voice of mind - by ルイランノキ


 一体分身12…『ヨグ文字』

 
「なんだ? この文字は……」
 
アリアンの塔から持ち出した書籍などがゼフィル城の執務室に並べられた。
アリアンとグロリアに関する情報のみならず、エスポワールの歴史についての資料も多くあった。その中でもゼンダの目を惹いたのはアリアンが生まれたと言い伝えられているエテル樹と、似た名を付けられたストーン、エテルネルライトについて、そして歴史から葬られた古代文字が筆録された書である。
 
「初めて目にしますね」
 ゼンダの隣にはゼフィル城で働く歴史学者のシキという若い女性が立っている。ボリュームのあるくせっ毛の赤い髪を三つ編みにして、コテツと同じような丸い眼鏡をかけたシキは鼻の上から頬に広がるそばかすがよく似合う。
「解読を頼む」
「はい! すぐに!」
 と、書物を執務室の隅に置かれたデスクに持ち運んだ。
 
彼女の助手と思われる男たちが、古代文字が記載されている書物を見つけては彼女の元に運び、図書室へと繋がるゲートで行き来しながらシキが欲しがる資料を集め、手を貸した。
 
その様子をしばらく見ていたリアは護衛を連れて裏庭で本を読んでいたキースの元へ向かった。
 
「調子はどう?」
 と、隣に腰かける。
「落ち着いています」
「それはよかった。──これ、首に掛けておいて?」
 と、ネックレスを手渡した。「護身用なの」
「護身用……」
 キースは戸惑いながらも、それを首に掛けた。
「キースくんには護衛をつけているけれど、一人になりたいときもあるでしょう? だから、念のために持っておいて?」
 コテツのこともある。心配だった。
「ありがとうございます」
 リアの心遣いに笑顔を向けた。
「それと、いい報告があるの。キースくんの部屋の用意ができたの」
「ほんとですか!?」
 と、目を見開く。
「案内するわ」
 リアが立ち上がると、キースも嬉しそうに立ち上がった。
 
部屋へ向かいながら、少年を閉じ込めていたエテルネルライトなどについていくつか判明したことを伝えた。
 
「エテル樹の誕生、エテルネルライトの誕生、歴史から失われた古代文字……ヨグ文字を使った魔術の存在が明らかになったわ」
「ヨグ文字……」
「知ってる?」
 リアが訊くと、キースは首を振った。
「知らない。ただなんとなく、聞いたことがある気がしたんです」
「そう……。ヨグ文字は、私たちが使っている魔法文字より遥かに強力な力を持つことがわかったの。書物には、異界と繋がるアザトスの力を用いた文字だと書いてあったわ」
「あざとす……?」
「宇宙のことよ。その文字の威力は魔術の進展に重宝されたけれど、蹉跌をきたした術者のエネルギー、あるいはその身を蝕んで時の輪廻から弾かれる。そして行き場を失ったアザトスの力は、人々を惹き寄せ欲望を貪るエテルネルライトと化した……。だから、禁断の文字としてここに封じる、とあったの」
「……僕にはむずかしくて」
 と、言葉を濁した。あまりに真剣な面持ちで話すリアを見て、まだ子供でうまく理解ができない自分をもどかしく感じた。
「ごめんね、ちょっとむずかしかったね」
 リアはそう言って、言葉を選び直した。
「ヨグ文字を使って行う魔術は、その力の強さもあって広大なの。ヨグ文字を使えるようになったら、ますます魔法の幅が広がるわ。今まで出来なかったことができるようになったり、今まで複雑だったことも簡単にできるようになる。可能性が広がるの」
「でも……危険?」
 と、キースは不安げにリアを見上げた。
「そう。ヨグ文字を使った魔術は危険を伴うの。失敗したら、術者の命を削って、時の輪廻……人は死んだら生まれ変わるんだけど、待っているのは永遠の無だけ」
「永遠の無……」
「そして術者とアザトスの間に生まれたエネルギーが術者を失うことで独り歩きをして、形となったのがエテルネルライト」
「僕を閉じ込めていた……?」
「そう。まるで意識を持っているみたいに、次の術者を求めてその不可思議な力と輝きで人を惹き寄せた。──私たちも、その力に魅了された人間なのよ」
「…………」
 悲しげに視線を落とすリアに、なんて声を掛けたらいいのかわからず、彼女の白く細い指に触れようとしたところで、リアの足が止まった。
「ここよ。キースくんのお部屋」
 
元々は兵士のために作られた部屋であったが、キースのために改装してあり、入り口から左側一面には天井まで高い本棚にぎっしりと本が並べられている。その手前には、キースでも高い位置にある本に手が届くようにと木製の踏み台が置かれている。
右手はベッドが置かれてあり、枕側の左側には机と椅子があった。
足元には黄色いカーペットが敷かれていて、グリーンのクッションが二つ並んである。
簡易的ではあるが、一人の時間を過ごすには最小限のものは揃っている。
 
「わぁ! ありがとうございます!」
 と、キースは部屋に足を踏み入れると、部屋の中を見回した。
「他にも必要なものがあったら、言ってね」
「ありがとうございます!」
「トイレやお風呂はここから近いの。すぐそこの突き当りを右に曲がった先にあるわ」
 と、廊下の先を指さした。「それと、使用人の部屋はお隣だから、なにか用事があるときは声をかけて?」
「はい!」
 と、リアの後ろに立っていた自分の使用人に目を向け、礼を言った。
「それじゃあ私は用があるから、失礼しようかな」
 と、腕時計を見遣る。エテルネルライトについてまだ知りたいことがあった。
「あのっ……」
「ん?」
「エテル樹についてわかったことってなんですか?」
「…………」
 リアはキースが手に持っている本に視線を移した。アリアンの伝説についてある本だ。表紙は緑が生い茂っている大きな木が描かれている。
「西ゼフィール国のトキ島を中心に襲った大震災があって、村すべての家屋を倒壊させて、呼び寄せた津波によって草木も流されたんだけど、不思議なことに鮮やかに色づいた緑の葉を1枚も落とすことなく凛と立っていた一本の木があったの。命かながらに生きながらえた人々はその木に希望を見て、再発展を見守る聖なる木として崇め、永遠を意味するエテルネルからエテル樹と名付けた──と書いてあったわ」
「トキ島って今もあるんですか?」
「名前を変えて、今は死霊島と呼ばれているの。トキ島、名も無き島、死霊島。詳しい場所は教えられないの。おもしろがって近づく人がいるから」
 と、困ったように笑う。
「見てみたいなぁ……エテル樹」
 と、手に持っている本を眺める。表紙に描かれているのはエテル樹だったようだ。
「今は、枯れてしまっているのよ……」
「え?」
「そういう本には載っていないから、驚くのも無理はないわね。アリアン様がシュバルツをエテル樹に自分の身と共に封印した後、エテル樹は黒く枯れ果てたの。村の人々はアリアンから近づかないようにという警告を聞いてこの島を出て行った」
「じゃあもうその島には誰も住んでいないの?」
「……悪い人たちが住んでいるわ」
 
リアがそう答えた時、「リア様」と背後から声を掛けられた。振り返ると、ゼンダの近衛兵であるジェイが立っていた。
 
「──はい?」
「ゼンダ様が、情報収集に手を貸してほしいとのことです」
「そう……私に頼むなんてめずらしいわね。すぐに行くと伝えて?」
「承知いたしました」
 ジェイは一礼をしてその場を後にした。
「さっきの人、だれ……?」
 と、キース。
「ジェイよ。国王の近衛兵なの」
「偉い人?」
「それなりに」
 と、笑う。
「僕、あの人怖い」
「…………」
 リアは少し驚いて、くすっと笑った。
 確かに、子供からしてみれば無表情で怖いのかもしれない。と、そんなことを思う。
「頼りになるいい人よ? 子供の頃に彼と遊んだことがあるの」
 

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