voice of mind - by ルイランノキ


 一体分身9…『舞台袖』 ◆

 
騒音が耳をつんざく。
ステージ横の大きなスピーカーからキーンとハウリングが響いたとき、ステージ裏で音響スタッフが慌てているのが見えた。
アールはステージ裏のパイプ椅子に腰かけ、イベントが始まるのを待った。緊張で吐いてしまいそうだったが、1番手の男性が落ち着きなく貧乏ゆすりを繰り返し、小刻みに震えている右手を同じように小刻みに震えている左手で膝に押さえつけているのを見て、少し和らいだ。自分以上に緊張している人を見ると、心なしか冷静になれる。
 
スピーカーから軽快な音楽が流れ始めた。始めは静かに。次第に大きく。まだかまだかとイベントが始まるのを待ち遠しくしていた客たちの声がその音楽にかき消されると、ステージの脇から流暢な話し方でイベントを進行する男性司会者がステージの中央に立った。わぁ!と会場が最熱気に包まれる。
 
異常な盛り上がりだなと思っていると、近くにいたスタッフたちの会話がアールの耳に入って来た。
 
「司会にトウガラコシさんを抜擢したのは正解でしたね。出て来ただけでこれだけ盛り上がるんですから」
「去年のお笑いグランプリで1位を取ったんだっけ? 私は正直一発屋だと思ってたけど」
 
──トウガラコシ? とうもろこしと唐辛子を混ぜたような名前の司会者はどうやら芸人らしい。どうりで言葉たくみな話術で会場を盛り上げているわけだ。
 
決められた時間通りに司会をこなし、オープニングを飾るアーティストの名前を読み上げてすぐにはけていく。
また会場の熱が上がる。アールたちの前を颯爽と歩いてステージに出て行ったのは、5人組の男性アイドルグループだった。香水だろうか、甘く爽やかな残り香が漂う。
もちろん、アールは誰一人知らない。わかるのはみんな容姿端麗でダンスが上手くて歌もうまいということだけ。
 
「ここ特等席ですよねっ! こんなに近くから見れるなんて!」
 と、興奮したように話しかけてきたのは、4番のシールを胸に貼っている10代半ばくらいの女の子だった。アールの左隣に座っている。派手なメイクが少し浮いて見えた。
「そう……ですね」
 と、笑顔で当たり障りなく答えた。目の輝きからして、彼らのファンなのだろう。でも特等席だろうか? 斜め後ろが。目の前を通ったのは確かにファンからしたら大興奮なのかもしれないけど。
「私ルイのファンなんです!」
「え?」
 一瞬、あのアイドルグループにうちのルイが混ざっているのを想像してしまった。
「ジュディの色気もいいんですけど、ルイのちょっと俺様な感じがたまらなくて!」
 
アールは踊っている彼らを見ながら誰のことを指しているのだろうかと品定めするが、動き回っている上に後ろからだと顔がよくわかららない。というか、どうしてもうちのルイを思い浮かべてしまう。ルイが俺様タイプ? それは想像できないけれど。
 
5人組のアイドルの曲が終わると、観客のボルテージがまた急上昇する。
爽やかな汗を流したアイドルがステージ脇にはけてくる。目の前を通るとき、その一人がアールたちに声を掛けた。
 
「君たちもがんばってね!」
 
「キャーーーーッ!」
 と、アールの腕にしがみついたのはもちろん、4番の女の子だった。
「やばいやばいやばいやばい! ケイティかっこいい!!」
「うん!」
 今のがケイティか。じゃあルイとジュディはどれだったんだろう。こうなってくると残りのメンバーも気になる。
 
──でも正直、うちのメンバーのほうがカッコイイ。
 
カイは時々アイドルになる妄想をするけれど、本当にアイドルになったら、本当にキャーキャー言われるんじゃないかと思えてきた。王子様のような爽やかなルイ、ミステリアスなヴァイス、俺様系のシド、年下系男子のカイ。なかなか人気が出るんじゃないだろうか。
じゃあ私はなんだろう。彼らをプロデュースするマネージャー?
 
