voice of mind - by ルイランノキ


 全ての始まり14…『私利私欲』

 
「ア”ーーールぅぅぅうぅぅ!!」
 
カイの叫び声にアールはハッと目を覚ました。体を起こすとズキンと頭が痛んだ。隣に眠っているウペポの体にシュバルツの黒い根が貫いている。アールは泣きながらウペポの体を揺すった。ウペポは現代に戻って来たアールを見届けたあと、静かに息を引き取った。
 
「…………」
 
アールは涙を拭いて立ち上がる。周囲に目を向けると黒い根が絡み合って視界を塞いでいた。仲間の位置も確認できない。血の匂いが鼻の奥を刺激した。黒い根を上り、頭上に出る。カイが傷だらけの体で立っていた。カイはアールの姿を確認すると、安心して力が抜けたのか太い根の上で膝をついた。
アールの元にヴァイスの体が飛んでくる。その体は力なく根の上に叩きつけられ、その傍らに疲れ切ったスーが伸びていた。
 
「終わらせよう……」
 
アールは黒い根の上を渡りながら、シュバルツと一体化しているエテル樹の前まで歩み寄った。
 
『──聞こえるか?』
 と、トランシーバーからゼンダの声が届く。
「はい」
『倒す方法は見つけたのか?』
「……きっとすべてうまくいきます。ただ、シュバルツを守っている結界を解く方法がわかりません」
 シュバルツを取り巻いている特殊なドーム型の結界が邪魔だった。
『それはこちらで入手した魔導書にて紐解いてある。お前が術を用いて結界を解け』
「私が……? わかりました。指示をください」
 
ゼンダは収容所でテーブルの上に広げているノートと魔導書を交互に見遣った。その背後の床では歴史学者のシキがペンを握ったまま疲労困憊で横になっている。
 
「ヨグ文字を用いた魔術を行う。私の指示通りに従い、呪文を一字一句復唱するんだ。間違えは許されない」
『はい。よろしくお願いします』
 
ゼンダはシキがシュバルツの特殊結界を解く方法を見出して書き記したノートを読み上げていく。ひとつひとつ手順を確かめるように、アールの様子をモニター越しに眺めながら事を進めた。
 
アールはゼンダの指示にひとつひとつ従った。剣を右手で握り、左手の平を斬って血を流すとすぐに不要になった剣を手離した。両手を重ねて血を手の全体に行き渡らせる。その両手を結界の方へ向けた。
 
『アワセ ト カナタイシ ノ タダケ』
 
ゼンダが呪文を唱え始める。アールは深呼吸をして、一語一句間違えないように繰り返した。
 
『ウキエマ ハ テレユクテ』
 
アールの手をぬらしていた血が重力に逆らって上に流れていく。
 
『ヨルトコレマデ タガモリノコノハ』
 
そして手から放たれた小さな血のしずくがヨグ文字の形となって結界の前に整列した。ドーム結界を攻撃した際にも浮かび上がっていた赤い文字と同じだ。
 
『…………』
 ゼンダの言葉が途切れる。アールは焦りを覚えた。通信が途絶えたと思ったからだ。
けれどすぐにトランシーバーからゼンダの声が届く。
『黙って聞け。お前の目の前にある血で書かれた呪文を読み上げる必要がある。だが、一部が欠けていて読むことができない。少し待っていてくれ』
「…………」
 
目の前に並んでいる血のヨグ文字は、4、5つごとに並んでいて単語を現わしているようだった。そして一番右にある単語の左隣は不自然な空白があり、その左隣に単語が並んでいる。この空白になにか文字が入るように思えた。
 
『アール様! 歴史学者のシキと申します! 浮かんでいるヨグ文字のそれぞれの意味は、《守り》《拒絶》《破壊》そして《復讐》です』
「…………」
 アールは無言のまま、《復讐》という言葉に意識を向けた。
『《破壊》と《復讐》の間に入るのは、おそらく《名前》だと思うんです。ヨグ文字を使った魔術を使う際には術者の名前を呪文にインサートされるので。ただ、なぜ空白なのか……そこだけが引っかかるんです。《シュバルツ》で合っていると思うのですが』
 
