voice of mind - by ルイランノキ


 一寸光陰21…『影の中』

 
6人掛けのテーブルに、ルイの指導のもとで作ったヴァイスの高菜チャーハンと、ルイがチャーハンのお供に作った餃子と野菜たっぷりの中華スープが並んだ。
 
「いっただっきマスキン」
 と、カイが手を合わせ、スプーンでチャーハンをかきこんだ。「うんめ!」
「マスキン元気かなぁ」
 アールはお茶を一口飲んでから、チャーハンを食べた。「あ、美味しい!」
 シドは無言でチャーハンを食べ、スープで流し込んで餃子を2つ口に入れた。
「もっと味わって食べなよ」
 と、アール。
 口いっぱいに頬張っているシドはムッとアールを睨みつけた。
「いただきます」
 と、ルイが手を合わせた。先にスープを飲んでから、チャーハンを口に入れた。「美味しいです」
 ヴァイスは特になにを言うこともなく、黙々と食事を進めている。目線の先ではずっと小皿の水に浸かっているスーが背伸びをした。
「今度はなに作ってもらおうかなぁ」
 アールがそう言うと、めずらしくヴァイスが咳き込んだ。
「冗談だよ」
 と、いたずらげに笑う。
「ヴァイスんにお料理の才能があったとは……っ!」
 カイが悔しそうにヴァイスを見遣る。
「カイはお菓子作りとかしたら?」
「プロが考えて作ったお菓子のほうが美味しいに決まってるのになんで時間をかけて手間をかけて市販のお菓子より美味しくないお菓子を作らねばならんのか」
 と、カイ。
「甘さとか自分好みに調節できるから市販のお菓子を超えるかもよ?」
「お菓子作りってそんな甘いもんじゃないよ。砂糖を増やせばいいってもんじゃあない」
「そりゃそうだろうけど……」
 と、アールはチャーハンの上に2つ餃子を置いて、お皿に2つ残っている餃子をシドのほうに移動させた。「食べる?」
「…………」
 シドはもぐもぐと口を動かしながら無言で皿を自分の方に引き寄せた。
「なんで俺じゃなくてシドなんだよー」
 と、カイが不満そうに言った。
「誰よりも餃子好きそうだったから」
 と、笑い、餃子を口に入れた。
「お菓子だったら俺にくれた?」
「うん」
「ならいいや」
 と、満足げに頷いてチャーハンを頬張る。
 
晩御飯を終えた後、ルイはいつもよりも片づけを急いだ。アールが泉に入るからだ。
洗い物もちゃっちゃと済ませ、シキンチャク袋に収納。台拭きでテーブルを拭いた。
 
「目的地にはあとどのくらいで着きそう?」
 と、アールが着がえを持ってルイに歩み寄った。
「明日の午前中には、エリザベスさんと合流できるかと思います」
「そっか。歩行地図が完成したら、ゲートを開ける場所が増えて移動も楽になるんだよね?」
「そうですね。テーブルは朝も使うので出しっぱなしでよいですか?」
「よいですよ」
 と、言葉を真似る。
「ではごゆっくり。カイさんは僕が見張っておきますので。ヴァイスさんもいますからご心配なく」
 シドもテントの中だ。
「いつもありがと」
 と、アールは泉に向かった。
 
ルイがテントに入ったのを確認して、服を脱いだ。旅をはじめてだいぶ経つけれど、外で裸になるという行為には慣れない。そわそわと急いで泉に浸かった。
 
「……?」
 
体が癒えていく気持ちのいい感覚がしない。ただのぬるい水に浸かっているだけ。──あぁそうか、自分はもう泉に浸からなくても勝手に体が癒えるのだ。
 
「便利な体……」
 
とはいえ、汚れは自然と消えてはくれない。頭まで浸かり、汚れと汗を流した。
洞窟にいたとき、体の中でバケモノと悪魔が暴れていた。自分の体が引き裂かれてしまいそうだったけれど、どうにか持ちこたえて今は大人しくしている。
 
「バケモノは体に……悪魔が影に……」
 左手を目の前に持ち上げ、指の間の影を眺めた。
 
──影に、悪魔……?
とその時、中指と人差し指の間の影がゆらりと不自然に揺れた。
驚いて思わず泉の中に手を下ろした。
 
「なに今の……」
  
確かめるように、今度は両手を前に出した。水をすくうような器の形を作ってゆっくりと両手を閉じていく。閉じるほど手の内側の影が濃くなっていく。2センチほどの隙間を開け、その隙間から手の中を眺めた。
徐々に何かが手の中で蠢き始めた。黒いスライムが動き回っているようにも見える。気味が悪いが目が離せない。動きが止まり、「なんだろう……」とアールが顔を近づけると、手の中の影に赤く不気味な目が浮かび上がってアールを睨みつけた。
 
「ぅわっ!!」
 
手の中のそれを投げ捨てるように手を払ったが、手から放たれたものはなにもない。手の平と甲を眺めるも、特になにもおかしなことはなかった。
 
「アールさん? なにかありましたか?」
 と、テントの中からルイの声がした。
「あ、ううん。ちょっと……」
 虫がいただけ、と言おうとしたけれど。「なんでもない」と言いかえた。嘘をつく必要はないと思ったからだ。
 
アールは泉から出て、体をバスタオルで拭いた。体を拭いている間に髪の毛がほとんど乾いてしまう。時間を短縮できていい。
 
テントに戻って来たアールは、布団で寝ているカイに目をやった。端ではシドもすでに横になって眠っている。ルイはちゃぶ台を出して本を読んでいた。
テントの隅に腰かけていたヴァイスは黙ってテントを出て行った。
 
「さっき、変なものを見たの」
 と、アールがルイの隣に腰を下ろした。
「変なもの、ですか」
「こうして、」
 と、アールは自分がやったことを再現した。
「手の中を眺めてたらなにかグネグネ蠢いて、赤い目玉がパッ!て浮かんだから慌てて手を振り払ったんだけど……特になにもなかった」
「…………」
 あまりにも不可解なできごとに、首を傾げるしかない。
「私の影に悪魔が宿ってるって言ってたから、影をじっと見つめてみたの」
「なるほど、それで、反応があったというわけですね」
「影ができる明るい時間帯にいろいろ試してみたい。悪魔をどう使えるのか……。ルイが竜を使うように、私も悪魔を従えるのか」
「そのときは僕も立ち会わせてください」
「うん。不安だからいてくれると助かる」
 
アールは自分の布団を敷いて、横になった。仕切りのカーテンは開けたままだ。
 
「バケモノも、どう扱うのかわからない」
「…………」
「もしなにかあったときは、お願いします」
 と、アールは真剣な表情で言った。
「僕たちがいますから、大丈夫ですよ」
 安心させようと笑顔で返す。
「ありがとう」
 アールも笑顔を返し、仕切りのカーテンを閉めた。「おやすみ」
「おやすみなさい。いい夢を」
 
明日も笑顔を交わせたらいいなと思いながら、目を閉じた。明日も何気ない会話を弾ませて、歩幅を合わせて旅路を行く。早く終わればいいと思っていた旅も、気が付けばこのまま続けばいいと思っている。街の人々も笑い合い、明日の予定を立てて、予定通りに行かなければまた明日に繰り越せばいい。そんな毎日が、続けばいいと思う。
 
アールは掛布団を頭まで被り、耳を澄ませて仲間の寝息を聞いた。
次第に闇に沈んでいく感覚に陥った。深い深い眠りへ誘われる。このまま底のない無の世界へ入っていき、永遠に帰ってこれない不安が少しだけ疼いて、消えて行った。
 

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©Kamikawa
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