「もう私死んでもいい……」
 と、4番の女の子が放心状態で背もたれに寄りかかりながら呟いた。
 
縁起でもないこと言わないでよ、と心の中で思う。アイドルに声を掛けられただけで、死んでもいいだなんて。本当に世界の終わりが近づいているというのに。
そんな中でお歌を歌う私もどうかと思うけれど。
 
豪華出演アーティストは前半と後半に分けられており、素人の歌自慢は前半が終わって後半が始まる合間に行われた。
良くも悪くも、素人の歌自慢コーナーがはじまるとトイレ休憩に入る客が多く、ステージを眺めている人の数は極端に減った。
それでもペースを崩さずに司会を務める芸人のトウガラコシがかっこよく見えた。彼のマシンガントークがなんとか客足を止めてくれている。ルックスはこれといってかっこいいわけでも個性的な顔をしているわけでもないが、雰囲気イケメン寄りであることとスタイルの良さ、そして声優も務まりそうないい声に、男性より女性に人気がありそうだ。
 
アールはステージ上と下にあるカメラを一瞥した。カメラの死角で慌ただしく動き回っているスタッフの多さにあっけにとられる。
 
一番手の男性の名前が呼ばれた。極度の緊張で右手と右足を同時に出しながらステージの中央に立った彼は、手渡されたマイクを落としそうになりながら両手でしかと握りしめ、「よろしくお願いします!」と元気よく挨拶をした。
 
彼の歌声は、なんとも言えないものだった。オーディションに合格しただけあって声は綺麗で音程もずれてはいなかったが、ビブラートをきかせたわけではない声の震えが酷く目立った。
彼の歌声を聴いてハードルが下がったと一安心した参加者は多い。
 
歌い終えてステージ裏に戻って来た彼は誰とも目を合わせずに椅子に座ってその視線を足元に落した。歌に自信があった人が、緊張で実力を発揮できなかっただけでも落ち込むというのに、それを全国ネットで晒されているとなると立ち直るには時間がかかりそうだ。
 
二番手の男性がステージへ移動した。あどけなさが残る彼は一番手の男性と比べると随分落ち着いているように見えた。司会との会話もそつなくこなしている。こういう場に慣れているのかもしれない。
 
「緊張しますね」
 と、4番の女の子がまた声をかけてきた。
「そうですね。上手く歌えるといいんですけど」
 そう受け答えながらも、アールは1番の男性のおかげで大分落ち着いていた。それに自分は歌を上手く歌うことを目的としていない。カメラの向こうにいるかもしれない、陽月の恋人と思われる男性に彼女の歌を届けるのが目的だ。音を外してもいい、声が裏返ったっていいんだ。届けば。
「その衣装ステキですね」
「ありがとう! あなたもかわいい」
 昔のアイドルを思わせるフリルのついた衣装をまとっている。
「えへへ。この日のために、おばあちゃんが作ってくれたんです」
「そうなの!? すごい!」
 
おばあちゃんが作ってくれたというエピソードが追加されると、ますます可愛さが増加する。彼女自身も、魅力的に見えて来た。ぜひそのエピソードをステージ上でも披露すべきだ。  
2番手の男性の歌がはじまった。驚いたのは、おとなしそうな見た目に反してロックな曲を歌い始めたことだ。盛り上がるサビで高音域の声も濁りなく出せている。
 
「かっこいいー!」
 と、アールは思わずつぶやいた。
 
4番の女の子が衣装のポケットから小さな手鏡を取り出して、メイクの崩れを気にし始めた。
アールは衣装のポケットからタケルの携帯電話を取り出した。SDカードはセットしてある。そして陽月の曲をすぐに再生できるようにしてある。
 
2番手の曲が終わった。彼は満足した笑顔で深々と頭を下げ、胸を張ってステージ裏に戻って来ると、アールを見て言った。
 
「がんばってください」
「ありがとう。がんばります!」
 
3番手、《陽月》の名前が呼ばれる。席を立ってステージに足を一歩踏み出したとき、自分の中に陽月が入り込んだような不思議な感覚に囚われた。ただ“陽月”と呼ばれて“私は陽月だ”とカイのように妄想の世界に入り込んだだけかもしれないけれど、マイクを受け取って正面を向いたとき、ずっと逢えなかった愛する人にようやく逢える、そんな感情が湧き出て来た。
 
「それでは歌っていただきましょう。陽月さんで、オリジナル曲『Night dew』」
 
アールはタケルの携帯電話を耳に当てた。自分にしか聴こえないほど小さな音を掴み、陽月が彼を思って綴った言葉をメロディに乗せた。
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -