voice of mind - by ルイランノキ


 海底の町4…『届いた思い』

 
イラーハの町長はグレースという男で79歳だというのに背筋が良く綺麗にスーツを着こなしているその姿は紳士そのものだった。髪は染めたように綺麗な白髪で、オールバック。彼はルイたちを家の中に招いたが、ぞろぞろとお邪魔するわけにもいかず、ルイとベン、そしてシドが家に上がり、残りの3人は家の前で待つことにした。
グレースはそんな彼らにわざわざお茶を用意し、家の外で待っている3人にも運んだ。
 
リビングのソファに座ったルイは、覆わず窓を眺めた。大きな窓だ。というより、この窓は町を囲むガラス。家と一体になっていた。家の中でも海の中の世界を楽しめるというわけだ。
 
「お茶しかなくてすまないね」
 と、テーブルを挟んだむかい側に座ったグレース。
「いえ、おかまいなく」
 ルイの左隣にはベン、その横にはシドが座っている。
「それで、なんの用かね?」
「若葉村のヴァニラさんをご存知でしょうか」
 
ルイはこれまでの経緯を簡単にまとめて彼に話した。グレースは話し終わるまで小さく頷きながらその話に耳を傾けていた。
ルイの話が終わると席を立ち、奥の部屋へ向かった。ルイ、ベン、シドはお茶を飲んで待っていると、一枚の地図を持って戻ってきた。
 
「これは海底の地図なんだが」
 と、テーブルの上にあるお茶を端に寄せてから地図を広げて見せた。
「地図と言える地図でもねぇな」
 シドはそう言ってソファの背もたれに寄りかかった。
「目印となる岩や珊瑚などが描かれていますね」
 と、ルイは身を乗り出して地図を見た。
「この場所から更に奥へ進むと海の魔物の巣窟になっている。そこを通り抜け、この辺りまで行くと」
 グレースは赤いバツ印を指差した。「アリアンの像がある」
「海底にですか……」
「本当は大分昔、小さな島があったんだ。そこにアリアンの像があったんだが、島と共に沈んでしまってな」
「なるほど……それで海底に……」
「海に潜れということか」
 と、ベン。
「町から出られるようになっている。元々この町は漁師の為に作られたのだ。魔物が頻繁に現れて被害が多かったが、こうして海底にいながらいつでも海の状況を目で確認できるようになった。海に現れる魔物について調べやすくもなったし、被害も減ったというわけだ。この町をデザインしたのが私の息子でね。そこそこ有名なデザイナーさ。それもあって観光客がたまに来る」
「だから宿も充実しているんですね」
 町には部屋数が多い宿が2軒あった。
「海へ出るには専用のアクアスーツが必要だ。タダで貸してやりたいところだが、こちらも商売でね」
「おいくらですか」
「1日レンタルでひとり8000ミルだよ」
 
となると全員で行くとして、72000ミルにもなる。高額だ。
 
「酸素ボンベはおいくらですか」
「アクアスーツを着れば水中でも呼吸が出来る。ただ、もうひとつお勧めしたいのは……」
 グレースはテレビ台の引き出しを開けて一枚のチラシを取り出した。
「このアクアプセリアだな。この腕輪を身につければ水中でも地上と変わらずスムーズに動ける。1000ミルだ」
 
そのチラシにはイラーハ町限定の商品が載っていた。他にはこの町をそのまま小さくしたジオラマやパズル、キーホルダー、そしてお土産用のお菓子なども載っている。
 
「腕輪も買うとなるととんでもない額だな」
 ベンはため息をつきながら背もたれによりかかった。
「1日で見つけねーとバカを見る」
 シドはそう言って残りのお茶を飲み干した。
 
