voice of mind - by ルイランノキ


 一体分身11…『プレゼントはこれで決まり!』

 
アールは陽月の曲を歌い終わると逃げるようにステージ裏へと走った。
会場がざわめいていた。明るい時間帯にもかかわらずオーブがその存在を主張しながら空へと舞ったのだ。
 
さすがの芸人トウガラコシもこの現象には言葉を失ったようで、「一体何が起きているのでしょうか、白い……なにか、ふわふわしたものが幾つも浮かんで……消えて行っています」などと必死に実況している。
「オーブだ! オーブだよ!」とスタッフの誰かが声を上げたが、トウガラコシはオーブを知らないようで「え、おーぶ?」と繰り返すだけだった。
 
足早に楽屋に戻ったアールは衣装からいつものツナギに着替えはじめる。携帯電話が鳴った。ヴァイスだ。慌てて着がえを終えて電話に出る。ケータイを肩と耳に挟んでドレッサーの椅子に座るとメイク落としシートで顔を拭き始めた。
 
「──どうしたの? こっちは今歌い終わったとこ!」
『あぁ。聴こえていた。ゾーマ・リュバーフと会い、陽月の恋人についてわかったことがある』
「え、ほんと? すぐ行く!」
『いや、話はもう終わった』
 と、ヴァイスは事の説明と、日記の内容をアールに伝えた。
「──フォルカー・コリント? わかった。じゃあイベントの主催者に、もしも彼から連絡があったら私に連絡するようお願いしてみる」
『早い方がいい。騒ぎになっている』
「オーブ?」
『あぁ。お前の歌の影響だと気づいているかどうかは不明だが』
「めんどうなことになると困るから用が済んだらすぐ集合場所に行く。たぶんもうシド待ってるだろうし……」
 1時間後に集合という約束だったが、とっくに過ぎている。
『わかった』
 と、電話が切れた。
 
大急ぎで衣装を綺麗にたたみ、テーブルの中央に置いて【素敵な衣装をありがとうございました!】と書いたメモを置いて楽屋を飛び出した。
出来ればきちんと挨拶をしたかったが、エイミーの楽屋がなにやら騒がしかったので邪魔をしてはいけないと思っての配慮だった。言っていた取材陣が来ているのかもしれない。改めて電話で礼を言うつもりだ。
 
オーディションが行われていた会場に着くと、主催者を見つけ出して「“フォルカー・コリント”という男から連絡が来たらここに連絡してほしいと伝えてもらえませんか」と、自分の携帯電話の番号を書き記した紙を手渡した。
 
「──それはいいけど、ステージに戻ってくれるかな? 最後に人気投票をして、一番票を得た参加者には当番組のオリジナルグッズが贈呈されるんだ」
「辞退します!」
 アールは迷わずそう言った。オリジナルグッズなんていらないです!とも思ったがそれは口にしないことにした。
「え?」
「すいません、急用ができてしまって……」
「困るよ、参加するって決めたからにはイベントの最後まで居てくれないと」
「父が危篤なんです」
 嘘の定番中の定番がするりと口から出てしまった。「私は日頃、外を旅をしていて全然家には帰ってなかったんです……。最後くらい……会いたいじゃないですか……」
 
言葉が途絶え途絶えになったのは、演技ではなく、嘘をつきながらニッキの顔が脳裏に浮かんだからだ。目の前で死んだ、自分の父に似たニッキの顔が歪む。
 
嘘に真実を混ぜる手法は、いつから身についていたんだっけ。
 
「それなら……仕方ないね」
 本当に信じたのか疑っているのかはわからないが、辞退できるのならどちらでもいい。
「すいません。そのフォルカー・コリントさんは、父の知り合いなのでどうか、連絡がありましたらよろしくお願いします」
 と、深々と頭を下げた。
 
走って集合場所に向かうと、心底嫌いな奴を出迎えたような苛立ちを全面に出しているシドと、「歌聴いたよー!」と笑顔で手を振るカイと、腕を組んで待っていたヴァイスとスーの姿があった。
 
「遅くなってごめん!」
「おまえまじ……」
 と、イライラをぶつけようとしたシドだったが、自分とアールの間にカイが入り込んだ。
「アール! さっき歌ってたのアールでしょ! びっくりしたー! 歌うまいや!」
「ありがとう……」
 素直に喜べないのはカイの後ろで苛立ちMAXのシドがいるからだ。
「……町を出るぞ。」
 と、シドが歩き出す。怒る気力もないのか、必死に怒りを抑えているのかわからないのが余計に怖い。
「あ、待って」
 と言ったのはカイだ。
「待たねぇよッ!!」
 と、シドが威圧的な声で怒鳴る。
「わ! ごめん……でもさっきさ、本屋の雑貨コーナーでいいもん見つけたんだ……」
「…………」
 シドはスタスタと足早に町の出口へ向かう。
「ルイにあげるプレゼントなんだけど……」
 と、声が小さくなる。
「え、なに見つけたの?」
 と、アール。
「レターブック!」
「なにそれ。手紙の本?」
「そうそう」
「え、手紙の本ってなに?」
「1枚ずつ切り離して手紙書いたりとかに使える紙の束ー」
「便せんとは違うの?」
「なんかおしゃれな紙の本」
「へぇ〜」
 と言いながら、ちらちらとシドの背中を見遣る。
「ルイは昔よく手紙を書いてたらしいんだ」
「それは初耳かも」
「パソコンや携帯電話を持ち始めてからはもっぱらメールみたいだけど、手書きの良さについて話してたことあったよ。ねー?」
 と、カイはシドの背中に話しかける。
「…………」
 返事は返ってこないが、心なしか歩くスピードが落ちている気がする。
 もうひと踏ん張りかもしれない。と、アールとカイは思った。
「だったら、おしゃれなペンも一緒にプレゼントするのはどう?」
 と、アール。
「筆ペンとかー?」
「渋いとこいったね」
「万年筆はどうだ」
 と、一番後ろを歩いているヴァイスが提案する。
「それいいね!」
 と、アールとカイが声を合わせたところでシドの足が止まった。
「さっきからうるっせぇなぁ! さっさと買ってこいよッ!!」
「ありがと! じゃあ急いで行こう!!」
 と、アールは右手にカイの左手首を掴み、左手にシドの右手首を掴んで走り出した。
「おいッ!!」
「カイ本屋どこだっけ!」
「あっち!!」
 カイがアールの手を取って先頭を行く。
「なんで俺まで行くんだよ!!」
「どうせ私たちだけだったらうだうだ悩んじゃうし!」
「……チッ」
 と、シドは舌打ちをして仕方なく“みんなで仲良く”本屋へ向かった。もちろん、ヴァイスとスーも後ろからついてくる。
 
