voice of mind - by ルイランノキ


 未来永劫7…『変わってゆくもの』

 
「素敵……。野生の鳥が増えていくといいわね」
 と、テレビの前で赤ん坊を抱いているのはミシェルだった。
「町の塀が壊される日も近いな」
 隣で腰を下ろしていたワオンがそう言って、赤ん坊の頭を撫でた。
「この子が大きくなる頃には、きっともっと住みやすい世界になってるわ」
「そうなるように、がんばらねぇとな」
 
ピンポーンと家のチャイムが鳴った。ワオンが立ち上がって玄関に出ると、細身の宅配業者が両手に大きなダンボールを抱えていた。
 
「うお、なんだこりゃ」
「宅配便です。すみません、足元に下ろしてもいいでしょうか」
「あぁ、かまわねぇよ」
 ワオンは受取サインを書きながら、差出人を確認した。
「ありがとうございましたー!」
 と、宅配業者が去っていくのを見送り、荷物を持ち上げた。思ったよりも軽く、拍子抜けだ。
「ミシェル、荷物だ」
 と、ワオンがリビングに運ぶ。
「なんの? そんな大きなもの頼んだ覚えないけど……」
「モーメルさんからだ」
 と、キッチンに移動してキッチンバサミを持って戻って来る。
「あのさ、キッチンバサミをそういうのに使わないでって言ってるのに」
「あぁ悪い悪い!」
 と言いながらも、キッチンバサミでダンボールを開けた。
 
大きな箱の中に入っていたのは、プラスチックで出来た組み立て式のすべり台だった。ゾウの形をしている。
 
「モーメルさんったら気が早いのよ……」
 と、笑う。
「かわいいじゃねぇか! 早速組み立てよう!」
「まって! 場所を取るから、シドがもう少し大きくなってからね」
「でも、モーメルさんに写真くらい送った方がいいんじゃないか? 組み立ててシドを寝かせて、写真を一枚撮って、解体して箱に戻そう」
「…………」
 ミシェルはワオンを見てにこりと微笑んだ。
「なんだ?」
「そういうところ、好きなのよ。ありがとう」
「お、おう」
 ワオンは少し照れくさそうに笑って、すべり台を組み立てた。
 
モーメル宅のモニターに映る平和記念式典を眺めていたのはテトラだった。別のモニターにメールが届いた通知が表示され、手慣れた操作でメールを開いた。
 
「モーメル、ミシェルからメールが届いたようじゃ。贈ったすべり台で寝ているシドの写真が添付されておる」
「どんな顔だい」
 モーメルはテーブルの椅子に腰かけて、テトラの言葉に耳を傾けながら紅茶を飲んでいる。
「残念ながら眠っとる」
 生まれて間もない。すべり台を楽しむにはまだ早いようだ。
「寝る子はよく育つ」
 と、モーメルは微笑んだ。
「また近々遊びに来るそうじゃ」
 テトラはメールの文章を読んでそう言った。
「楽しみにしていると伝えておくれ」
 テトラは言われた通り、キーボードで返事を打った。
 
モーメルは立ち上がると、飲み干したティーカップを持って室内に取り付けた手すりを頼りにキッチンへ移動した。
キッチンに移動する途中にあった二階への階段は無くなっている。キッチンにあった魔術に使う材料や道具も無く、生活をする上で必要最低限の物だけ綺麗に並べられている。目が見えないモーメルが位置で物の場所を覚えるためである。
ティーカップを洗おうとしたとき、玄関のドアが開いた。足音がキッチンに入って来る。
 
「洗い物ですか? 私がやりましょうか」
 と、顔を出したのはギップスだった。
「いいんだよ。なんでもかんでも頼むわけにはいかないさ」
「そんな寂しいことおっしゃらないでください」
「畑の掃除は終わったのかね」
 と、モーメルは水道の水を出してスポンジを手に取った。
「もうすっかり綺麗になりましたよ。なにもありません」
「助かるよ」
 食器洗剤をスポンジに乗せ、カップを洗う。
「ここが無くなるのは、寂しいですね」
 と、ギップス。
「ゲートが無きゃ不便だから仕方ないさ」
 
魔法が使えなくなったことで、一部のゲート、特に個人ゲートが使えなくなっていた。切り立った崖の上に建っているモーメルの家。ゲートがあったからこそ簡単に行き来できていたが、今となっては移動手段はヘリコプターになる。現に今、モーメル宅の外にはヘリが一機停まっている。
 
「いつかまた戻って来る予定もないのでしょうか。例えば、ここから一番近い町から道を繋げ、電車なりバスなりを使って、崖下からはエレベーターを設置すればまた……」
「その頃まで生きているかどうか」
 と、笑う。
 
ウペポが亡くなったと知ったのは、祭儀の日だった。彼女の名前も読み上げられたのだ。覚悟はしていたことだった。あの日、突然不意にシャドウの気配が消えたため、嫌な予感はしていた。きっとシャドウはウペポを追いかけて一緒に空へ行ったのだろう。
彼女の覚悟に敬意を示すと同時に、友人を失った悲しみに涙を流した。
テトラがいてよかったと、改めて思う。
 
「長生きしてください。なんでしたら、私がこの家の管理を引き継ぎますが」
「……ギップス」
 モーメルはカップについた洗剤を水で洗い流し、水道の水を止めた。
「おまえはもう、あたしの弟子じゃないんだ。あたしの世話係はもういい」
「そんな寂しいことおっしゃらないでください……」
「あんたはまだ若い。自分の幸せを考えなさい」
「……自分の幸せ、ですか」
「みんな、前に進んでる。あたしも前に進むためにここを離れるんだよ。寂しいけど、時代と共に人もアップデートしていかないとね」
 ティーカップを布巾で拭いて、食器棚に戻した。
「モーメルさん。今後も、時折ご連絡してもよろしいでしょうか」
「いい報告ならいつでも聞くよ」
「モーメルさんもなにかあったら……」
「いいからほら、もう行きなさい」
 と、モーメルはギップスの腕に触れて玄関へと促した。
 
ギップスは玄関のドアを開けて外に出ると、振り返ってモーメルを見遣った。
 
「あの、これまで本当にお世話になりました」
 と、頭を下げる。
「世話になったのはあたしのほうさ。感謝しているよ」
「いえ。モーメルさんの下で働けたことを、誇りに思っています」
「湿っぽいのは苦手なんだよ」
 と、困ったように笑う。
「すみません……。あ、この後、シドさんのお墓参りに行くのですが、なにか彼に伝えたいことなどありますか?」
「そうだね……」
 と、モーメルは少し考えてから言った。「まだそこにいるなら、早く新しい時代に生まれておいでと伝えとくれ」
「はい!」
 
ギップスはモーメルに深々と頭を下げ、ヘリに乗り込んだ。操縦席にはデリックが乗っている。
 
「ばぁさん元気でなー」
 と、デリックが雑に声を掛けると、モーメルは軽く手を上げて応えた。
 
ヘリが上昇し、モーメル宅を離れた。
   
「城に戻ればいいのか?」
 と、デリックがギップスに訊く。シドの墓参りに行くという話が聞こえていたらしい。
「ここから近くの町に下ろしてくだされば十分です」
「墓参り行くんだろ?」
「えぇ、ですが……」
「遠慮すんなって。どーせ俺も城に戻るんだし、ついでに乗ってけよ」
「助かります。ありがとうございます」
「特別優待ってやつよ。ゼンダさんもばあさんには頭が上がらない」
 そう言って口笛を吹く。
 

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