚が死ねばそれは忽ち餌になる。
 
──属印は、消せないのだろうか。裏切り者へ制裁を下すのは誰なんだろうか。そいつを殺せば助かるだろうか。
 
殺せば。……殺せば?
 
「アールさん、ギルマンです」
 ルイに声を掛けられ、顔を上げた。一匹のギルマンが近づいてきた。
 
ギルマンはどれも同じ顔に見える。並べば多少の違いはあるけれど、一匹で来られると自分と話をしたリーダー格のギルマンかどうかの判断が出来ない。
 
「なにをしている」
 と、ギルマンは3人を順に見遣った。
「私と話をしたギルマンと会いたいんだけど。リーダーっぽい人」
「ゲルか。待っていろ」
 と、ギルマンは引き返した。
 
ゲル、と呼ばれたギルマンがすぐに一行の前にやってきた。他の仲間たちも距離をとって後ろのほうで整列している。様子が気になるのだろう。
 
「やけに早いな」
 と、ゲルは言った。
「とりあえず、人魚さんと話をしたの。彼女たちがあなた達を避けている理由はわかった」
「話せ」
「人間を襲ったから」
「…………」
 ゲルは後ろを振り返り、仲間を一瞥した。それから視線をアールに戻した。
「それがなぜ問題なのだ」
「いくつかあって、まず、人魚の中の一人が人間の男性に恋をしていたの。その男性があなたたちが襲った船にいたらしくて」
 そう言いながら、名前くらい聞いておけばよかったと思った。
「他には」
「その子以外の人魚が、人間のことが嫌いだって。……欲で必要のない殺生を繰り返して食べているから。あなたたちが人間を襲って食べたと知って、同類だと思ったって……人間なんか食べなくても生きていけるのに欲で殺して食べたから」
「なにか勘違いしているようだな」
「え?」
「我々は確かに人間が乗っている船を襲った。それは人間が海に放った網に仲間が引っかかり、捕らえられてしまったからだ。助けるつもりだった。結果的に船を沈めてしまったが」
「それから食べたの……?」
「食べるわけがないだろう。気味が悪い」
「……でも、人魚さんはあなた方が人間を食べたと思ってるけど」
 と、目を丸くする。
「冗談で人間を食う話しをしたことはある」
 と、別のギルマンが近づいてきた。そしてまた別のギルマンはこう言った。
「人間の死体が海の中を浮遊しつづけるのも気分が悪い。水を含んで膨張し、小魚に啄ばまれながら皮膚が剥がれていく様は見ていられない。海岸へ運んだが、魔物に食われていた。『死んだ人間を食った』と仲間に話したのをどこかで聞いていて我々が食ったと誤解したのかもしれないな」
「助かった人間もいたはずだが」
 と、ゲル。
  
アールは彼らの話を聞きながらこれならば和解出来るかもしれないと思った。彼らは人間を食べていない。船を襲ったのは仲間を助けるため。助かった人間もいるならその中に人魚が恋した男性もいるかもしれない。毛嫌いしている人間に仲を取り持ってもらうのは気分が悪いかもしれないが。
 
「それ、伝えます。だからもう少し時間をください」
 と、アール。
「話して信じるか?」
「わからないけど、話さないと。それからその後は直接話してください」
「……わかった」
「全てが終わったらアリアン像周辺の探索を許可していただけますか?」
「あぁ、そのときはクラーケンを移動させよう」
「よかった!」
 
とはいえ、また人魚に会うには夜10時まで待つか、またマーメイドショーの主催者であるマードに頼む必要がある。
 
「……めんどくさいかも」
 と、アールは町へ引き返しながらヴァイスに呟いた。
「同情する」
 

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©Kamikawa
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