voice of mind - by ルイランノキ |
日が暮れた頃、一行は漸く聖なる泉がある休息所を見つけた。
休息所に入るやいなや、カイは地面に倒れ込んだ。
「死………ぬ…………」
ゼェハァと苦しげに呼吸を繰り返す。
さすがのシドも険しい表情ですぐに服を脱いで泉に浸かった。
「あ”ー生き返るわ……」
「俺も入りたい……」
と言いながら、地面を這って行く気力もない。「ねぇアール……」
「やだよ自分で脱いで入りなよ」
と、先読みをして答えながら、今ルイが出したテントに入って寝転がった。
「アールが冷たい……」
「お疲れさまでした。さすがに疲れましたね」
と、言うルイも汗だくだが、表情は変わらず爽やかだ。
テントの外にテーブルを出すと、ヴァイスが椅子に座った。スーがテーブルに移動し、溶けたアイスのように広がった。
「ヴァイスさんもお疲れさまでした。冷たいコーヒーでもいかがでしょうか」
「あぁ、頼む。……お前は平気か?」
「えぇ、僕は皆さんほど戦闘していませんので。後でゆっくり休みます。スーさんも冷たい水を用意しますね」
伸びきっているスーは細い手を作り出してひらひらと振った。──頼みます、と言っている。
「……不快」
テントの中で寝転がっているアールは、目を閉じると暗闇の中に浮かぶシドのお尻に嫌悪感を抱いた。シドが脱ぎ始めた時、すぐに目を逸らしたが引き締まったお尻が視界に入ってしまった。その映像が脳裏に焼き付いてなかなか消えてくれない。
「不快すぎる……」
目を開け、天井を眺めた。目から入って来る情報すべてに疲れを感じる。しかし目を閉じればシドのお尻。八方塞がりである。
カイは息切れが治まると気だるそうに体を起こして服を脱いだ。泉に頭からぬるっと入り込んだので、水面に浮かんだカイの尻を見てシドがゲラゲラと笑った。
「冷たかったらもっとよかったのに……」
と、水面に顔を出す。
「氷入れてぇよな」
「ねぇ俺すごいと思わない? 人間離れしたみんなについて来れてんの」
「人間離れねぇ……」
と、苦笑する。「俺も今じゃ弱い方だ」
「…………」
カイはシドの義手に目を向けた。
「義手に火属性とかつけらんないの?」
「ぶはっ!」
と、笑う。「かっけぇなそれ」
「でしょ? 防護服に属性耐性ついてるのあるじゃん。すんごい高いけど。あんな風にさ」
「闇属性のダメージを無効化、とかな」
「いいじゃんいいじゃん。それかもうサイボーグみたいにさ、義手そのものを武器化しちゃうとか」
「一歩間違えればダサくなりそうだな」
と、笑う。
「けっこういい考えだと思うんだけどなぁ……」
「ぶっ飛んでるけど悪くねぇよ。けどまぁ、今更もう、時間ねぇわ」
「…………」
カイは黙って視線を落とした。
「使いこなせるまで物にする時間がねぇよ」
「…………」
「遠回りしすぎた気がするなぁ」
「ねぇ、俺のち〇こが萎びてる気がする」
「はぁ???」
と、カイのそれを見て吹き出した。
「もっと大きかった気がするんだけど」
「お前のは元々小せぇって」
と、腹を抱えて笑った。「でもなんでそんなにしょぼくれてんだ」
「だよね? なんかしょぼくれてる」
「疲れてんだよ。そのうち元に戻るだろ」
「泉に浸かってんのにこの状態だよ? 戻んなかったらアールに一生見せられないよ」
「戻ってもチビに見せる機会なんかねぇから安心しろ」
テントの前に出してテーブルでは、ヴァイスがアイスコーヒーを飲んでいた。小皿に入れた冷えた水にはスーが気持ちよさそうに眠っている。
「ヴァイスさん、お疲れだとは思うのですが……」
「なんだ」
「アールさんとのお約束、今日果たしませんか?」
「……?」
「ピラフ、お手伝いしますよ」
「……そうだな」
と、席を立つ。
「何ピラフにしますか? えびピラフ、チキンピラフ、カレーピラフ、シーフードピラフ……」
「アールに訊こう」
と、ヴァイスはテントへ向かった。
「起きているか」
ヴァイスに目には、テント内の中央で横になって目を閉じているアールの姿があった。
「かろうじて」
と、アールが目を閉じたまま答えた。
「ピラフはなにがいい」
「!」
アールは体を起こしてヴァイスを見遣った。
「作ってくれるの!?」
「ルイの手を借りる」
「やったー! 高菜ピラフとかできる?」
「わかった」
と、ヴァイスはテントを出て行った。
「見るしかないでしょう」
と、アールは眠い体を立たせ、テントを出た。
ヴァイスの料理姿を見れるのはレアだ。激レアだ。
「高菜ピラフがいいらしい」
と、ヴァイスはルイの隣に立った。
「高菜ピラフ……」
と、ルイはテーブルに椅子に腰かけたアールに目をやった。
「アールさん、ご希望はチャーハンではなく、ピラフですよね?」
「……チャーハンとピラフって違うの?」
ルイはくすりと笑った。
「ピラフは生米にスープを入れて炊きあげるものです。チャーハンは炊いたご飯を炒めて作るものなのです」
「へぇ……じゃあ私が想像してたのはチャーハンのほうだ」
「では、高菜チャーハンでよろしいですか?」
「お願いします」
と、頭をペコリ。
「では、高菜のお漬物と……ベーコンも入れましょうか。卵と……」
必要な材料と調理道具をテーブルに広げ、必要のないものは片付けた。
「それでは、まずは高菜とベーコンを食べやすい大きさに切ってください」
「…………」
ヴァイスは高菜を袋から取り出し、まな板の上に広げ、包丁を握った。
「ルイのお料理教室だー」
と、アールが嬉しそうに眺める。
ヴァイスは意外にも手際よく高菜を切ると、慣れた手つきで包丁で切った高菜をすくってボウルに移した。そんな彼を水の中に浸かっているスーも不思議そうに眺めている。
「ヴァイス料理したことあるの?」
「いや」
「……本当に?」
「…………」
高菜を切り終えると、ベーコンをさいの目切りにしていく。
「ヴァイスさん、手慣れていますね」
「だよね! 絶対料理したことあるじゃん」
「いや」
と、ヴァイスは短く答え、切ったベーコンをボウルに移した。
「あれだ、しっかりテスト勉強してたくせに勉強してないって言うタイプ」
「いや……料理には興味がない」
「これを機に始めてみてはいかがでしょうか」
と、ルイは魔法の布巾を広げ、その上にフライパンを置いた。
「いや、結構だ。」
「そもそも食に興味がないもんね」
と、アール。
「あぁ」
多くを語らなくてもアールがいつも的を射た感情を読み取ってくれる。ヴァイスにとって苦手な会話の助けになるアールの存在は大きかった。
Thank you... |