voice of mind - by ルイランノキ


 全ての始まり9…『誕生』

 
好青年に見える彼の研究が暴走する原因を探るべきだろうか……と、そんなことを思う。時代を遡りすぎたのかもしれない。でも暴走がはじまった後の彼に会ったところで、もう起きてしまった後では意味がないのかもしれない。彼が道を踏み外すその日にうまくタイムトラベル出来るとも思えない。そんな時間もきっともうない。
 
「……そうか。そんなにか」
 シュバルツは悲しそうに笑った。「君はどういう原理で過去へ来たんだ?」
「人の思い出の中を辿って……。手を繋いで寝てくれるだけで飛んで行ける」
「それはすごい……。でも小さい僕に会うには、僕のことを知っている人じゃないと難しいね」
「あなたが子供だった時代を生きている人さえ見つかれば、あとはあなたを捜し出すだけです」
「そう簡単に捜せるかな。ここから出すつもりもないんだけど」
 
アールは困惑しながら扉に目を向けた。破壊して外に出られないだろうか。ネックレスに戻していた武器に手を添えた。
 
「君の現代で生きる僕は、過去に君と会ったことがあるの? それとも、君とは会ったことがない僕で、君が過去の僕に会いに来たことで過去に君と会ったことがある僕、いわゆるパラレルワールドが出来上がるのかな?」
 アールは少し考え、迷いながら口を開いた。
「過去に私と会ったことがある……はず……」
 
ルイの一件を思い出す。彼は過去に私と会ったと言っていた。顔までは覚えていなかったけれど、私との思い出を持っていた。それは私が過去に行って幼い頃のルイと会った瞬間に作られた記憶ではない。
 
「本当に? でも僕は過去に君と会った覚えはないよ。それに僕は生きている。君は僕の過去に戻っても、僕を殺せなかったから、僕はこうして今生きているんじゃないのかな」
「…………」
 確かにそうだ。彼は生きている。
「それともやっぱり、僕が死んだ世界もあるのかな?」
 シュバルツはそう言って、モニターに目を向けた。カタカタとキーボードを鳴らして何かを打ち込んでいる姿は、本当に現代から500年も前の光景なのだろうかと疑問に思う。
「この時代にコンピューターがあるとは思いませんでした」
「ここだけ文明が進んでる。とても狭いけれど、父が創り上げた世界だ」
「…………」
「僕らは神に選ばれた特別な存在なんだ。下界の人間とは関わらないようにしてる。巻き込みたくもないしね。必要な差別化だよ。いずれは繋がるつもりだけど、それは今じゃない。もう少し、魔力というものを解明するまでは、隔離し続ける」
 シュバルツはアールの方に体を向けると、研究室の扉の前に移動した。
「ここで君を捕えて未来で起こることをすべて吐かせて文明開化の促進を試みるのもいい案だと思ったが、それはきっと利口な考えじゃない。君は僕を殺しに来たという割にはなにも手に持っていない。僕が攻撃を仕掛けた途端にこの施設ごと吹っ飛ばす力を持っているのかもしれない。相手の武器がなにかわからないと、防ぎようがない。出来ることはただひとつ、刺激せずに、立ち去る」
 扉の横にあった電子錠に暗証番号を入力して扉を開けた。
「…………」
 アールはシュバルツを警戒しながら研究室を出た。
「君は僕を殺せない。過去に行ったって、無駄足になるだけだ。でももし、僕の母に会うようなことがあったら……愛してると伝えて」
「…………」
「僕の母は早くに死んだんだ」
 と、苦笑する。
 通路の奥から「何事ですか!?」と研究員が3人走って来る。
「……殺されたんだよ。村の住人が見ていたらしいんだ。見知らぬ子どもが、」
 シュバルツは記憶を思い返しながらアールをぼうっと見遣る。
 
反対側の通路からも研究員が2人、走って来るのが見えた。アールは少ない方を選んで走り出した。どこに行けばいいのかわからなかったが、迷っているアールの脳にウペポの声が響いた。
  
 突き当りを右に曲がるんだ
 
ウペポがなぜ向かうべき場所を知っているのか不思議に思ったが、首にかけていた剣を元の大きさに戻して研究員を薙ぎ払い、誘導されるがまま先を急いだ。
 
「突然どこからともなく現れて……どこからともなく剣を取り出し……」
 シュバルツは遠ざかっていくアールの背中を眺めながら呟く。「母を殺したと……」
 
シュバルツの心臓がドクンドクンと脈打ち、目が激しく泳いだ。母を殺した犯人を、村の住人は見ていた。口を揃えて『村の人間ではなかった』と言っていた。突然どこからともなく現れ、どこからともなく剣を取り出して母を襲った。10代後半くらいの、若い女だったと。
 
「……捕まえろ……捕まえろッ!! あの女を捕まえろッ!!」
 シュバルツは叫びながら指令室へ急ぎ、そこに座っていた男を押しのけてマイクの電源を入れて施設内に設置されているスピーカーから命令を下した。
「謎の女が侵入した!! 必ず捕えろッ!! 捕えたら殺せッ!! すぐにだ!!」
 そしてその場で気が狂ったように奇声を上げて暴れ回った。
「落ち着いてくださいシュバルツ様ッ!!」
「あの女……あの女が母を殺したんだ……あの女だ……」
 指令室を飛び出し、ふらふらと通路を歩く。
 
──なぜもっと早く気づけなかったんだ……? なぜもっと警戒しなかった? これじゃあまるで僕が殺人鬼を母がいる元へ送り込んだようなものじゃないか!!
 
「はぁ……はぁ……はぁ……」
 
僕のせい……? 母が死んだのは、僕のせい?
どうやったらあの女を止められる? もう過去へ飛んでしまったのか? 思い出を提供する者が必要だと言った。……安心しろ。僕の元から逃げたばかりの女に手を貸すものなどいないはずだ。
 
「でも父は研究員の仲間に裏切られて殺されたんじゃなかったか……?」
 
裏切者が手を貸すんじゃないか? なぜ母が殺される? あの女は僕を殺しに行ったはずだ。なのになぜ母が殺される……?
母は僕をかばったのか……? 僕の代わりに殺されたのか……?
 
シュバルツは頭を抱えながら床に膝をついた。
 
「……せ、……ろせ、……殺せ」
 
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ!! あの女を今すぐ殺せッ!!
 
もしも間に合わなければ…… 間に合わなければ……
 
「間に合わないんだ……」
 
ハッと息を呑んだ。涙が頬を伝う。──母は殺されている。今僕は女が過去へ行った未来を生きているのだとしたら、母を救うことはできない。殺される運命にある。
 
ならどうすればいい? 指をくわえて見ているだけか?
 
「シュバルツ様! お怪我はありませんか!?」
 と、研究員の男が走り寄って来た。
「……未来へ行く方法を知らないか?」
 シュバルツは壁に手をつきながら立ち上がった。
「タイムトラベルに関しては研究対象外で誰も……」
「……まぁいい。いずれたどり着く」
 
女は、未来で僕を殺せなかったと言った。
対等にあるならば、もっと力を手に入れればいい。
 
「人体実験を進めよう」
「は、はあ……」
 
僕の心が壊れて暴走すると言っていた。そんなことはあるはずがないと思っていた。よほどのことがない限り、僕は誰かに敵意を抱くこともないし、力に溺れるようなこともない。
 
「フッ……ははははは……」
 
──なんだ、そうか。
悪魔を生んだのは、君じゃないか。
 
ならば、体内にマモノを取り込んで暴走した僕と対等の力を持つ君は、
一体、ナニモノなんだ?
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -