voice of mind - by ルイランノキ


 全ての始まり10…『途絶えた愛情』

 
ウペポの声に誘導されながら辿り着いた部屋は、簡素なベッドが3台ある休憩室のような場所だった。驚いたのはそのベッドに一人の男性が横になっていたことと、そのベッドの脇にウペポが立っていたことだ。
 
「ウペポさん!? なんで……?」
 状況が把握できず、困惑する。
「ここは私の過去であり、私の夢の中さ。神視点で眺めていたがその場に自分を下ろして一人称視点にしただけさ」
「そんなこと可能だったんですね……」
「私も初体験だよ」
「この人は?」
 アールはウペポのとなりに立ち、ベッドで寝ている男を見下ろした。
 
男はアールに顔を向け、アールが着ている服に目を移した。
 
「君もいい服を着ているね」
 と、男は言った。
 
どきりとする。思い出を提供してくれた老人に似ていた。
 
「もしかして、息子さんがいますか?」
「息子の記憶を辿って来たんだろう?」
 と、かすかに笑う。
 
アールがウペポを見遣ると、ウペポは小さく頷いた。既に事情を話しているようだ。
アールは少し考えた。あの老人はきっと、父親に連れられてこの施設に来た日を思い出してくれた。じゃあ、今目の前にいる父親は、息子を手離した後だろうか。
 
「アール、時間がない。隣のベッドで寝ておくれ」
 と、ウペポがアールを隣のベッドに促した。
「息子さんも私に言いました。いい服を着ているねって」
 アールはそう言いながら、ベッドに横になった。
「ははは……、元気そうでよかった」
 男はどこか辛そうに見えた。息子を施設に連れてきたことを後悔しているのかもしれない。
 アールは男の手を握った。
「さぁ、二人共、目を閉じておくれ」
 と、ウペポが言う。
「あなたはシュバルツの幼少期を知ってるんですか?」
 アールは目を閉じながら、男に訊いた。
「私は……彼の母親を知っている」
 
アールは更に深い記憶の奥へと沈んで行った。人の記憶を辿るほどに現代にいるアールとウペポの眠りが深くなる。時空を旅するアールに付き添うウペポの額に汗が滲んだ。
 
肌を突き刺すような寒さに身震いをしたアールは、視界に入り込んだ雪に驚いた。
 
「ここはビダーヤ村だよ。ここにシュバルツの母親がいると男は言っていた」
 隣に立っていたウペポはそう言って、周囲を見遣った。辺りはしんと静まり返っており、空には綺麗な星が輝いている。
「シュバルツは母親と一緒にいるのかな」
「……アール、シュバルツはまだ生まれていないんだ」
 と、ウペポは村の中を歩き出す。
「え?」
「母親の腹の中にいる」
「…………」
 アールは足を止めた。
「生まれる前だろうと後だろうと、どっちにしろ……芽を摘まなければならない」
「どうやって……? 現代でシュバルツは生きてる。それって、殺すことは出来ないってことだよね? 過去に行っても私にシュバルツは殺せない。だからシュバルツは生きている」
「変えるのは過去ではなく今、未来さ。第三形態となって暴走しているシュバルツを倒す方法は私にもわからない。でもきっと過去に鍵があると睨んでる。あんたが以前ルイの過去を辿って行った時のように」
 そう言い終えた時、突然ウペポの右腕から血が噴き出した。「あ”ぁっ!」と痛みに声を漏らし、腕をおさえながら膝をついた。
「ウペポさん!?」
 ウペポの前で身を屈め、周囲を見遣った。外部からの攻撃かと思ったが、人の気配はない。
「時間がない……ペンダントの効果が切れたようだ」
「え……」
 ウペポの左頬が突然、短剣で引き裂いたようにえぐって血を流した。その直後、アールの右足のふくらはぎに痛みが走った。
「カイたちが対応に追われているはずさ。私のことはいいから、早くシュバルツの母親を捜し出してシュバルツを倒すヒントを見つけておいで」
「……わかった。すぐに戻るから!」
 アールに迷っている暇はなかった。ウペポを置いて村の中を走り回る。
 
点々とある飾り気のないまだらな木材で造られた素朴な家の窓から室内が見えた。カーテンなんてものは無い。床に寝転がっている男の姿があった。女の姿は無い。次の家に向かう。
次に覗いた家には女子供の姿があった。一瞬どきりとする。シュバルツはまだ生まれていないのなら、あれは違う。兄弟がいたという話も聞いたことがない。女の腹も膨らんでいるようには見えなかった。
次の家は少し離れたところにあった。ぼんやりとした小さな明かりがもれている。息を殺して小さな窓から家の中を覗いた。大きなお腹を摩っている女の姿があった。
右腕に激痛が入り、顔をしかめた。現代で眠っている自分の体が朽ちたら、ここにいる私はどうなるのだろうと余計なことを考える。私の体は朽ちることはないけれど……。
ドアをノックした。軽く叩いただけだが、大きく戸が揺れた。
 
