voice of mind - by ルイランノキ


 一寸光陰18…『歩行地図』

 
「死霊島に入る前に軍を向かわせる。その際、小型トランシーバーを持って行かせる」
 と、城内に設置されたゲートの前でゼンダが言った。
「トランシーバー! かっちょいいー」
 と、カイが目を輝かせた。
「携帯電話よりすぐに連絡が取りやすいですし、通信制限の影響も受けないので助かりますね」
 と、ルイ。
「まずは軍をどこにでも移送できるよう、歩行地図の完成を急いでほしい」
「承知いたしました」
 
一行は城からクロコの群れと遭遇した場所へと戻された。
ルイやシドがクロコの死骸が1匹も残っていないことに疑問を抱いたが、一先ず地図を開いて方向を確認する。インカの森へ向かい、エリザベスと合流を目指して歩き出した。
 
「なんかソワソワしてきたー」
 と、カイ。
「わかる。落ち着かないよね」
 アールは空を見上げた。
 
アサヒとの会話を思い出す。「空を見なよ。青いだろ? 今のうちに見ておきなよ」そう言っていた。
 
「そういえばリアさんが話していたんだけど、マッティって人、知ってる?」
「いえ」
 と、ルイが振り返る。
  
アールはあのとき部屋にいなかったシドとルイにマッティという人物についてリアから聞かされたことを説明した。ルイもシドもマッティと聞いて心当たりは無かったが、唯一反応をしたのはカイだった。
 
「どっかで聞いたことある気がするんだよねぇ」と。
「カイの知り合いなの?」
「俺もあんまり人の名前を覚えるの得意じゃないからなぁ。しかも男だろー? 記憶の奥の方に追いやられてる気がする」
「リアさんはその人を信じているのですね」
 と、ルイはアールに足並みを揃えた。
「うん。でも例えなにか悪いことを企んでいる人だったとしても、もうここまで来たらどうすることもできない。私たちがやれることを進めるしかない。疑ってもしょうがない」
「そうですね。臨機応変に、トラブルが起きたらその都度、対応していきましょう」
 
旅の道中ではいつもと変わらず魔物が道を塞ぐ。始めは朝の運動がてら戦闘を繰り返し、徐々に自分の力の加減を確かめるように戦闘を繰り返した。
いつまた組織が現れるか、という不安は無かった。彼らも今はグロリアの一味の邪魔をしている暇もなく、シュバルツの目覚めに加担していると思われたからだ。
 
昼になり、結界を張って束の間の休息をとる。ルイが食材を見ながら昼食のレシピを考えた。
シドとヴァイスはいつも通りごはんが出来るまでその場を離れ、カイはテーブルの椅子を並べて横になった。
 
「早めに済ませたいので、さくっと明太子丼にしましょうか」
「え、最高。この世界に明太子があることに感謝します」
 と、アールがルイの隣に立った。「手伝うよ」
「肉野菜炒めも作りましょう。汁物はお味噌汁を」
「さくっと、なのかなぁ」
 と、アール。
「どれも簡単なのでさくっと出来ますよ」
 テーブルに調理道具を取り出した。
 アールが水で手を洗って野菜を切り始めると、誰かの携帯電話が鳴った。
「はいはーい」
 と、電話に出たのはカイだった。
 
アールはルイの隣でピーマンを切りながら、カイの電話に聞き耳を立てた。電話相手に旅を再開したという報告をした後は、長いこと相槌を打っている。「大変だねぇ」「そうなんだ」「うんうん」「おーすごい」と。
 
「誰と電話してるんだろ?」
 と、小声でルイに訊く。
「気になりますね」
 と言ったルイも、カイの電話相手が誰なのか気になっているようだ。
「わりと長電話じゃない? しかもなんか楽しそう」
 あははは、とカイが笑う。
「お友達でしょうか」
 ルイもアールの隣で別のまな板と包丁を取り出して人参を切り始めた。
「あ、わかった。ライリーだ!」
 と、スッキリして笑顔を向けた。
「ライリーさんでしたか」
「ルイは誰かと電話したりする?」
「他愛のない電話ができる友達は残念ながらいませんね」
 と、切った人参をボウルに入れ、キャベツに手を伸ばした。
「ケータイには私たちと、他に誰か登録してる?」
 ルイは虚空を見遣り、誰かいただろうかと考えた。
「そういえば、カイさんの連絡先を知っています。もう一人のカイさん」
「あぁ! 連絡先交換したんだっけ? シドが組織に身を置いていた時に、カイくんが現れたって話、聞いた? ローザっていう女性と手を組んでいたかもしれないの」
 と、シドから聞いた話を簡略に伝え、こう続けた。
「敵か味方かわからないけど、あんまり関わっててほしくないね……。もう、知り合いの死は見たくない」
「…………」
 
