voice of mind - by ルイランノキ


 未来永劫8…『出会い』

 
デリックがギップスと会ったのは、つい1時間ほど前だった。
アース化計画が実行される前、モーメルからゲートだけでも使える状態を維持できないかとゼンダに相談があったが、勿論却下された。その代わりにゼンダが新居を用意すると提案したが、今度はモーメルが拒絶。思い入れがある家をおいそれと出て行くには抵抗があった。
長らくの間平行線であったが、あまりの不便さと同居するテトラの説得により、先日漸く移住をする決断を下した。あれこれと準備に追われる中で、人手が欲しいと要望。知らない人を家に上げたくないというわがままを聞いて、一度モーメルと会ったことがあるデリックにお声が掛かったというわけだ。その際、ギップスを拾って来てくれと言われ、つい1時間ほど前にギップスを拾ってモーメル宅へ行ったところだった。
 
「結局、庭掃除だけ?」
 と、デリック。
「えぇ。不要なものは全部崖下に落したというんですから驚きました」
「はぁ?」
 と、驚いて、笑った。「ばあさんやることやべえな」
「あとで全部まとめて回収破棄するよう、業者に頼んだのだとか」
「んじゃあ畑に植えてたものも土も落としゃよかったのに」
「収穫できる野菜は収穫してほしいとのことでしたから」
「結局、俺は輸送を手伝っただけか」
「すみません……」
「いやいや、楽でよかったよ」
 
ゼフィル城が近づいて来ると、城から放たれた鳥が羽ばたいている姿を見かけた。
 
「鳥ってなに食うんだっけ? 虫?」
「雑草や花の蜜や虫ですね」
「へぇ、雑食なのか」
「デリックさんは今なにを?」
「ヘリの操縦」
「いや……城内でのお仕事は」
「輸送。」
「……なるほど」
「冗談だよ。 魔法が使えなくなったから城内の警備が弱化しちまってさ。魔法に頼っていた部分をどうにかこうにか補わねぇとだから、大忙しよ。あんただって、魔道具屋やってたんだろ? 今はガラクタ売ってんの?」
「手元にあった魔道具のほとんどが、役に立たない飾り物になってしまいました。身の回りの整頓をしていたら、同じようにモーメルさんの知り合いの魔術師たちも処分に困っていて、その手助けをしていたらあっという間に1年です。今は仕事探しをしていますが……なかなか見つからず。自分に向いている仕事を探すのは大変ですね」
「だろうなぁ。人手が欲しい人は沢山いるが、金は出せないのが大半だろ? ボランティアで飯は食えねぇしなぁ」
「えぇ。今は仕事を選んでいる余裕はありませんね」
「……平和を手に入れるのは難しいな」
 
デリックはヘリを操縦してゼフィル城の敷地内にあるヘリポートに着陸させた。式典の音楽がここまで聞こえてくる。
 
「ありがとうございました。いつかお礼を」
 と、ヘリから降りたギップスは、後から降りて来たデリックに頭を下げた。
「あ、じゃあお礼は今してくんねぇ?」
「え……?」
「ちょっと待っててな」
 と、デリックは足早にその場を後にした。
 
ギップスはデリックの戻りを待ちながら広場の端に移動した。行き交う城の者たちを眺めながら、穏やかな風を肌に感じた。
 
「おまたせー」
 と、走って来たデリックの頭に、スライムのスーがいた。
「え、スーさん……!?」
 と、驚く。
 
この世界にいた魔物は徐々に姿を消している。魔力を失った体で生きる術を持っていないのだ。人間のように適応能力もない。そして数少ないモンスターも、弱体化が進んでいた。だからてっきり、彼女たちと共に戦ったスーも……と思っていた。
 
「あ、知ってる? 話が早くて助かるわ。じゃあよろしく」
 と、スーをギップスの肩に乗せた。
 スーはギップスの肩の上で拍手をした。──よろしく、と言っている。
「え、あの、よろしくというのは……」
「こいつが存在しちゃうと示しがつかないのよ。でもさ、こいつだって世界を救った英雄のひとり、一匹だからな。内緒でめんどう見てやってよ。俺忙しいから見れねんだ」
「…………」
 ギップスは手のひらにスーを乗せ、スライムのつぶらな瞳を見つめた。
「こういうのなんていうか知ってる?」
 と、デリックがギップスの顔を覗き込む。
「え?」
「だから特別優待ってやつ」
 と、笑った。
 
