voice of mind - by ルイランノキ |
ルイは自分とアールの2人分のアクアスーツとアクアプセリアを購入した。17000ミル。痛い出費ではあるが、事前にある程度の資金を用意していたおかげで助かった。
「重い……」
アクアスーツは10キロほどの重みがあった。
アールは武器を手に持ち、ルイたちの後を歩いてC地区の奥へと進んだ。厳重な扉を抜けると、再び厳重な扉が待っていた。
「後ろの扉を閉めるからもう少し前へ」
と、案内をしてくれるのはグレースの息子だった。
スーツは海に入った時点でますます重さを増したが、ふわりと浮いた体はゆっくりと海底に下り立つことが出来た。アクアプセリアを身につけたことによってバランスもとりやすくなり、試しに剣を振ってみたが水圧をほぼ感じることはなかった。
ただ、泳いで行くとなると慣れるまでに時間がかかった。
「アールさん、聞こえますか? 大丈夫ですか?」
と、ヘルメットから声がする。全員と繋がっているようだ。
「なんとか……」
「シドさんたちは先頭をお願いできますか? 僕はアールさんの後ろにつきます。慣れるまでは」
「わかった」
と答えたのはベンだった。
色とりどりの魚たちが一行を避けるように泳いでいったかと思うと、さほど気にする様子もなく手をのばせば届く距離まで近づいてくる魚もいた。海の中は静かだった。水面を見上げるとキラキラと波打っていて美しかった。
「魔物です。警戒を」
はじめに彼らの前に現れたのはうつぼのような魔物だった。うねうねと体をうねらせ、人の頭を丸呑みにしそうなほど大きな口を開いた。
率先して戦いに挑んだのはシドだった。地上と変わらない刀捌きで魔物を斬り裂き、斬り刻まれた魔物の体からあふれ出た血が海を汚しながら広範囲に広がった。そして、倒された魚を嗅ぎつけて無数の小魚が集まってきた。小魚はうつぼの体を突きながら食べはじめる。
「先へ急ぎましょう」
ルイの一声に、一行は再び泳ぎはじめた。
アクアスーツも勿論防護服だった。その下でも普段着ている防護服を身に着けているため、丸呑みにされない限りは受けるダメージは少ない。ただ、慣れない環境での戦闘は体力を奪ってゆく。
「あれなに? でっかい貝がある」
と、アール。シャコガイにそっくりだが。
「シャコガイ……ではないようですね。近づかないように」
「魔物なの?」
「えぇ、つかまったら逃げられません。骨を砕かれて食べられてしまいます」
「こわっ……」
一見美しいと思える海の中は、魔物も多くいた。けれど、普通の魚も沢山いて、人間が住む地上とは違い、ここの生き物は上手く共存できているのかもしれない。勿論、犠牲になった魚もいるに違いないが。
イラーハからだいぶ離れ、一定の区域に差し掛かると急に魔物の数が増えた。アールも戦闘に参加し、体を慣らしていった。敵からの攻撃をまともに受けるとさほどダメージはないものの、足を踏ん張って耐えることが出来ないため、一気に流されてしまう。いつも以上にチームワークが必要だった。
これならヴァイスかカイにもついてきてもらうべきだったのかもしれないと、ルイは思った。流されたときに受け止める、サポート役がいるのといないのとでは戦闘の効率が大きく異なる。
「水中での戦いというのも悪くないものだねぇ」
と、クラウンが言った。
そんなクラウンを標的に捉えた魔物がぐんぐんと近づいてくる。クラウンはそのカジキに似た魔物を目で捉え、楽しそうに微笑んだ。
「一人でいけるか?」
と、ベン。
「昔VRCで──」
そう言いながら、牙をむき出して襲い掛かっていた魔物に“地”属性の魔法エンアースをかけた。
海底から2メートルはある尖った岩が迫り出し、魔物の腹を貫いた。けれど辺り一面に砂が舞ってしまい、視界が悪くなってしまう。砂埃の中から泳ぎ出ると、再び彼らの前に同じ魔物が次から次へと姿を現した。
「くそっ、仲間の匂いを嗅ぎつけてきやがったか」
厄介そうにシドはそう言って刀を構えた。
「数が多い。アールさんは下がっていてください」
「うん……」
アールはルイの後ろへ移動しながら、水の中で自分が取得した魔法攻撃を放てるのだろうかと疑問に思った。そして、水中で雷属性の攻撃をした場合、自分まで感電しないのだろうかと不安にもなった。
「僕も参戦します」
ルイはロッドを構えた。別方向からやってくる魔物に向けて氷属性の攻撃魔法を放った。水中の一部が一瞬にして矢の形に氷り、4匹の魔物を突き刺した。ルイの攻撃魔法は風以外は初級である。あまり大きな魔物には使えない。それに元々攻撃魔法には向いていないこととバングルで制御されておることもあって攻撃魔法を使うと大きく魔力を消耗してしまう。
シドが刀に魔力を込め、一際大きい魔物に向かって振り下ろした。魔力を帯びた刀の刃が魔物の体を真っ二つにし、静かに海底へと沈んでいった。
「…………」
アールはその“やり方”を頭に叩き付けた。
魔法を飛ばすのではなく、そのまま魔物を斬り裂けばいいのだ。──でもなんで?
