ル イ ラ ン ノ キ


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「早智子さんは何を飲みますか」
 と、早くもほころんだ顔を見せる親父が訊く。
「私もアイスコーヒーを頂こうかしら」
「はい。──めぐちゃん!」
 親父はめぐみを呼びとめ、アイスコーヒーを頼んだ。

気まずい。俺はいないほうがよかったんじゃないか? と思っていると。早智子さんと目が合った。

「あなたが克哉さん?」
「あ、はい……」
「バカ息子です」
 と、親父。「よう似てるでしょう」
「ほんと、新之助さんにそっくり」
「あまりうれしくないです」
 と、愛想笑いをした。

──本当まったくうれしくない。
普段は気にしないがペーパーナプキンを手に取ってテーブルに広がっていたコーヒーの水滴を拭きとった。
 
「あの、早智子さんは普段何をされているんですか?」
「生け花教室を」
「あー、なるほど」
 着物に納得。「いつもお着物を?」
「いえ、今日は……気合を入れすぎちゃったかな」
 と、早智子さんは照れ笑いをした。
「…………」

可愛い。親父、この人可愛いぞ!
親父を見遣ると、どうだと言わんばかりの満足げな顔をしていた。その顔にイラッとしたが、ここは息子として人肌脱ごうじゃねぇか。

「親父の……どこがいいんですか?」
「新之助さんはユーモアがあって、一緒にいると楽しいの。とても優しくて気が利きますし」

えっと、俺の親父のことを喋ってんだよな? ユーモア? 優しい? 気が利く? え?

「そう……ですか」
 どこがだよ。この人の前だけいい顔をしているらしい。
「克哉さんはまだご結婚なさらないの?」
「残念ながら相手がいないので」
 と、苦笑した。
「まぁ、おモテになるでしょうに」
「いやいや全然」

──親父に似て全然です。

「好きな人はおるようですがね」
 と、親父が余計なことを言った。
「あらそうなの? だったらその方も呼んだら? ね、楽しそうよ」
「いや、彼女の連絡先知らないんですよ。まだ」

「お待たせしました」
 と、めぐみがアイスコーヒーを運んできた。「アイスコーヒーです」
「めぐちゃん、こいつの好きな子、誰か知らんか」
「千晴でしょ? 呼んでやろうか」
「なんで知ってんだお前!」
 と、俺は思わず立ち上がった。
「千晴は私の友達だもん。このまえ偶然お祭りで会った時、私と一緒にいた千晴に一目ぼれしたんでしょ。千晴言ってたよ、あんたとめっちゃ目が合って気持ち悪かったって」
「会う前にフラれたな、どんまい、息子」
「……コーヒーおかわり」
 と、俺は椅子に座った。
「かしこまりー」

最悪だ。連絡先も知らないうちからもうフラれた。目が合っただけで気持ち悪いって……。そりゃねーよ。
めぐみはバカにするように鼻で笑い、厨房へ戻って行った。
 
「どんまい、克哉さん」
 と、早智子さん。「今の話を聞く限りだと、なんだか性格きつそうですし、克哉さんには合わないわよ。もっと大人しくて清楚な子がいいんじゃないかしら」
「今時いますかね、そんなお嬢様みたいな人」
 と、皮肉を言う。
「きっといるわよ。克哉さんに合った人が。諦めないで? ね?」
 
惨めだった。慰められれば慰められるほど、むなしくなってゆくばかりだった。
その後、長らく親父と早智子さんは仲睦まじく二人で会話を楽しんでいた。目の前に失恋した男がいるというのに平然としてやがる。
いや、まぁ親父にはこれまで散々迷惑をかけてきたし、男手ひとつで俺を育ててきてくれたわけだ。そういうのを考えると、今目の前で鼻の下を伸ばしっぱなしの親父を見てるのも悪くないなって思い始めた。
 
──幸せになってくれよ、親父。
この人なら俺も新しい母親として気持ちよく受け入れられる。早智子さんさえよければ、がむしゃらに頑張ってきた親父のことを頼みたい。
 
「楽しかったわ、今日も」
 と、早智子さんは上品にストローでアイスコーヒーを飲み干した。
「私もですよ。やはり早智子さんといると私は心が和みます」
 と、親父は最後の追い込みを開始する。

そこで俺も親父の背中を押すことにした。

「ほんと、早智子さんと一緒にいるときの親父はいつもより生き生きしてるな」
「だろう? いやはや参ったな」
 と、親父は頭をかきながら照れ笑いをした。
「ありがとう、そう言ってもらえるとうれしいわ。──あ、そうだわ」
 早智子さんは思い出したかのようにバッグから二つ折りのカードを取り出した。
「新之助さんと、克哉さんにご招待したいのだけど、どうかしら」
 と、そのカードを広げ、テーブルの中央に置いた。

それを俺と親父は身を乗り出して見遣った。それは生け花教室への案内状だった。

「生徒が少ないのよ。良かったらまずは見学でもどうかしら」
「は、はあ……」
 と、俺が曖昧な反応をしていると、父は大袈裟なほど大きな声で言った。
「いいですなぁ! 花は見ているだけでも癒されるから好きですよ!」

うそつけこのやろう。初めて聞いたぞそんなの。
でもまぁ、好きな女の前でいい人ぶりたくなるのはよくわかる。

「それにね──」
 と、早智子さんは顔を赤らめ、視線を落とした。

──お? これはもしや、『新之助さんがいてくれたらもっと生け花が楽しくなりそうな気がするの』的なことを言いそうな雰囲気だ。

「アドバイス、ほしくて……」
「え? 私は生け花には詳しくありませんが……」
 戸惑う親父に、彼女は衝撃的なことを口にした。
「生け花ではなく……生徒さんの中にいる好きな人のことです」

  は ?

親父がしきりに目をしばたかせていることに気づいた。

「えっと……それはどういう……」
 と、親父の代わりに訊いた。
「お恥ずかしながら、この年齢で好きな人が出来ましたの」
「えっと……誰が誰に恋を?」
「私が……生け花教室の生徒として出会った男性に、です」

──あ、あれ? ちょっと待て。

俺は再び親父を見た。テーブルに身を乗り出していた親父は椅子に座り直し、俺を見るなりコクリと頷いた。どういうことだよ。意味わかんねぇよ。

「ちょっと待ってください。早智子さんってうちの親父と──」
「克哉」
 と、いつにも増して渋い声を出した親父。「何を言おうとしているのか知らんが、余計なことを言わないことだ」

いや、何を言おうとしてんのかわかった上での注意じゃねーか。

「どうされました……?」
 と、早智子さん。
「いや、驚きましたよ」
 親父は生け花教室への招待状を手に持ち、言った。「素敵な方がいらっしゃるなど、初めて訊きましたから」
「好きな男性がいると……話しましたのに。お忘れでしたか?」
「…………」

親父の目が泳いだ。──親父、さては勘違いしてたな。自分のことだと思ったんだろう? そうなんだろう親父! 親子共々なんて不様なんだ!

「いやはやすまない、すっかり忘れていたよ。ははははは」
「もう新之助さんったら。ほんとおかしな人ね」

ダブル失恋。
どうやら早智子さんにとって親父はいいお友達だったようだ。紛らわしい。

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©Kamikawa

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