voice of mind - by ルイランノキ


 未来永劫9…『救われた命』

 
霊園を出て広場に向かうとき、二人とすれ違った少年がいた。長い年月エテルネルライトの中で眠っていた少年、キースである。
キースは軽い足取りで城内の廊下を走る。すれ違った兵士に元気よく挨拶をした。向かうは救護所の隣に設置されている書斎兼カウンセリングルームだ。
部屋の前に辿り着くと、息を整えてドアをノックした。
 
「──はい、開いていますよ」
 と、室内から若い男の声がする。
 
キースはL字のドアノブを回してドアを開けた。
 
「こんにちは、コテツさん!」
 と、8畳ほどの部屋に置かれたテーブルの椅子に腰かけているコテツに挨拶をする。
「こんにちは。今日は早いですね。式典が終わってからでもよかったのですよ?」
 コテツはそう言って、テーブルの上に開いていた本を閉じた。
「少しだけ見てきました! 夜には花火が上がるそうですね!」
「それは楽しみですね。僕も花火は見たいので、それまでに仕事を終えたいところです」
 と、席を立ち、後ろにあった本棚から古びた一冊の分厚い本を取り出した。隣の棚には不釣り合いな野球グローブとボールが置いてある。
「心理学の勉強はおもしろいですか?」
 と、コテツはキースと向き合って質問を投げかけた。
「はい! 僕もコテツさんのように、人の心を癒せる人になりたいです」
「僕もまだ半人前なので、共に頑張りましょう」
 と、本を開いた。
 
キースは部屋の隅に立てかけてあった折り畳みの椅子を広げて、テーブルの前に座った。コテツも椅子に座り直し、本に目を向ける。
 
「では、昨日の続きから」
「はい!」
 
コテツはキースに心理学を教えていた。読書が好きなキースは自分を知るために自己啓発本に手を伸ばし、その後、心理学に興味を持ったのだ。子供故、いつか飽きてしまうかもわからないが、興味を持ったことにはとことんサポートをしたいと、リアが言っていた。もちろんコテツも賛同した。
 
ドンドンドン!と、誰かがドアを強くノックした。
返事をする前にドアが開く。部屋に入って来たのは汗だくのボリスだった。
 
「ボリスさん」
 と、コテツが席を立つ。
「もぉー無理です! やっぱり私には無理なんですよ!」
 と、ボリスは床に膝をついた。
「どうしました?」
「訓練に耐えきれません! 剣術はやはり私には向いていません! 鬼教官は怖いしっ」
「今はまだ成長段階ですよ」
 と言ったのは、コテツではなくキースだった。
 キースはボリスの横にしゃがんで彼の背中を摩った。
「しんどいときこそ、踏ん張り時です」
 と、言い足した。
「……だれ?」
「キースさんです。エテルネルライトで目覚めた」
「あぁ! すみません! あっ、お話中だったのですか!? すみません……」
 と、立ち上がる。
「膝をついてもまた立ち上がる力がある。大丈夫ですよ」
 と、キースも立ち上がり、ボリスを励ました。
「キースさんも、ちいさなカウンセラーです」
 と、コテツが言う。
「そうですか……そうですよね……」
 子供に言われると、自分が情けなくなってくる。
「少し休んで、がんばりましょう」
 キースはにこりと微笑んだ。
「はい、ありがとうございます。なんだかすみません……いきなりお邪魔して……」
 と、そそくさとドアを開ける。
「いつでもいらしてください」
 コテツも笑顔でそう言って、部屋を出て行くボリスを見送った。
 
ボリスは廊下に出て一礼をしてからドアを閉めた。頭をかきむしる。──こんなことでへこたれてたからいつも振り出しに戻っていたんだ。
両手を見遣り、剣を握って出来たタコを眺める。
 
「私はまだやれる。まだがんばれるっ」
 前向きな言葉を口にし、訓練所へ戻っていく。
 
中庭が見える通路を進む。窓から中庭を見下ろした。豚のマスキンが子供たちと楽しそうに走り回っている。エテルネルライトから救い出された命が、今を懸命に生きている。
 
「マスキンさん」
 と、中庭にリアが訪れた。
「はい?」
 と、マスキンが振り返り、リアを見上げた。
「子供たちがお昼寝の時間になったら、ちょっとお時間いいかしら」
 マスキンの子供たちを見遣る。地面に描いた丸い円を飛び越えたり追いかけっこをしていて楽しそうだ。
「いいですけど? は? なんでしょう」
「動物保護団体からご助力いただきたいと連絡があって」
「私でよければ出来るお手伝いはしますけど?」
「よかった! じゃあまたお昼過ぎに声を掛けますね」
 
リアは中庭を後にし、式典が行われているメイン広場へと向かう。途中、すれ違う兵士たちがリアに頭を下げて挨拶をした。今日ばかりは皆、笑顔が絶えない。
空を飛んでいる鳥に目を奪われながら広場に出ると、護衛が慌てた様子で駆けて来た。
 
「リア様! どこに行かれたのかと……。お一人での行動は慎んでください」
 30代前半の男で、冗談も通じなそうな仏頂面な顔をしている。
「今日くらいいいじゃない。なにも悪いことは起きないわ」
「そういった不用心なところがあるから護衛がつくのですよ」
「……確かにそうね」
 と、笑う。 
「あー! リアさまだー!」
 と、踊りを踊っていた女の子の一人が足を止めてリアを指さした。
 
肩まである髪を耳の上で二つ結びをしている10才くらいの女の子。ココモコ村という人がいなくなった村で一人、倒れていたところを保護された。名前はミラ。赤いエナメルの靴を鳴らし、髪を結んだリボンを跳ねさせながらリアに足り寄る。
 
「早起きね。いつもお昼まで寝ているのに」
 リアは中腰になってミラと目を合わせた。
「だって今日はお祭りだもん! 毎日がお祭りだったら毎日早く起きれるのに!」
「ふふっ、でも早起きになれておかないと、学校が始まったら大変よ?」
「学校って楽しい?」
「きっと楽しいわ。お友達も沢山できると思うの」
「じゃあがんばって明日も早起きする!」
 にひひと笑って、ミラは踊りの輪に戻る。
 
「あの子は元々組織の人間だったのでしょう?」
 と、護衛が訊く。
「えぇ。名ばかりの十六部隊隊長の後継ぎちゃん。体に属印がなくてよかったわ」
「学校に馴染めますかね」
「少なくとも本人はそんな心配していないわ。問題が起きたらその都度対応していきましょう。父のように」
 と、リアはゼフィル城を見上げた。
 

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