voice of mind - by ルイランノキ


 海底の町5…『戦闘準備』


一行はイラーハ町に長居する予定はないものの、念の為にと宿の部屋を取った。シド達はアール達がチェックインを行った隣の宿に部屋を取った。それから一先ず集まろうと、組織の一同もアール達がチェックインした部屋に集まった。

「そちらの宿も、窓から魚が見えましたか?」
 と、ルイは律儀にお茶の準備をした。
「あぁ。ベッド側の壁は前面ガラス張りだ」
 と、ベンが答える。
「いいですね」
 もちろん、この部屋もベッド側ではないがガラス張りになっている。

ルイは全員分のお茶を用意し、グレースから受け取った海底の地図をテーブルに広げた。

「スーツの値段はともかく、全員で行きますか?」
「海の中で飛び道具は使えるのか?」
 と、ベンは壁に寄りかかって立っているヴァイスと、ベッドに寝転がっているカイに目をやった。
「確かにそうだね」
 と、アール。
「俺パース。行っても無意味だし。大人しく人魚と遊んで待ってる」
「人魚?」
「じゃじゃん! 宿の一階にこんなチラシがありますた」
 と、取ってきたチラシを見せるカイ。

≪人魚さんが会いに来てくれます! 午後3:00から広場に集合!≫
 という文字と、美しい人魚の写真が載っている。

「それ……本物?」
 と疑うアール。
「人魚族ですね。僕も実際にお会いしたことはありませんが、テレビで見たことは何度か」
「え、人魚いるの?! それ本物なの?!」
「なんで偽物の人魚が来るんだよー……」
 カイはチラシをアールに手渡した。「こんな綺麗な人魚、偽物なわけないじゃん」
「本物なんだ……合成とかじゃないんだ……?」
「アールさん、人魚はご存知なのですね。アールさんの世界にもいらっしゃるのですか?」
「……わかんない。河童みたいたものだし」
「えーっと?」
「あの凶悪な河童と人魚ちゃんが一緒だってぇ?! なにを言い出すんだ!」
 カイは立ち上がった。
「いや、ちょっと説明がめんどうなんだけど。私の世界の河童は架空生物で……信じてる人もいるっぽいけど……この世界の河童ほど凶悪じゃないし……人魚も架空生物なの。でも人魚のミイラとか海外では紹介されていたし……でも偽物っぽいんだよね……うーん」
「架空生物ということは誰かが想像上で作り出した生き物ということですか?」
「それが大昔は河童を見たっていう人も多くいたようだし、実際ほんとよくわからないんだ。いないと思うけど。なんて言ったらいいんだろう、妖怪みたいな」
「妖怪って傘のおばけみたいな?」
 と、カイはベッドに腰を下ろした。
「そう! こっちにも妖怪いるんだ!」
「え、妖怪はいないよ……架空の生き物だもん」
「いや、こっちも実際にはいないんだけどさ」

ややこしいというか、面倒くさい。

「とにかく、どうするんだ?」
 と、話に割って入ったのはベンだった。その隣で呆れたようにシドがため息をついた。
「ヴァイスさんの銃は魔銃ですよね。水中に対応はしていますか?」
「さすがに水中銃としては使えん」
「ヴァイスんさぁ、水中で変身したら犬掻きになるわけ?」
「…………」

カイの発言に、シドがかすかに笑っていた。 

「ライズに変身したら余計に戦えないよ」
 と、アール。
「では、カイさんとヴァイスさんは待っていてください。アールさんはどうされますか? 水中での戦いは初めてですよね。それに体調も気になります」
「体調は大丈夫だと思う。戦闘は……行ってみないとわからない」
「様子を見ながら行きましょうか。そちらはどうされますか?」
 と、ルイはベンを見遣る。
「クラウン、ジョーカー、お前等はどうする」
「オレはどちらでもいいけどねぇーえ」
 クラウンはそう言ってお茶に手を伸ばした。
「顔のメイク落とさないとねーえ」
 と、カイが言い方を真似する。
「そういえば一階にあったチラシに載ってたアクアスーツって頭まで被るやつだったから別にメイクは落とさなくても大丈夫じゃない? なんか宇宙飛行士みたいなやつだった」
 アールは思い出してそう言った。
「なにそれ聞いてないかっこいい!」
 と、カイ。「ブーメラン投げずに撲殺で頑張ろうかな」
「撲殺とか言わないで」
 アールは真面目なトーンでそう言ったため、少し空気が重くなった。
「あれ? 宇宙飛行士でよくわかったね。月に行った人はいないんじゃなかったっけ」

