ル イ ラ ン ノ キ


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親父世代も恋焦がれ


恋愛には教科書がないと聞く。じゃあ恋愛に関する書籍が多いのはなんなんだ。あれは教科書にはならないのか?

【モテ男になる方法】
【今日からイケメン】
【恋は簡単に成就する】
【あの子を振り向かせる方法】
【どんな女も振り向かせるテクニック】
【君はモテる!】
【モテないと思い込んでいませんか?】
【女が思ういい男】

などなど、真面目に読んできた俺の今、彼女無し。フラれてばっかし。
もちろん彼女がいた時期もあった。“壁ドン”したらフラれた。

「なんだそのカベドンて。ドカベンか?」
「何だよドカベンて。古っ」

32になった俺は喫茶店で、51歳の男とアイスコーヒーを飲んでいた。
休日の昼下がりに、男と、向かい合わせで、アイスコーヒー。
死ねる。

「壁ドンってのは、女の子が憧れるシチュエーションだよ。こう……女の子を壁の前に立たせて、俺は彼女のまん前に立ってだな、片手を壁にドン……と。だめだ。口で説明するとバカみたいだ」

──と、そこに女性のウエイターがから揚げを運んできた。

「口で説明しなくてもバカみたいよ」
 と、笑顔で言葉を添えて。
「おまえなぁ……」
「だってあれ、本気でやる奴がいたらドン引きだから。漫画とかドラマだからいいけど、リアルでやる奴いたら完全にドラマを見すぎた勘違いナルシストでしょう?」
「…………」
「その辺にしてやってよ、めぐちゃん」
 と、テーブルの向かい側に座る51歳が言う。「こいつこう見えて心折れやすいんだから」
「知ってる。」
 
めぐみは真顔でそう言うと、カウンターへ戻って行った。
俺はから揚げを素手でひとつつまみ、口に入れてからテーブルに顔をふせた。
 
「お前、めぐちゃんはどうだ? 案外気が合うかもしれない。昔からお前のことをよく知ってるだろう?」
「あいつ近々結婚だよ……」
「ほんとか……残念だったな。悪い悪い」
「あのなぁ!」
 と、俺は顔を上げた。「俺別にあいつのこと好きじゃねぇから」
「そうか」
「あいつに彼氏がいなくてもタイプじゃねぇから。つか俺今好きな女いるんだよ……」
 
ぼそぼそと、後半は声が小さくなった。51の男は「ふーん」とさほど驚きもしないでアイスコーヒーを飲んだ。
 
「どうせまたフラれるんだろうとか思ってんだろ」
「まぁな」
「あんたに言われたくないな」
「俺は今回うまくいくさ」
「それ何回目だよ。つかこうやって俺を呼び出して仲を取り持ってもらおうとしてる時点でもう無理だろ」
 
ある女性を待っていた。46歳の女性だ。旦那さんを早くに亡くし、子供は成人して家を出て、今はひとり暮らしだそうだ。そんな未亡人に恋をしたこの男は──
 
「わからんだろう。あと一押しなんだよ」
「それも聞き飽きた」
「俺はお前とは違う」
「同じだろ。フラれるのがオチ」
「いや、ちがう」
 
「同じよ」
 と、めぐみが他の席に水を運びがてら言った。「よく似た親子だもんね」
 
──そう。目の前の51の男は、俺の親父だ。母とはとっくの昔に離婚している。
親父が19のとき、付き合っていた女性が妊娠。そのときに生まれたのが俺。それから3年後、母は「もっとマシな男と結婚したかった!」と捨て台詞を吐き、俺を置いて行方をくらました。数日後、離婚届が送られてきたらしい。

「女を見る目がないのも似てしまったな」
 と、親父は笑った。
「似たくも無かったわ」

待ち合わせ時刻は午後1時。もう10分も過ぎている。

「来なかったりしてな。連絡は?」
 と、親父を見遣る。
「ないな」
「してみたら? 近くまで来てるかも」
「近くまで来てたら電話にはでない」
「なんでだよ」
「早智子さんはケータイを持っていないんだ」
「今時!?」

不便すぎるだろ。大体子供も母親が一人暮らしをしていたら心配だろうに、いつでもどこでも電話できるケータイくらい持たせてやればいいのに。

「あ、来たようだ」
「え?」
 と、親父の視線を辿り、喫茶店の出入り口に目を向けた。

──うわっ!
思わず声がでた。親父が恋をした早智子さんは、着物で現れたからだ。淡いクリーム色の生地に、百合の花の刺繍があしらわれている。

「早智子さん!」
 と、親父が手を上げて居場所を知らせた。

早智子さんは上品に笑って、こちらに歩いてくる。他の客の視線を一気に集めていた。食器を運んでいためぐみも驚いた様子で見ている。

「ごめんなさい遅れてしまって……」
「いやいや、我々も今着いたところで」
 と、親父は分かりやすい嘘をつく。

テーブルに半分減ったアイスコーヒーとから揚げがある時点で今着いたなんてことはありえないんだけどな。
早智子さんは親父の隣りに座った。まさかこんな演歌歌手のような上品な人が来るとは思っていなかった俺は、自然と背筋を伸ばし、アイスコーヒーを飲んで心を落ち着かせた。

親父……釣り合ってなさすぎだぞ。
 

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©Kamikawa

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