スライムのスーをスーツの胸ポケットに忍ばせたギップスは、祭りが行われている広場に足を運び、その隅で商売をしていたフラワーワゴンに歩みよって墓に添える花を買った。
シドが眠る霊園に向かう。
先にシュバルツ戦で命を落とした兵士たちの名前が刻まれた墓標に花を添えて手を合わせたあと、更に奥に足を運んだ。フラワーアーチを潜った先に、シドの墓があるのだが、先客の姿があったため、足を止めた。
 
髪の長い女性が膝を付いて祈りを捧げている。シドの墓はクリスタルで出来ており、墓標の前にはシドが愛用していた刀のレプリカがタケルの剣とクロスするように挿してある。
 
ギップスは声を掛けようか迷ったが、邪魔をしてはいけないと思いフラワーアーチの横に移動して女性の祈りが終わるのを待つことにした。しかしポケットの中にいたスーがぬるりと顔を出して、パチパチと拍手をして音を慣らした。
ギップスが慌てて人差し指でスーをポケットの中に戻るよう促したが、拍手に気づいた女性が立ち上がってギップスの方へと振り返った。
 
春の風が吹き、女性の柔らかい髪をふわりと揺らした。
 
「すみません……」
 と、ギップスが頭を下げると、女性はギップスの胸ポケットにいるスーに目をやった。
「スーちゃん……?」
 と、歩み寄って来る。
「あ、ご存じですか……?」
「えぇ、うちに来たことがあって」
 女性はしなやかな指先でスーの頭を撫でた。
「あなたは?」
 と、ギップスを見上げる。
 綺麗な顔立ちとまっすぐな瞳に、どきりとしたギップスは思わず背筋を伸ばした。
「あ、申し遅れました。私はギップスと申します。シドさんと関りがある魔術師、モーメルさんの下で働いておりました」
「あぁ! モーメルさんの!」
 と、女性は手を合わせて微笑んだ。そして。
「私は、ヒラリーと申します。シドの姉です」
 と、自己紹介をした。
「お姉さまでしたか。お美しいのでてっきり……あ、いえ、その、決してシドさんがその……いえ、あまり、似ておられないのですね」
 と、動揺する。
 
──はあ? と、シドの声が聞こえた気がして二人は墓標に目を向けた。
 
「お参りしてもよろしいですか?」
 と、ギップス。
「えぇ、もちろんです」
 
ギップスが墓標の前に花を添えて手を合わせた。
その後ろ姿をヒラリーは眺める。彼のポケットから抜き出たスーが肩に移動して、ヒラリーに手を振った。ヒラリーはくすりと笑って、手を振り返す。
 
 “そろそろ、自分の幸せを考えたら?”
 
妹のヤーナとエレーナに言われた言葉が頭の中で響く。
 
「あの……」
「はい」
 ギップスは立ち上がると、ヒラリーと向き合った。
「お忙しいですか? このあと……」
「いえ、失業中ですので、特に予定は」
「…………」
 素直な人だな、と思った。それに、彼の肩にいるスーが落ち着いている様子から、良い人そうだなとも思う。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ。あの、少し、シドの話が聞けないかなと……。実は妹が2人いるんですけど、2人共家を出てしまって、帰ってもひとりなんです。せっかくの祭日なのに話し相手がいなくて」
 ギップスは少し驚いたが、すぐに笑顔をで応えた。
「私でよければぜひ!」
 
エレーナは新しい町で出会った3つ年上の恋人と暮らしている。慣れない家事と開業したばかりのアパレルショップでアルバイトの日々。
ヤーナも獣医師になりたいという夢を叶えるため、専門学校がある街へと移り住んだ。
力強く自分の人生の再スタートを切った二人に、ヒラリーも背中を押される。
 
ヒラリーとギップスが肩を並べてフラワーアーチを潜ると、ギップスの肩にいたスーが振り返ってシドに手を振った。シドからふたりをよろしく、と言われたような気がして、目をぱちくりとさせる。
 
「スーさん、隠れていてください」
 ギップスに言われ、スーは再びポケットの中に身を潜めた。
 

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