voice of mind - by ルイランノキ


 海底の町8…『恋愛事情』

 
海底にも縄張りが存在する。知らず知らずに他人の縄張りに侵入してしまうと途端に攻撃対象にされてしまう。言葉が通じる相手なら話せばわかることもあるものの、いかんせん相手はギルマン(半漁人)とクラーケンである。
 
──半漁人は言葉が通じるだろうか。
 
「突然すみません……僕たちの言葉がわりますか?」
 と、ルイは声を掛けてみる。
「言葉が通じたとしても、聞こえないんじゃない?」
 と、アール。
「そうですね……。この数では勝てそうにありません。一先ず、こちら側に攻撃の意思がないということを示すために、ゆっくり下がりましょう」
 
ルイの指示に従い、一行は余計な動きをしないように気をつけながら徐々に後退。
すると、警戒心を向けていたギルマンの内、リーダー格と思われる一匹が仲間と顔を見合わせた後、一瞬にしてルイの目の前に移動した。アールは思わず手に持っていた武器を構えたが、ルイが手の平を見せて止まるように促したため、静かに武器を下ろした。
 
ギルマンは何度も首を傾げながらルイの顔を覗き込む。緑色の皮膚を被ったイグアナと人間が合わさったような醜い顔が目の前で揺れ動く。ルイはなるべく動かないように、じっと耐えた。それからギルマンはルイの観察を終えると今度はクラウンの前に移動し、同じ様に顔を覗き込んだ。
アールはごくりと唾を飲んだ。この流れだと自分のところにも来るだろう。目は合わせない方がいいのだろうか。とにもかくにも、余計なことはしないことだ。嫌な汗が滲む。
もしも敵だと見なされれば一斉に襲い掛かってくる。
 
シドも顔を覗き込まれ、不快に眉間にシワを寄せたがここは黙ってルイに従うことにし、刀の刃先を向けることはしなかった。
 
そして、アールの番になったときだった。ルイはギルマンの彼らがなぜまじまじと人間を観察しているのか気になっていた。はじめは自分たちがアクアスーツを着ているからそのもの珍しさからだろうと思っていたが、それならば全員を確認する必要があるだろうか。用心深いだけならいいのだが。
 
「…………」
 アールは目の前に迫ったギルマンの顔を直視できず、視線を逸らした。
 
ルイはアールに近寄りたかったが、余計な行動はできない。このまま何事もなく観察が終ればいい、そう思ったが、その望みは脆くも崩れ去った。ギルマンは突然アールの首に腕を回し、仲間のほうへと連れ去ったのだ。
 
「アールさん!!」
 ルイが助けに行こうとしたが、近づけさせまいと他のギルマンがルイの行く手を塞いだ。
 
シドは舌打ちをして刀を構えた。なぜこうも女ばかり厄介な目に合うんだと。──女? 女だからか?
この中で女であるのはアールだけだった。ギルマンの外見では性別がわからない。全員オスに見えるがギルマンにもメスはいるのだろうか。
 
「女は渡してもらう」
 と、一匹のギルマンが言った。
「言葉がわかるのですね。こちらの声が聞こえますか? 僕たちはあなた方に危害をくわえるつもりはありません。だから、彼女を返してください」
 と、ルイはなるべく相手を刺激しないよう、言った。
「それは出来ない。女を引き渡せないのならば攻撃する」
「なぜ……彼女が必要なのですか」
「子孫を残すためだ」
 
その言葉に身の毛もよだつほどぞっとしたのはアールだった。──冗談じゃない!
ギルマンは人間のメスに自分等の子供を産ませようとしているのである。
 
「なぜそんなことを……」
「半魚人にメスはいねぇのか?」
 と、シド。
「人魚がそうだ」
「…………」
 ルイとシドは思わず顔を見合わせた。まさか同族だったとは。
「人魚は相手にしてくれねぇってか」
「人間の男に興味を持ちはじめた」
「だからって半魚人も人間の女に興味を持ったってのか」
「子孫を残す必要がある」
「人間に半漁人産めんのかよ……」
「だから試すのだ」
「冗談でしょ……」
 と、アールは呟いた。
 
