voice of mind - by ルイランノキ


 一寸光陰17…『毒の謎』

 
「そういえばシド、毒性の魔法手に入れた?」
 と、アールは朝食のパンにかぶりついた。
 
ダイニングテーブルに、ルイの朝食が並ぶ。スクランブルエッグにウインナーにサラダが盛りつけられたお皿に、きのこの豆乳スープ、焼いた食パンにはアボカドチーズが乗っている。
 
「なんだよ急に」
「テンプルムからジョーカーが逃げるとき、最後に攻撃したのシドだったよね? あの後ジョーカーが毒にやられてたってアサヒさんが言ってたから」
「攻撃当たってたのか……。けど毒は俺じゃねぇよ。つか俺の武器を強化したのアサヒだぞ」
「アサヒさんの後に別の人に頼んだわけでもなく?」
「あぁ」
「シドは毒属性だよ?」
 と、言ったのはカイだ。「いつも毒を吐く」
「うまいこと言うね」
 と、アールは笑った。「シドが吐いた毒にメンタルがじわじわやられたってこと?」
「んなわけねぇだろ」
 と、シドも笑う。
「俺、時々その毒にやられてんだ」
「私も昨日遠隔攻撃受けたわ。電話越しに」
「はぁ? 覚えねぇわ」
「その冷たい言い方に毒が含まれてるんだってば」
「テンプルムから去った後に誰かから攻撃されたんだろ」
 と、シドはパンの最後の一口を食べた。
「そんなこと言ってなかったよ? アサヒさん」
「本人から聞いてねぇだけだろ。……あれだ、俺からの攻撃で弱ってるときに毒虫にでも刺されたんだろ」
「毒虫……蜂とか?」
「知らねぇよ」
「アールさん、アサヒさんは正確にはなんとおっしゃっていたのですか?」
 と、静かにパンを食べていたルイが会話に入った。
「えーっと、武器に毒属性でも付けたのか聞いといてって言われたの。ジョーカーに致命傷を与えたのはシドだってはっきり言い切ってたし、ジョーカーは毒に犯されていて、ジョーカーもシドを疑ってたって」
「でもシドさんには身に覚えがない、と……」
「シドにも隠された力があったりして。実は毒属性持ちだったとか」
「普通の人間は属性なんか持ってねぇよ」
「普通の人間じゃないのかも」
「今になって発覚か? ご都合主義にもほどがあるだろ」
 と、ウインナーにフォークを突き刺してかぶりついた。「毒虫に刺されたのが恥ずくて言えなかっただけだろ」
「毒虫説は弱すぎなんだもん……」
「現実なんてそんなもんだ。英雄が階段を踏み外して死ぬこともある」
「人間を死に追いやるほどの毒を持った虫なんてそうそういませんから、虫系の魔物か、毒属性を持っていなくても毒に侵されている魔物に噛まれた可能性はありますね」
「毒キノコを食べた可能性もね!」
 と、カイが笑う。
「1upきのこと間違えて?」
 と、アールが冗談を言ったが通じないと思い「ごめんなんでもない」と言い足した。
「俺だったら毒きのこ食べちゃったり毒属性の魔物にやられたとしてもシドにやられたって言うよ。そっちのほうがまだかっこうはつくしねー」
「毒キノコ説は無いと思う」
 アールは、パンを置いて、スープに手を伸ばした。
「わかんないじゃん、俺たちが思ってるよりおバカさんだったのかも」
 言いたい放題だ。死人に口なし、という言葉が頭に浮かぶ。
「命を落とすほどの毒キノコはそうそう出会えるものではありませんが、食用キノコにそっくりなものがないわけではありませんから、可能性はゼロとは言えませんね」
「見かけてもきのこには安易に触らないようにしようっと……」
 アールは豆乳スープに浮かんでいるきのこを眺め、スプーンですくって口に入れた。「美味しいこれ」
「きのこより厄介な植物も多くあります。例えばゼンマイにそっくりなニョカアダラというシダ植物がありまして、動くものに絡みついて危険を察すると綿毛を飛ばすのですが、その綿毛に毒が。猛毒というほどではありませんが、早めに治療をしないと……」
「え、まって……私それに捕まったかも。テンプルムで」
 と、アール。
「そういやお前、植物に絡まれてたな」
 と、シドも思い出す。
「それは初耳です……。なんともありませんでしたか?」
「助けてくれたの。ジョーカーが」
「…………」
 
あぁ……と、声も出ない。
 
「アールさんがご無事でよかったです」
 ルイはそう言ってパンを一口大にちぎって口に入れた。
「あの場所、魔物はいなかったけどそんな危険な植物がいたなんてねぇ」
 と、カイがスープを飲み干し、ゲップをした。
「ジョーカーは知らなかったのかな、ニョカなんたら」
「俺も今知ったわ」
 と、シドはスクランブルエッグを口にかき込んだ。
「毒怖いね。でも毒効果を武器につけることができたら便利かも」
「値は張りますが、交渉の価値はありますね」
「ボス戦間近になってもお金の悩みは尽きないなぁ」
 と、カイはサラダだけ残した皿をルイの方に移動させた。
「野菜も食べましょう」
 と、お皿をカイの方へ戻すルイ。
「なんで注意されるのわかっててルイにサラダ追いやんの?」
 と、アールは笑って、残りのパンを頬張った。
「ひょっとしたらいけるかなぁと思って」
 カイはそう言いながら渋々フォークをサラダに突き刺した。
「なんでひょっとすると思うのよ」
「金なら少しはある」
 と、シド。「組織にいた頃の金がな」
「ありがとう、じゃあカードゲーム買う?」
 と言いながらカイは口にサラダを一気に詰め込んで、まずそうに顔を歪めた。
「あとでお前に渡すわ」
 と、シドはルイに目を向けた。
「よろしいのですか? 助かります」
「無視されちゃったね」
 と、アールがカイを見て笑う。
「無言の承諾だよ」
 カイはルイのスープに手を伸ばしてサラダを胃に流し込んだ。
「ちょっと軽くその辺走って来るわ」
 と、シドが席を立った。
「ご迷惑にならないように」
 ルイが注意を促す。その辺、というのは部屋の周辺、廊下のことだ。
   
