voice of mind - by ルイランノキ


 未来永劫10…『家族』

 
「ゼンダ様。ゆふかぜ町、若葉村、フマラ町の復旧工事が終わったとの連絡がありました」
 と、ゼンダの新しい近衛兵、綺麗に整えられた黒ひげが特徴的なギブソンがノートを手に、前を足早に歩くゼンダに報告を行った。
「様はやめなさい」
「イウビーレ家を中心に、災害ボランティアチームを作ったとのことで、いつでもお声がけくださいとのことです。車での運搬協力も可能だそうで」
「精が出るな。カスミ街が人手が足らず手つかず状態だろう。必要な物等そろえて向かわせるよう、公用兵に伝えてくれ」
「かしこまりました」
 と、近衛兵は携帯電話を使って指示を送った。
 
失うものがあれば、得るものもある。苦難を乗り越えた者にしか見ることができない世界がある。
その世界を次の世代に見せてあげたいと、フマラの町を駆け抜けた子供たちを見てサンリは思った。
 
「カスミ街に行くよう、指令があった」
 と、トクが玄関から慌てて靴を履いて外に出て来る。「マークは?」
「今お友達と公園に行ったところよ」
「そうか。ちょっくら行ってくる。町のことと子供たちのことを頼む」
「任せて。行ってらっしゃい」
「行ってくる」
 トクはサンリにハグをして、集合場所へ急いだ。
 
集合場所には災害ボランティアチームの男たちが集まっている。ゲートを使って目的地へと向かった。
サンリは家に戻り、アールのために用意していた部屋の前で立ち止まった。ドアノブに手を掛け、室内を見遣る。彼女がここに戻って来ることはない。お客様用の部屋にしようかと考えていたが、マークがそれを嫌がった。マークは時折この部屋で絵本を読んでいる。束の間だったけれど、“姉”と過ごした時間は彼にとって宝物だったに違いない。
 
部屋を出て居間に移動した。つけっぱなしだったテレビを消そうとリモコンを手に取る。テレビにエイミーが映っていたため、消すのを躊躇った。久しぶりに見た歌姫は変わらず美しく、瑠璃色の衣装がよりその美しさを引き立てていた。
エイミーはキラキラとラメがほどこされたマイクを片手に、カメラに向かって口を開いた。
 
『今夜8時、平和記念コンサートの様子を生中継いたします。よかったらテレビの前の皆様も、その手を休ませて、ほんのひと時、楽しんでいただけますと幸いです』
 
「8時か……」
 と、サンリは壁時計を見やる。
 
これといって出かける用事もないため、夕飯の準備を早めに終わらせてコンサートを観ようと予定を立てる。
 
脅威的な力から逃れられたとはいえ、生活が苦しい状況下にある人々を前に、平和と呼ぶには早いと嘆く者もいる。
そんな時、誰かが言った。『世界中のみんなの平和を待っていてはいつまで経っても平和は訪れない。一足先に平和の光を浴びた者がいるならば、そこから日陰にいる者に手を差し伸べるべきだ。そうして平和の輪を広げて行こう』と。
 
空が明るさを落として一番星が顔を出した。今日も努力に生きた者たちが夜を迎える。
エイミーはコンサート会場の舞台裏からこっそりと客席を見遣った。こんな時にコンサートを開くなんて、と厳しい声もあったが、客席を埋める人々の顔を見て安堵する。こんな時だからこそ、音楽を求める人も多くいる。音楽は時に疲れ切った心を癒し、楽しませ、活力になる。
関係者席に目を向けた。少しだけそわそわと落ち着かない様子で座っている老人がいる。陽月の恋人、フォルカーだ。エイミーは嬉しそうに笑い、ステージへと歩き出す。
 
「コンサート始まったよー!」
 と、ライリーがおもちゃ屋の奥から顔を出した。
 
商品棚にすべての商品が出揃ったあと、カイとルイは店の宣伝用に作ったチラシ配りに勤しんでいた。すべてを配り終えて店に戻り、明日のオープンに向けてちょうど最終確認を終えたところだった。
 