男達が力を合わせて周囲の魔物を仕留めていき、隙を見て先へ進んだ。
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その頃カイは、人魚がやってくると書かれたチラシを胸に抱いて、広場に集まっていた。同じく人魚を目的に集まって来た観光客が増えて賑やかさを増していた。
「人が増えたようだな。スーを頼む」
と、ヴァイスはカイに声をかけた。
「あれ? ヴァイスんは見ないの? 人魚」
「興味ないな。スーは見たがっている」
ヴァイスの肩に乗っていたスーは拍手をして、カイの肩に移動した。
「えー、もったいない! 見てよこれ!」
と、チラシを見せた。「下半身は綺麗なうろこに覆われて、上半身はデカぱいに貝殻ブラ」
「…………」
「興味ないとか男じゃない!」
「元気になったようだな」
「へ?」
「お前に元気がないと、アールが気にかけていた」
「…………」
ヴァイスはカイに背を向け、宿へ戻って行った。宿に戻ったところでなにもすることはないが、騒がしい場所にいるよりは断然いい。
しばらくして、広場に20代前半の女性がマイクを片手に現れた。そして、イベントの進行を始めた。
《みなさーん! 海底の町、イラーハにようこそ! これから人魚のマーメイドショーをご覧いただきます! ガラスを叩いたり煽ったりしないよう、マナーを守ってお楽しみください! それでは、せーので人魚を呼んでみましょう! せーのっ!》
「人魚さぁあああぁぁあああぁぁん!」
と、誰よりも大声で人魚を呼んだカイ。
町を囲むガラスの向こう側に5つの影が見えたかと思うと、それは優雅に水中を泳ぎながら近づいてきた。一斉に大歓声が上がる……が、そのボリュームは徐々に落ちていった。なぜなら、チラシに映っていた人魚は若くて美しくスタイルも抜群だというのに実際に現れた人魚はそのイメージ写真とはだいぶ異なっていたからである。
《それでは、ミュージックスタート!》
客の微妙な反応もおかまいなしにイベントは進んでゆく。夏を感じさせる爽やかな音楽に合わせて海の中で円を描くように泳いだり小魚と戯れたりしているのを、観客はとりあえず手拍子をしながら見ている。
「スーちん……こういうのをなんていうか教えてあげよう。──詐欺だ!」
5人の人魚は全員40歳前後の痩せ型女性だった。身なりはきちんとしている世のお母さんたちが髪の毛に花や珊瑚を飾って貝殻の水着をつけて踊っているのを見せられているような気分になった。若々しくはあるけれど、若くはない。
なんとなしにチラシを見返すと、右下に小さく赤い文字でこう書かれていた。
《※今回来てくれるのは熟女世代のマーメイドです》
「やられた! タダとはいえ許しがたし!」
と言いつつも、結局最後まで見ていたカイはやる気のない拍手を人魚たちに送った。
《さ、人魚さんにお礼を言ってさよならしましょう! せーの!》
「人魚さん、ありがとう、さよなら。」
棒読みで言い、カイは宿へ引き返した。
Thank you... |