シドが部屋を出て行って閉ざされたドアを、カイは悲しげに眺めた。
 
「また無視されちゃったね」
 と、アール。
「この切ない状況をわざわざ口に出して言わなくていいよ」
 カイはそう言って席を立つと、ベッドに寝転がった。
「ごめん」
 
ルイがテーブルの上を片付けはじめる。「アールさんはごゆっくり」と気遣いを忘れない。
 
「今日の朝食どれも美味しい」
「それは良かったです。久しぶりでしたので、気合いを入れました」
 と、食器を重ねる。
「体調は本当にもういいの? 無理してない?」
「すっかり元気です。竜を従えるほどに」
 と、左手の指輪を見せる。
「それかっこいいね。ルイっぽくないけど、そのギャップがいい感じ。ていうかルイも手綺麗だね、洗い物とかしてるのに」
「そうですか? 一応手に優しい洗剤を使ったり、時々ハンドクリームも塗っているからでしょうか」
「知ってる? 手フェチの女の子って結構いるの」
「手フェチ、ですか」
「モテ要素だよ」
 と、最後のウインナーを口に入れた。
「アールさんウインナーお好きですか?」
「あ、うん。このウインナー美味しいから最後に一本取っておいた」
 と、笑う。
「そのウインナーは新商品でバカ売れしていると主婦の方が話していました」
「バカ売れ! ルイが言うとおもしろい」
 と、アールは笑いながら食器を重ねた。
「僕が運びますので、置いておいてください」
「一緒に運ぼうよ」
 と、アールは自分の食器をシンクに運んだ。
「ありがとうございます」
「こちらこそ、いつもありがとう。洗い物はお願いします」
 と、深々と頭を下げる。
「お任せください」
 と、ルイも合わせて深々と頭を下げた。
「新しい防護服に着替えよーっと」
 アールはベッドに移動して、ヘッドボードに畳んで置いていた防護服を手に取った。
「アールさん、そのお洋服はどうされたのですか?」
「ん? あ、これ?」
 と、今着ているタオル生地のショートパンツを指さした。
「えぇ。とても似合っていますよ」
「ほんと? 可愛いよね、これ。リアさんにもらったの」
「そうでしたか」
 
アールはカイのベッドとの間にある仕切りのカーテンを閉めてトップスを脱ぎ始めた。ルイは背を向けて洗い物に集中した。
 
「アールさん、仕切りカーテンを……」
 と、目を向けずに言う。
「? でもこのカーテン……」
 と、カーテンに手を伸ばし、天井を見遣った。
 
てっきり、隣のベッドとの仕切りになるだけだと思っていたがカーテンレールがU字になってる。最後まで閉めると完全に個室のようになる。
 
「カーテン、隣と遮るだけかと思った。あとカイと違ってルイは覗かないから大丈夫かなと思っただけで、別に着替えてるとこ見せびらかそうとしたわけじゃないからね?」
 と、念のために誤解なきよう、伝える。
「わかっていますよ」
 と、ルイ。
「アール、俺はね? アールが泉に入ってるときとか、別に本気で覗こうとしているわけじゃないんだ」
 と、カイはベッドでごろごろしながらカーテンに映るアールの影を見遣った。「お約束ってやつだよ」
「でもあわよくば見そうじゃん」
「それはそう。男だもの」
「ルイは見ないよ。シドも見ないしヴァイスも見ない」
「デリックは見るよ」
「デリックさん!」
 と、思わず笑った。確かに覗きそうだと思った。
「普通は見るんだ」
「いや、やっぱデリックさんも見ないかも。冗談で見ようとはするだろうけど」
「なんで俺よりあいつのほうが信頼されてるんだろう」
「大人だからだよ」
「出た。大人。俺大人なんかになりたくなーい」
 と、カイはシキンチャク袋から小さいボールを取り出して仰向けのまま天井に放り投げてキャッチをした。
 
着替えを終えたアールは、仕切りカーテンを開けて「どう?」とルイに訊いた。洗った食器を布巾で拭きながら振り返る。
 
「こっちの色のほうが気に入ってる」
「よくお似合いですよ。色は……以前のものと違いますか?」
「え、全然ちがうよ。前のはサーモンピンクって感じ。こっちはくすみピンクって感じ!」
「なるほど……」
 あまり違いがわからない。
「男性って女性より色の識別能力が4倍くらい低いって聞いたけどほんとなんだね」
「それは初めて聞きました」
「お洋服屋さんで働いてたときに、先輩から聞いたの。微妙な色の違いが男性の方がわからないんだって。全然こっちのほうがかわいいのに……」
 と、当たりを見回す。「鏡ないね」
「姿見があるとよかったですね。あ、そこのロッカーに鏡がついていませんか?」
 
室内から見て部屋の出入り口の右側には人数分のロッカーがある。適当に選んでロッカーの戸を開けてみると、戸の裏側に細長い鏡がついていた。
 
「おお! ついてた!」
 と、鏡の前で新しい防護服を眺める。「ピンクって何歳までOKだと思う?」
「年齢は関係ないかと思います」
「ほんと? ド派手なピンクも?」
「組み合わせ次第では浮かないかと」
「いいね、ルイもお洋服屋さん向いてるよ」
 と、アールは笑った。
 

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