ルイが戻ってきたら、プレゼントするんだ。きっとルイのことだから、どんな物でも喜んでくれる。
 
「これこれこれーい!」
 と、カイは良い物を見つけたことを自慢げにレターブックを指さした。
「わぁ! かわいい! いろいろあるじゃん! 迷うね!」
「でしょー? ペンはあっちにあったはずー」
「ねぇーどうしよう、どれがいいかな?」
 マーブル模様や雨や星などをモチーフにしたデザインのものから、フルーツや野菜のデザイン、レトロなお花模様、乗り物のデザインなど様々だ。
「俺はこれ!」
 と、カイが手にとったのは、お菓子をモチーフにしたデザインのレターブックだ。キャンディやドーナツやバームクーヘンなどが描かれている。
「それはカイの趣味でしょ。シドは? シドだったらどれ選ぶ?」
 と、一応聞いてみる。
「どれも似たようなもんだろ」
「そんなことないよ。ちゃんと見てよ」
「見てるって。なんでもいいだろ。あいつなんでも喜びそうだしな」
「……じゃあシドが決めたやつにする」
「んで俺なんだよ」
 めんどくさそうにアールを見下ろした。
「お願い」
 と、手を合わせる。
 それを見たカイも、手に持っていたお菓子のレターブックを棚に戻して一緒に手を合わせた。
「……はぁ」
 と、ため息をつく。
 
沢山あるレターブックの中からシドが選んだのは、おにぎり柄のレターブックだった。  
表紙はノリで巻かれた三角おにぎりと、白いおにぎりの中央に赤い梅干しが乗っているイラストだ。ぱらぱらとめくると、アスパラベーコンの柄のページがあったり、トマト柄のページやきのこ柄のページなどバラエティ豊かな食べ物系のレターブックだった。
 
「かわいい! シドセンスあるじゃん」
「適当に選んだだけだ」
「じゃあ次は万年筆! 万年筆はヴァイスに選んでもらおうよ、一番大人だし」
 
ヴァイスが選んだ万年筆は、確かにシックなおとなのデザインでかっこよかったが、値段が高かった。
 
「ねぇみんないくらずつ出せる……?」
 と、アールは財布を出しながら聞いた。
「俺がんばって1,000ミル……」
「足りない分は私が出そう」
 と、ヴァイス。
「そんな、ヴァイスだけいっぱい出してもらうのは悪いよ」
「シドは? ちょっと出してくれる?」
「…………」
 シドはパンツのポケットから折りたたみの財布を取り出すとアールにそのまま投げるように手渡した。
「割り勘にしよう。誰か計算して?レターブックは1,900ミル、万年筆は13,600ミル」
「高すぎだろ万年筆」
 と、シド。
「もうワンランク下げる……?」
 と、アールはヴァイスを見上げた。
「6,500ミルほどのものもある。」
 と、その品を手に取って見せた。
「これもめっちゃかっこいいじゃん!」
 と、カイが言う。
「じゃあこれにしちゃおっか。えーっと?」
「8,400ミルだ。ひとり2,100ミル」
「じゃあカイ、2,100ミル」
 と、アールが手を出す。
「ないって!さっき言ったよね、俺がんばっても1,000ミルしか出せないよ!」
 カイはそう言って自分の財布から1,500ミル取り出した。「500ミルはゲートのお釣りだし」
「え、ゲート代そんなにかかったの……? じゃあ足りない分は私が立て替えておくから必ず返してね。」
 と、アールはカイのお金を受け取り、自分の財布から3,200ミルを出した。
「シドも2,100ミルもらうね」
 シドの財布から拝借し、財布を返した。
 ヴァイスに目向けると、既に用意していた2,100ミルをアールに手渡した。
「では! 私が代表して、ルイへのプレゼントを買ってきたいと思います!」
 と、大げさに敬礼する。
「これは重大な任務だ! 絶対に無事に終わらせて帰って来るんだぞ!」
 とカイも兵士になりきってアールにエールを送った。
 
「おまえら本当にうるせぇよな」
 と、シドはだるそうに壁にもたれかかった。
 

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