「すぐ行くー」
 と、カイがエプロンを外しながら返事をする。
「では、僕はそろそろここでお暇致します」
 ルイは脱いだエプロンをカイに手渡した。
「へ? 泊っていかないの?」
「これ以上お邪魔はできませんよ。それに、音楽で約束事を思い出しまして」
「なに? 約束って」
「迷宮の森で出会った、吟遊詩人さんです。またお会いしましょうと、約束をしたので」
「あーぁ! 今どこにいるの? まだ迷宮の森?」
「さぁ……。彼を捜す旅も、いいかもしれません」
「一人で? 俺ついて行こうか……?」
「カイさんにはこのお店があるでしょう」
 と、優しく笑う。そしてこう続けた。
「エテルネルライトの件で迷宮の森を行き来していた城の者が彼の消息について知っているかもしれませんので、一度城に戻って尋ねてみます」
「そっか。うん、わかった。ねぇ、また遊びに来てよね?」
 と、カイはお店の前までルイを見送る。
「えぇ、もちろんです。カイさんが元気そうで安心致しました」
「それはこっちのセリフ」
 と、カイは笑う。
 
ふと、ルイは店の外にいた2人の女性に目を止めた。一人は40代くらいで、もう一人は10代前半に見える。親子だろうか。ルイと目が合ったが、母親と思われる女性は不自然に目を伏せた。
 
「どったの?」
 と、カイが店内から身を乗り出してルイの視線を辿る。
「あ、あのっ! おもちゃを買いたいんですけど……」
 と、娘と思われる女の子が歩み出て来た。母親の方は顔を背けたまま、こちらに来る様子はない。
「あー…、開店は明日なんだよねー。でもいいいよ。特別!」
 と、カイは笑顔で対応し、お店のドアを大きく開けて女の子を招いた。
「では僕はここで失礼いたします」
 ルイは頭を下げた。
「吟遊詩人に会えたらよろしく言っといてー」
 と、手を振る。
「はい。それではまた」
「また明日!」
「明日?」
「また明日、同じ空と月の下で」
 その言葉に、ルイはハッとして笑う。
「はい! また明日、同じ空と月の下で」
 
会えなくても、同じ空と月の下で明日も共に同じ時代と時間を生きよう。そういった意味だ。
カイはルイを見送った後、店の横に立っている女性を一瞥してからドアを閉めた。店内のおもちゃを見て回る女の子に声を掛ける。
 
「どの町から来たのー?」
「あ……ちょっと、近くの町から」
 と、曖昧に答え、ぬいぐるみコーナーへ移動する。
 
手のひらサイズの真っ白いうさぎのぬいぐるみを手に取り、値段を確認した。550ミル。
 
「これください」
 と、カイにそれを手渡した。
「じゃあおまけにもう一個つけてあげるよ」
 と、カイはうさぎのぬいぐるみをもうひとつ手に取って、レジに運ぶ。
「え……いいんですか?」
「最初のお客さんだし、お母さんと来たんでしょ? これはお母さんの分」
「あ……ありがとうございます」
「550ミルでーす」
「はい!」
 小さな斜め掛けバッグから財布を取り出し、550ミルを手渡した。
「550ミルちょうど頂きまーす」
 サクサクとレジにお金を納め、レシートを手渡してからショップ袋にぬいぐるみを入れた。
「どうぞー」
「ありがとうございます」
 女の子はそれを受け取り、カイを見遣った。「……さようなら」
「うん。さようなら」
「…………」
 女の子は背を向けてお店の外へ向かう。
 
カイは少し悩んでから、その背中に向かって声を掛けた。
 
「エナ」
「──!」
 女の子の足が止まった。ドアノブに掛けていた手を下ろし、胸の前でぎゅっと握る。
「エナでしょ。またおいでね」
 
エナ。血の繋がっていないカイの妹の名前だ。外では母親が待っている。
エナは振り返らずに大きく頷いて、店を出て行った。
 
「ねぇ、もう歌始まってるよ?」
 と、店の奥からライリーが様子を見に来た。
「今行く!」
 カイは店内の電気を消して、奥の部屋でライリーと肩を並べてテレビに映るエイミーの歌声に耳を傾けた。
 

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