そんな一行に、グレースは少し考えてから口を開いた。
 
「君たちが本物なら、1日とは言わず何日でもその値段でレンタルしよう」
「本当ですか? 助かります。しかし“本物”というと……?」
「私がまだ若かった頃に、そのアリアンの塔へと導く鍵を探しにきた者がいてね。今回と同じ様に場所を教えたのさ。威勢だけはよかったが、結局帰ってくることはなかった。先祖代々言い伝えられてきたことがある。いつかアリアンの塔に導かれて鍵を探しに来る若き者が現れるだろうと。その男は本物だったのか今でもわからない。君たちが本物なら、彼は偽物だったんだろうがね」
「…………」
 ルイとベンは顔を見合わせた。
「本物であると証明することはできません。信じてくださいとしか言い様が……」
「それでいい。私も信じるしかないのだ。──少し頼まれてもらえないかね」
 と、地図を丸めながら言う。
「なんでしょう」
「そのアリアンの像の目には、アーム玉がはめ込まれているらしい。持ち帰ってきてくれ」
「なんのアーム玉ですか?」
「それを調べたい」
「……わかりました。可能なら、持ち帰ります」
「海へ出る準備ができたらまた声を掛けてくれ」
 と、グレースは丸めた地図をルイに渡した。「無理はせぬように」
「ありがとうございます」
 
ルイたちは一先ず得た情報を仲間に知らせようと、家を出た。
 
━━━━━━━━━━━
 
その頃、休日を迎えていたミシェルは遅くに起床し、欠伸をしながら布団を整えた。ボサボサの髪を手ぐしで整え、キッチンへ。一人暮らし用の冷蔵庫を開け、ミルクを取り出しながらワオンの食欲を考えても冷蔵庫は大きいものに買い換えるべきだなと思った。今使っている冷蔵庫は元々ワオンの家にあったものだ。
 
グラスにミルクを注いで飲みはじめたとき、玄関で物音が聞こえた。そして「郵便でーす」という声がした。
 
うちかしら? と、ミルクを飲み終えてから少し身なりを整えて玄関の外を覗いた。郵便配達員は既に別の家へ向かっていたが、ポストに手紙のような郵便物が入っていた。引っ越してきたばかりだし、もともと知り合い自体多くはないミシェルはワオン宛てだろうと思った。一先ずそれを家の中へ持って入ってから、あて先を見遣った。自分宛だ。不思議に思い、送り主の名前を見た。
 
アールの名前が書かれている。
 
「え? 私宛て? なんで?」
 新しい住所先はまだ教えていないはずだった。
 
逸る気持ちで封を開けると、バースデーカードが入っていた。
 
《お誕生日おめでとうございます。ミシェルさんにとって素敵な一年になるよう、祈っております。 ルイ》
《たんじょうびおめでとー!! ワオンっちに飽きたら俺がデートしてあげるね! カイ》
《お誕生日おめでとう!ワオンさんとの新婚生活はどうですか? 惚気も愚痴も、いつでも聞くからね☆ いい一年になりますように! アール》
《素晴らしい一年を。ヴァイス》
《×:*#%!& ←スーちゃんが書きました》
 
ミシェルは満面の笑みでメッセージを読んだ。
 
「きっとワオンさんね」
 教えたのは。でも、嬉しい。
 
カードを胸に抱いた。けれど、もう一度見返すようにメッセージを読んだ。──シドからのメッセージはない。
 
「……まだ、解決していないのね」
 悲しそうにそう呟いた。
 
ワオンは仕事に出かけている。ミシェルはアールに電話をかけようかと思ったが、配慮してメールに変えた。
 
【アールちゃん、バースデーカード届きました!ありがとう。
驚いたし、すっごく嬉しかった。
アールちゃんの誕生日はいつ? そのときはお祝いさせてね】
 
そう打ち込んでから、ふと思う。彼女はこの世界に来て、誕生日を迎えることに抵抗はないのだろうかと。本当は家族や友達と過ごしたいんじゃないかと。ただ、悲しい誕生日にしてほしくはないと思う。
 
【アールちゃん、暇が出来たら、遊びに来てね。
手料理作って待ってるから】
 
そう書き足して、送信した。
 

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