voice of mind - by ルイランノキ


 海底の町7…『海底で待つ魔物』

 
「あったぞ。あれだ」
 
アリアン像が海底に半分沈んだ状態で斜めに立っていた。シドが近づこうとしたとき、砂を巻き上げる地響きがした。
 
「なにか来ます」
 と、ルイは警戒を強めた。
 
そして、アールが緊張のあまり胸を押さえたそのとき、突然アリアン像の背後に黒い影が現れた。その大きさと影の正体を目の当たりにした一行は、声も出せなかった。
 
彼らの前に現れたのはギルマン(半漁人)の大群である。ざっと見る限りでも30体以上はいるようだ。けれど一行が言葉を失ったのはギルマンではなく、その背後で大きくうねるイカのクラーケンだった。胴体だけで6メートルはあるだろう。
 
「……生きて帰れる気がしない」
 と、思わずアールは呟いた。
 
あまりの恐怖心から胃酸が込み上げてきそうになり、嫌な汗が滲んだ。スーツを着た状態で吐いたらどうなることか。戦いに敗れた挙句にゲロまみれになるのはごめんだ。
 
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「人魚ねぇ……」
 
広場に集まっていた観客がイベントが終ったと同時に散ってゆく。その中に、フードを被った女がいた。ローザだった。
カイたちが泊まっている宿をちらりと見上げる。
 
「こんにちは、マーメイドショーはどうでした?」
 と、彼女に話しかけたのは司会をしていた女性だった。
「まぁまぁね。見世物としてはいいと思うけど、客の反応見た? ガッカリ感」
「えぇ……でも、若い子ばかり呼べなくて」
「人魚って人間の言葉しゃべれるのよね? 交渉したの?」
「交渉した結果がこうで。──ここだけの話、人魚って何を食べるかご存知ですか?」
「海草だって聞いたけど」
「海草だけでは生きられません。彼女たちは死んだ仲間を食べるんです」
「うっそ、初耳」
「溺れた人間も捕らえて……なんてことも話していました」
「人間も食うの? ハイマトスみたいだね」
「はいまとす?」
「あ、いや、なんでもない。それで? 奴等にとって人間は食料なのに食料の前でショーをしてみせるなんてそれ相応の見返りがあるんでしょ?」
「えぇ、はじめは海岸に打ち上げられていた人魚を助けたことがきっかけでした。酷く弱っていたのだけど、なんとか命を取り留めることが出来て。その人魚はとても穏やかな子で、お礼をしたいと言ってくれて。それをきっかけに人魚のショーがはじまったの。その人魚を助けたときに、栄養のあるものを食べさせようとしたんだけど私も人魚は海草しか食べないと思っていたから色々取り揃えたんだけど、肉が食べたいと言って……。驚いたけど今更見捨てられないし、用意できるお肉を用意したの。そしたら」
 と、ばつの悪い顔をした。
「もっと肉食わせろって?」
「えぇ、助けた人魚ではなく、その話を聞いた仲間の人魚たちが。特に若い子は新鮮な肉を欲しがって。年配の人魚たちはお肉が食べられるならなんでもいいって感じでショーの話を持ちかけたら迷わず引き受けてくれたんだけど……」
「なるほどねー。若い子はわがままな子が多いのは人魚も同じね」
 
この世界にはまだ謎が沢山ある。日々何かが生まれては消え、また生まれるのだから全て解明することはできないだろう。
世界は無限に広がっている。その無限に広がる世界の片隅の小さな場所で私たちは生きて、悩んでは苦しんでいる。
 
「人間の争いに巻き込まれる他の生き物たちは、冗談じゃないでしょうね」
 と、ローザはガラスの外で泳ぎ回る魚を眺めながら言った。
「え?」
「いや、こっちの話。まぁ人魚なんて滅多にお目にかかれないし、そこそこ楽しめたわ。ありがとう」
「いえ、こちらこそ! 是非またいらしてくださいね!」
 
ローザは背を向けて地上へ向かうエレベーターの方へと歩き出した。そのフードを被った後姿を、宿の窓から眺めていたのはヴァイスだった。
 
「…………」
 
部屋ではふてくされているカイが床に寝転がっている。
 
「人魚は人魚だけど若くないと人魚とは言えないよ!」
「……言っていることが矛盾しているようだが」
 と、ヴァイスが振り返る。
「ヴァイスんも男ならわかるでしょー? 垂れたおっぱいより張りのあるおっぱいが見たい」
「…………」
「ピチピチが見たいんだよオイラは」
「…………」
 
ヴァイスは再び窓の外を見遣ったが、ローザの姿はもうどこにもなかった。
 
「さっきからなに見てんの?」
 と、カイは体を起こしてヴァイスの横に立った。
「……いや」
「かわい子ちゃんでもいた?!」
「……仲間の帰りを待っている」
 と、ヴァイスはテーブルの上にいたスーに手を伸ばした。
「どっか行くの?」
「…………」
 
ヴァイスは口数が少ない。おしゃべりなカイと会話を続けるのは面倒だった。
スーはヴァイスの手を伝って肩に移動した。
 
「俺も行く!」
「勘弁してくれ……」
「俺といると楽しいよ」
「そうは思わん」
「またまたぁ。ヴァイスんも素直じゃないんだから!」
 
カイを振り払うのは至難の業である。
 
「素直になったほうがいいと思うよ?」
「…………」
 部屋を出たヴァイスを追いかけるように、カイも部屋を出て鍵を閉めた。
「俺ね、知ってるんだ。ヴァイスんみたいな人は静寂を好むように見えて本当は孤独も抱いていて、本当は俺みたいなのと一緒にいるのが好きなんだーって!」
「どこからの情報だ」
「昔テレビでカウンセラーのちょび髭おっさんが言ってた」
「…………」
「合ってるでしょ!」
「最後以外はな」
「最後?」
「それよりお前はもう平気なのか」
「…………」
 カイは視線を落として少し考え、言った。
「考えないことにした。なるべく」
「そうか」
「……詳しく訊かないの? ていうか詳しく知ってんの? 俺っちのこと」
「さぁな。そこまで興味がない」
「またまたぁ。本当は興味ないって口で言ってる人ほど興味津々だったりするんだ!」
「それもちょび髭が言っていたのか」
「ううん、これは俺が今思ったこと」
 

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