椅子を並べて横になっていたカイが起き上がった。
 
「そうそう、トウモロコシってめっちゃ歯に挟まる! ──うん、──うん、──そうだねー、じゃあまた気軽に連絡してよ! ──うん、じゃあねー」
 と、電話を切った。
「どういう流れでトウモロコシは歯に挟まる、に至ったのか気になる」
 アールはそう言って、切り終えたピーマンをボウルに入れた。
「ライリーのしゃべり方が変だったからどうしたの? って訊いたらさぁ、お昼に食べた鍋に入ってたエノキが歯に挟まってるって言うんだ」
「あぁ……確かにエノキって隙間に入る」
「うちのお昼ご飯はなにー?」
「明太子丼だってさ」
「やったー! 俺の好きなやつー!」
 と、カイはテーブルに両肘をついて二人が料理をしている姿を眺めた。
「カイは辛いものあんまり好きじゃないと思ってた」
「甘党だから? 辛いのも好きだよ。苦いのは嫌い。だからピーマンはなくていい」
「ピーマンの肉詰めとか美味しいのに」
「食べれないわけではないけどさー、せっかく美味しいお肉を苦いものと食べる意味がわからないよ」
「カイが一番好きなお菓子ってなんなの? ルイ、他に切るものある?」
 と、アール。
「お豆腐と葱をお願いします」
「はーい」
 と、テーブルに出してあった豆腐に手を伸ばした。パックのビニールを剥がす。
「ランキングなんかつけらんないよ。日によって違うんだ」
「スナック菓子とチョコレートだったらどっちが好き?」
「チョコチップクッキー」
「合体させないでよ」
 と、笑う。「苦手なお菓子とかあるの?」
「チョコミント。あれは歯磨き粉」
「あー!」
 確かに苦手な人が多いイメージがある。
「ルイは好きそう。私は普通」
「僕も普通ですね」
 と、ルイは豚肉のようなマゴイ肉を切っている。
「チョコレートに歯磨き粉入れて食べたいと思う? 思わないよ普通」
「歯磨き粉じゃないからね。他には?」
「カカオ強めのチョコレート」
「あぁ、苦いもんね。わかりやすっ」
 切った豆腐をそっとパックに戻し、葱をまな板に乗せた。
「あとキャラメル」
「え? 好きそうなのに……」
「銀歯が取れた」
「あはは! いつの話?」
「子供の頃。アールは虫歯ある?」
「あるけど治療済」
「ルイはないんだよねー」
「今のところは」
「えー、さすがだね。ちゃんと歯磨きしないとね」
 サクサクと葱を斜めに切り、まな板の端に寄せた。「出来た」
「ありがとうございます。後は僕がやりますので、ゆっくりしていてください」
「俺とお話ししましょう」
 と、カイが隣の椅子をペンペン!と叩いた。「お隣どうぞー」
 
アールはカイの隣に座り、カイの防護服を見遣った。上は脱いで腰で巻いている。
 
「それいいよね、可愛いしカイの好みをわかってる感じ」
「だよねー、俺も気に入ってる」
「カイはツナギの防護服って初めて?」
「ううん、最初の頃にちょっとだけ着てた」
「何色だったの? やっぱオレンジ?」
「深みどり。オレンジとか黄色とか明るくて目立つ色ってなかなか売ってないんだよねー。それに俺オレンジと緑の組み合わせ好きなんだ」
「ふーん。なんで着るのやめちゃったの?」
「ダサイから」
 と、笑う。センスがぶっ飛んでいるカイにはツナギの防護服は地味でつまらなかったに違いない。
「でもそれは着るんだ? 派手だから?」
「だってこれ、市販じゃないでしょ、この派手なチェック柄。俺のために作ってくれた感満載で愛を感じるんだよねぇー! それにアールとシドと一緒!」
 と、カイは嬉しそうに笑った。
 

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