voice of mind - by ルイランノキ


 覧古考新15…『安定』

 
私に出来る事は
誰かを幸せにし、なにかを守ることだけじゃないことはわかっている。
その真逆の力も備わっていることは、十重に分かっている。
 
━━━━━━━
 
セイクウ街までの道を数日掛けて歩いている間に、組織からの連絡がなかったわけではない。むしろ、毎日来ていたがアールは折り返し掛けなおすことはしなかったし、組織から連絡が来ていることも仲間には知らせなった。秘密にしていたわけではなく、言う必要がないと判断したからだ。時折留守録にメッセージが入っていたが、どれも電話に出ろというものばかりで用件は入っていなかった。
 
「電話?」
 
旅の道中、あと数時間で街に着くというところでアールはようやく仲間に組織から何度も着信があったことを伝えた。一同はルイが出した大きな結界の中でテーブルを出してひと休み中だ。ルイ、シド、ヴァイスはコーヒーを飲んでいるが、アールとカイはミルクだった。
 
「うん、でもめんどくさいから出ないまま」
「出ましょう……」
「でも、こっちからは組織に用事はないじゃない? 大事な用があるなら会いに来るだろうし、もういいやと思って」
「…………」
「だめ?」
「敵である組織と頻繁に連絡を取り合うのはどうかとも思いますが、無視というのも……」
「無視でいいんだよそういうのはぁ」
 と、カイはテーブルに頬杖をついた。
「バカに同じ」
 と、シド。右に同じではなく、バカに同じと言い換える。
「そういえばジャックさんって今どうしてるんだろう。知ってる?」
 アールはシドを見遣る。
「知るわけねぇだろ。死んでるかもな」
「やめてよ……」
「あいつの属印は腰にある。用済みになりゃ消される」
「やめてよ……」
「そんなことよりアール、俺が何も知らないとでも?」
 カイはミルクを飲み干した。
「なんの話?」
「最近夜な夜なヴァイスんと2人で過ごしてること知ってんだから!」
「スーちゃんもね」
「スーちんいないときもあんじゃん」
「そうだけど」
 
ルイは黙ってコーヒーを飲んでいる。ブラックは好みではないが、今は苦いコーヒーを飲みたい気分だった。
 
「こそこそしちゃってさぁ」
「コソコソしてないから」
「じゃあなにしてんだよぉ」
「暇つぶし」
「暇つぶしに夜這いか。お盛んなこった」
 と、シド。ルイが咳き込んだ。
「ちょっとお話してるだけだよ」
 呆れたように言う。未だにコーヒーは飲めないが、ブラックを一気飲みしたい気分だった。
「ラブホに行っといてよく言うぜ」
「ちょっと。それいつまでネタにするつもり? あれは誤解だってば。しつこい人って嫌われるよ?」
「お前に言われたくねぇしお前に嫌われたところでなにも困ることはねぇよ」
「腹立つ!」
「まぁまぁ」
 と、カイがおもしろがりながらアールを宥めた。
「魔物が集まって来ましたね」
 ルイが周囲を見遣りながら言った。いつの間にか結界の外にモルモートなどの魔物が数匹近寄っていた。
「あと何時間で街に着くのー?」
「このまま行けば大目に見て3時間くらいでしょうか」
「じゃあ夕方までには着きそうだな」
 シドはコーヒーを飲み干し、鞘から刀を抜いた。
 
束の間の休息を終え、再び歩き出す。
 
カイは前を歩くアールとシドを眺めながら、安定感を感じていた。──旅のはじまりは苦悩だらけだった。アールの心はとても繊細で崩れやすく、支えながら戦い方や身の守り方を教えて仲間としての距離も縮めなければならなかった。ヴァイスが加わったばかりの頃も“ハイマトス族”に怯えて仲間だと言われてもどこか警戒心を向けていたし、それにも慣れてきた頃に今度はシドが組織と関わっていたと知って仲間の輪に亀裂が入った。綺麗な輪になり始めていたのにぐにゃりと歪んで、シドがいなくなった途端に不安定になった。それでもその問題も長い時間をかけて解決できたと思ったら、今度はアール。彼女の正体を知り、再び揃えて歩き出したはずの足並みが崩れた。そしてアールは自分たちの前からいなくなった。
でも、戻ってきた。俺だってそう。旅をやめるつもりだったけど戻ってきた。シドも仲間に戻った。自分たちの居場所がここだって、再認識したんだ。
 
「やっと落ち着いたって感じだねぇ」
 カイは歩くスピードを落としてヴァイスの横に移動した。「いろいろと」
「そうだな」
「みんなそれぞれ抱えていた大きい問題を解決したってかーんじ」
 カイは頭の後ろで手を組んだ。
「これから新たな問題も出てくるだろうがな」
「……まぁそうだろうけどさぁ」
 と、うなだれる。やっと安定したのに。
「これからが大変だろう」
「そうだろうけど今はこの安定感に浸りたい……」
「…………」
 
ヴァイスはカイの涙を思い出した。彼も人知れず心を痛めていた。誰しも強くはなく、弱さを隠して強くあろうとしながら戦っている。まだ10代の子供が、日々命をかけて世界のために戦っている。
 
「ルイ! 街に寄るでしょ? ブレスレットあるかな?」
 と、アールはルイの横に移動した。
「あるといいですね」
「古いやつ回収しようか」
 と、手を出す。
「いえ、これはこれで気に入っているので」
「邪魔じゃない? ルイはデータッタもバングルもつけてるのに」
「邪魔ではありませんよ」
「私が50本のブレスレットプレゼントしたらなんとか全部つけてくれそうだね」
 と、笑う。
「片腕に35本ずつなら問題ありませんね」
「じゃあ100本にしよ」
「50本ずつですか、おもしろいですね」
「絶対邪魔だと思うよ」
「僕はアールさんたちほど武器を振り回さないので邪魔にはなりませんよ」
 と、どこまでも優しい答えが返ってくる。
「お風呂入るとき邪魔だよね」
「一緒に洗います」
「そんなに言うならほんとに100本プレゼントしちゃうよ?」
「無駄遣いはやめましょう」
 と、笑顔。
「……さすがっすね」
「?」
 
断り方もうまいなぁと思うアールだった。
 

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