以前、ヴァイスに話したことがあった。自分の世界では月に行った人がいると。そのときヴァイスはこの世界ではそのような事例はないと言っていたような気がする。

「月に行くって、なに?!」
 ベッドから下り、アールの真横に移動した。興味津々である。
「私の世界ではアポロっていうロケットで月に行った宇宙飛行士がいるの」
「すげー!! 月になんかあった?」
「なにも」
「何しに行かれたのですか?」
「…………」
「…………」
「旗を……立てに……」

バカか。と、自分に突っ込んだ。シドが突っ込んでくれなかったから。

「旗?」
 と首を傾げるカイ。
「冗談。ざっくり言うと月を調べに」
「ふうん。あんまし夢がないなぁ。生物とかいなかったの?」
「いなかったみたい」
「ふーん」
 と、ベッドに戻ってゆく。
「この世界では月へ行かなくても魔術によって遠く離れた場所の様子を見ることができますからわざわざ行かないだけかもしれません。この世界に浮かんでいる月にも、生物はいません。微生物まではわかりませんが」
 そもそも“別世界”への扉を開けることが出来る人がいる世界だ。月を覗くなど簡単なことなのかもしれない。
「宇宙は無限にありますからね。まだ謎めいていることが多くあります。それに、宇宙には膨大なエネルギーがあるとされています。さまざまな実験を行う為に、宇宙飛行士はいます。ただ、エスポワールにはいません。別の国で行われています」
「そうなんだ……」
「話を戻していいか?」
 と、ベン。

なかなか話が進まない。
結局、シドとベンは当然行くとして、クラウンも参加することになった。ジョーカーは「私も待機していよう」と言って部屋を出て行った。その理由を特に聞き出したりはせず、ジャックの尋ねた。

「一応聞くがお前は?」
「俺は……あんたらもよくわかってんだろ、使い物になんねぇよ」
「まぁそうだな。大人しく待っていろ」
「スーちゃんは水中の中って大丈夫なの? いつも水に浸かってるけど」

ヴァイスの肩にいるスーは意思表示に迷った挙句、両手で三角を作った。──ある程度は、と言っている。

「三角? どういうことだろう。塩水は苦手?」
「丸ではないのならスーさんも待機していてもらいましょうか」
「でもスーちゃん魚の形になったらスイスイ泳ぎそうだね」
 アールがそう言うと、スーは高速拍手をして見せた。
「話をまとめるとぉ、」
 と、カイはベッドの上であぐらをかいて言った。
「俺は人魚さん見る。ヴァイスんはスーちんとお散歩、ジョーカーとジャックはお留守番、残りはいってらっしゃいってことだね」
「行かないカイにまとめられちゃった」

──と、ポケットに入れていた携帯電話が振動した。

「あ、ミシェルからメールだ! バースデーカード届いた見た……い」
 ある一文に心臓が跳ね上がった。

≪アールちゃんの誕生日はいつ? そのときはお祝いさせてね≫

「どうしました?」
 と、ルイが気にかけた。
「あ……ううん。今って」

何月?
訊こうとした質問が喉につっかえた。日付を知るのが怖いという感覚。
自分がこの世界に来てどれくらいの月日が流れたのか知る怖さと、私はこの世界で年をとるのかもしれないという嫌悪感が一気に心臓を跳ね上げたのだ。

今になってもまだ私は──

「今って……何時?」
「今は……」
 と、腕時計を見遣るルイ。「午後1時過ぎです」
「そっか、ありがとう」

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