「はい?」
 と、声がする。玄関に近づいて来る足音を聞いた。
 
ネックレスに戻していた武器を手に持っておこうか躊躇する。迷っている間に戸が開いた。
 
「あ……」
 と、声が漏れた。
 
ドクドクと心臓が暴れ出す。家の中から顔を出した女は、姉の美鈴にそっくりだった。
必然的にこの人がシュバルツの母親であることを確信する。無関係の人間が、自分の姉にそっくりだとは思えないからだ。
 
「どちらさま……?」
 と、女は膨らんだお腹に手を添えながら、アールの背後を覗き込んだ。他に誰かいるのか確かめたようだった。
「少し……お話が……」
 と、視線を落とす。視界に大きな腹が入り込む。
 
親友の久美にそっくりなシオンと出会ったときから、会いたいが一心で見えた幻覚か、きっとなにか意味があると思っていた。なにかの呪いか、誰かの悪戯か。
 
「誰ですか……?」
 と、女は警戒して家の中へ後ずさった。
「…………」
 アールは室内に足を踏み入れ、後ろ手に戸を閉めた。
 
女はより一層警戒を向け、ちらりと調理場に目を向けた。刃物が置いてある。アールは女が隙をついて刃物を手に取ろうとしているのだとわかった。
アールがどう切り出そうかと言葉を選んでいると、女の方が先に口を開いた。
 
「グレンツェの人ですか?」と。
「グレンツェ?」
「……夫の研究所で働いていた人ではないんですか?」
 と、言い換える。鋭い目つきでアールを見つめている。アールは小首を傾げた。
「違います。私は……未来から来ました」
「…………」
 女は眉間にしわを寄せた。
「魔術や魔法が発展した未来で、力に溺れた者が大暴れしています」
「…………」
 女は無意識にお腹を摩った。
「その子が、そうです」
 と、女の大きなお腹に視線を向けた。
 
女は自分のお腹に視線を落とし、すぐにアールに目を向けた。その目は我が子を守る母親の強さと、悲しみが交ざっている。
 
「私にどうしろと……? この子を殺せと言うのですか? それとも、あなたが殺すと言うのですか?」
「……疑わないんですね」
 と、疑問に感じたことを口にする。まだ生まれてもいない上に、うちの子に限ってそんなことあるわけがないと、無条件に親は信じる、そう思っていたからだ。
「……夫は魔法の研究者でした。そして魔力に溺れた人間です」
「…………」
「黒魔法や黒魔術にのめり込んでいき、生体実験も行っていました。皆の制止を振り切って、犠牲者を多く出したんです。そのせいで恨みを買って殺されたんです。それでも私は彼を愛していましたから、彼を止めるどころか、この身を実験に捧げたんです。そして身ごもった」
「…………」
 アールはなるべく静かに大きく深呼吸をした。息が苦しかった。
「夫が殺されたあと、私も命を狙われました。身ごもっていることを知った人々が、悪魔の子を産むつもりかと騒ぎ立てたんです」
 女は苦しそうに顔を歪め、お腹を摩りながらその場に座り込んだ。
「私は必死に逃げました。どんな子供が産まれても、愛して育て上げる自信がありました。もしもお腹の子が死んでしまったら、私たちは神に許されなかったのだと絶望するところでした。でも、神は私たちを見捨てなかった」
 嬉しそうにそう言って、体をゆりかごのように揺らしながらお腹を見下ろした。
「この村の人たちは優しかった。見ず知らずの私に手を貸してくれて、この家も与えてくれた。この子は産まれてきてよいのだと、安心したのです」
 
アールはどの角度から見ても姉に似ているその顔を、静かに眺めていた。この人も死ぬのだと、そんなことを思いながら。
 
「私はこの子を、愛せなかったのでしょうか……?」
 女は訴えかけるような目でアールを見上げた。そしてこう続けた。
「産むと決めた以上、愛情を注いで育てていくつもりです。立派な大人になるまで、側にいてやるつもりです」
「……あなたは」
 
あなたは彼を置いて死んでしまうんですよ。
言葉にしようとしたところで、女が苦しそうにうずくまった。
 

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