──なるほど、そうか……。
アールはエテル樹の中央にある大きな目を眺めた。ギョロギョロと動く様は不気味であり、動揺しているようにも見えた。
 
アールは口を開け、そのままなにも言わずに閉じた。余計な発言は術の崩壊に繋がる。
ゼンダはその微かな反応を、見逃さなかった。
 
『アール、《名前》がわかるか?』
 ゼンダの問いに、小さく頷いた。
『ならば順に読み上げる。名前はお前が読み上げるんだ』
 
ゼンダが《守り》《拒絶》《破壊》のヨグ文字を読み上げると、アールも続けて読み上げた。
 
「ニアパルーマ、ライネド、ヘブラスレイ……」
 そして名前を読み上げる。
 
──きっと大丈夫。きっとすべてうまくいく。
 
「“レイディアント”」
 アールがそう声に出すと、空白だったその場所にレイディアントを意味するヨグ文字が浮かび上がった。
『ムへドゥサンガ』
 と、ゼンダが最後の単語《復讐》を意味するヨグ文字を読み上げ、アールも復唱した。
 
復讐。心がズタズタに引き裂かれる。アールの頬にまた涙が伝う。
気づいてしまったのだ。時の運の残酷さに、足元から崩れ落ちるようだった。
 
シュバルツを守っていた結界が内側からの爆風でガラスが割れたように粉々に弾け飛んだ。アールのむき出しだった顔や手に突き刺さり、結界の破片は消えていった。
アールはポケットに入れていたユーベルの毒薬を取り出すと、蓋を取って眼の中心に放り投げた。足元にあった剣を拾い上げ、黒い根を蹴って高く高く飛び上がる。上空で剣先を下に向けた。大きな目玉が小さなアールを捉えていた。毒薬の効果か眼球が小さく震え、血管が浮き上がる。
いつの間にか雨が降っていた。雨は大きな目の縁を沿って涙のように外へ流れた。
アールの剣が眼の中心を突き刺した。ドクンと大地が脈打った。途端、鼓膜を突き破るような赤ん坊の泣き声が世界中に響いた。アールたちは耳を塞ぎ、身を伏せた。足場が揺れる。泣き声が止むと大地を覆っていた黒い根がじたばたと暴れながらエテル樹へと収縮されていった。
アールは必死にそれを避けながらもエテル樹の前から決して離れなかった。
 
すべての音が止んだ。無の世界に放り出されたような静寂が辺りを包む。
剣を杖がわりにして立ち上がったアールは、剣を強く握りなおして前方を見遣った。
人の形を取り戻したシュバルツが唸りながらうずくまっている。
 
「自分のために生きてなにが悪い……」
 と、シュバルツはよろめきながら立ち上がる。大きく咳き込み、血の塊を吐き出した。
「…………」
「私はお前を引き立てる汚れ役か……? さぞご満悦なことだろうな。──だが“これ”は私の人生だ。私は私の人生を生きている」
 シュバルツは杖を力任せに振るい、アールに物理攻撃を繰り返した。アールは剣で受け流しながら、彼にはもう魔力は残っていないのだと察する。
「お前が“光”だと? 笑わせるな。母殺しが!」
 アールはシュバルツの杖を弾いた。
「私は殺してない」
「私の世界ではお前は母を殺している。そして優秀な父は無力な虫けら共に殺されたのだ。奴らの命を有効活用してやったというのに礼を言うどころかどいつもこいつも弱者のくせに価値のないゴミ同然の命を守ろうと反乱を起こした」
 血走る目は虚ろにアールを捕えて離さない。
「…………」
「私たちは選ばれた人間なのだ。なぜそれが理解できない……? これは進化の過程なのだ。環境に応じて身に付ける物も、カラダも進化してきた。この力もそうだ。進化に遅れた弱い者は遅かれ早かれいずれ滅びていく。その命を無駄に終わらせるくらいならば我々の成長に活かすべきだ!」
「弱い者を守ろうという考えはないの?」
 と、アールは口を開いた。
「なんのために? 子孫繁栄のためか? 弱い人間の遺伝子など受け継いだところでなんの意味もない」
「それはあなたが決めることじゃない。あなたが世界を造るわけじゃない」
「それをお前が決めることでもないだろう。ならば誰に決める権利がある? 神か? 神など存在しない。人が決めるのだ! この星に多くの命がある中で、最も優れている人間がこの世界の在り方を決めているのだ。人間に逆らえない動物やモンスターを時に殺し、生きるための食料や道具にし、生き場所を制限し、我々の生活を豊かにすることを優先的に考えながら生きて来た。人間にその権利があったのか? 動物を利用することは許され、人間を利用することは許されない。何故だ? 人は特別な存在だからだ。それと同様に、力を持った我々はその中でも最も優れている。人の上に立つ選ばれた特殊な人間が、次の時代を形成してゆくのだ」
 

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©Kamikawa
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