人魚が人間の男に興味を持った。それだけ聞けば童話『人魚姫』のようだが、こうなってくると笑えない。
 
アールを捕らえていたギルマンはアールを抱きかかえてその場から離れた。ルイは追いかけようにも立ち塞がれ、身動きが取れない。もし彼らが本気で今すぐにでも彼女の身ぐるみを剥がそうとするのなら1秒たりとも無駄には出来ない。ルイはロッドを構えた。
 
「戦う気か」
 と、ギルマンはあざ笑う。
「当前でしょう」
「女ひとりのために命を落とすとは、人間は妙な生き物だな」
 
その頃アールは必死にギルマンの腕を振りほどこうとしていた。けれど思っている以上に力が強く、びくともしない。右手に持っていた剣をギルマンのわき腹に突き刺そうとしたが、その直前に突き飛ばされてしまった。水中でバランスを失うと立て直すのに時間がかかる。それに比べてギルマンは慣れたもの。すぐに襲い掛かり、アールの手から武器を奪った。
 
「変なことは考えるな」
「どうせ地上の世界なんか知らないんでしょ……」
 と、睨みつける。
「──? 地上に興味はない」
「でも地上で起きていることを知らないと世界の終わりもわからないでしょう?」
「なんの話だ」
「子孫がどうとか言ってるけどどうせ世界は滅びるんだから意味ないでしょ。この海底の世界も無くなる」
「でたらめを言うな」
「なんででたらめ言うのよこんなときに」
「時間稼ぎだろう」
「時間稼ぎならもっと信じそうな嘘を言うよ」
 と、苦笑した。「でも、私がいれば助かるかもしれない」
「…………」
「世界を救えるかもしれないんだって。この私が」
「…………」
 ギルマンはアールを見つめ、突然大笑いをした。
「お前がか。笑わせるな。半魚人一匹を相手になにも出来ない小娘が」
「世界を救うために半魚人と戦うわけじゃないんだから関係ないでしょ! 地上の敵と戦うの!」
「ふははははははは!」
「笑いすぎだから! てか、そんな感じだから人魚も嫌になったんじゃないの?」
「……なに?」
 と、急に笑うのをやめ、鋭い視線を向けてきた。
「考えたことないの? 自分たちがいるのになんで自分たちより弱い人間のオスに惹かれるんだって。理由がないわけがないでしょ」
「なぜだ」
「知らないよ私人魚じゃないんだし。ちゃんと話し合ったら? 人間だってね、性別が違うだけでまるで全然ちがう生き物みたいにわかりあえないこと多くて、だからこそ互いに歩み寄ってわかり合おうとするんじゃない」
「…………」
「繁殖期が来たら本能的にメスを見つけて交尾して子供を産ませるような他の動物や魔物とは違うんだから。言葉を交わして頭で考えて心で感じることが出来るんでしょ? 人間みたいに。だったらちゃんと向き合うことだって出来るはずじゃない。人魚が人間のオスを選ぶようになりました。じゃあこっちは人間のメスにするわって、おかしいでしょそんなの」
「…………」
「…………」
 
──しまった。と、アールは思った。なに半魚人相手に説教をしているんだろう。それも恋愛の達人ならまだしも、一人の男性としか付き合ったことがない自分が。
 
「話そうにも聞く耳をもたない」
 と、ギルマンは言った。
「話す気はあったんだ……。なにか怒らせるようなことでもしたんじゃないの?」
「心当たりはない」
「あなたじゃなくて、他の仲間が、とか」
「それも心当たりはない」
 
どうやら彼らは彼らで悩み、話し合った結果が人間のメスに手を出すことだったらしい。
 
「でも……でもさ、ちょっと訊くけど、人間のメスがいいわけではないんでしょ? 人魚が相手にしてくれるんなら人魚がいいんでしょ?」
「当たり前だ」
「よかった……」
 心からそう思った。
「協力するから、まだ諦めないでよ。私だって困るし……」
「協力?」
「人魚もしゃべれるんでしょ? 話してみるよ」
「人間が話してどうする」
「人間とか人魚とか今は関係なくて、女同士だからこそ話せることってあると思うの」
「…………」
 ギルマンは考えるように腕を組んだ。
「チャンスをちょーだい」
「もしもうまくいかず、お前が逃げでもしたら、我々は地上にいる人間の女を襲う。いいな?」
「……わかった」
 

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