voice of mind - by ルイランノキ |
ルイは力なく床に膝をついた。
「アールは……? どこ行ったの?」
と、カイが落ち着かない様子で扉を眺める。
「あの光と魔法円は、アールさんのいた世界に繋がるゲート魔法です」
ルイは生気のない声でそう言った。
「スー」
と、ヴァイスの声に二人は顔を上げる。
スライムのスーがポツンと扉の前にいる。
「……そうか、お前には幻影が見えていなかったのだな」
と、ヴァイスが手を差し伸べると、スーはヴァイスの手に飛び乗った。
「アールのいた世界って……帰ったってこと?」
「…………」
ルイは無言で応えた。
「あいつが迎えに来たの?」
と、苦笑する。「あいつと行っちゃったの?」
「…………」
ルイは静かに立ち上がった。へたり込んでいてもしょうがない。
「……見捨てられたの? 俺たち」
と、カイは乾いた笑いをこぼした。
「アールさんが僕たちを見捨てるでしょうか」
「見捨ててんじゃん。ユキトが迎えに来て、帰った。俺たちより向こうを選んだんだよっ!」
苛立ちと悲しみが入り混じる。
「ルイ、一先ず報告だ」
と、ヴァイスが言った。
「アールが帰ったって?」
カイは尚も笑い続ける。「報告してどうなんのさ」
「…………」
ルイはカイから少し距離を取り、トランシーバーでデリックに状況を伝えた。
「──ルイです。アールさんが、元の世界へ帰りました」
「選ばれし者は仲間と世界を捨ててバッドエンド。……違うか、本人はすべて忘れてハッピーエンドかな?」
と、カイは床に座り込んだ。胡坐をかき、うなだれる。
「そうと決まったわけではない」
ヴァイスは宥めるように言った。
「じゃあなに? 説明してよ! 俺にはアールがユキトについてったように見えたけど? それも自分の意思で。無理矢理じゃない……」
「憶測でものを言うな」
「……帰りたいって、言ってた」
「…………」
「ヴァイスは聞かなかったの? アールは『帰りたい』って呟いたんだ」
「…………」
ヴァイスは口を閉ざしたまま、視線を落とした。
確かに聞いた。「帰りたい」と呟いたアールの声を。なにかに絶望しているようだった。
「アールさんは意識を失っていました」
と、ルイがカイに目をやった。
「だから? その後ユキトに目ぇ覚ましてもらってたじゃん」
「彼は、本当にユキトさんだったのですか?」
「ユキトだよ……。嫌でも忘れないよあの顔。それに、アールの様子からしてもユキトだよ」
「そうではなく、本物の、という意味です」
「…………」
「僕たちは幻影を見せられていました。彼もまた、幻影なのではと」
「幻影がアールを連れて行ったの? 本物だろうと偽物だろうと、ついて行ったことに変わりないよ」
「ついて行った理由がまだわかりません」
「今後わかんの? どうやって? 帰っちゃったのに? どうやって確かめるんだよ」
「カイさん……。先ほどから、らしくないですよ。あなたはいつも彼女を信じていたではありませんか」
「…………」
カイは辛そうに顔を歪めた。
シドの傷も癒えていない。次から次へと問題が起き、なにもかもうまくいかない気がして来る。
『──ルイ、城の外に出れるか』
と、突然トランシーバーからゼンダの声が届いた。
「ゼンダさん……戻られたのですか」
『魔導書を手に入れた。これにより、ギルトがおらずとも別世界への扉をもう一度開けることができる。アールを呼び戻すぞ』
「……え」
複雑な感情が心の中を蠢いた。正直、帰ってしまったアールを責める思いがあった。彼女を失った悲しみと、不安。そこに新たに芽生えたのは、また彼女をこの苦しみに引き戻すことへの抵抗だった。
『お前がアールを呼び戻すのだ』
カイはルイを見上げた。動揺しているのがわかる。彼女の幸せを願っているのに、突然帰ってしまった彼女に「なぜ」と疑念を抱き、アールともう二度と会えないかもしれない悲しみよりも、この世界はどうなるのだという絶望のほうが大きい。
だけど、彼女を連れ戻すのは、心が痛むのだ。
ルイの迷いを切り裂くように、視界がぐらりと歪んだ。カイは慌てて立ち上がり、腰を屈めてブーメランを構えて足を踏ん張った。ルイもロッドを構えて室内を見回した。視界に映る物がゆらゆらと形をかえて歪んでゆく。漆黒の城の黒とに絨毯の赤色が交ざって渦の中に上階へと続く階段が見えた。
──待ってください……。
ルイは焦燥感に襲われた。渦を巻いた視界の中で、無数の階段がエスカレーターのように下へと流れていく。強制的に階段を駆け上がっているのだ。上階にシュバルツがいるのはわかっていた。その邪悪な力をビリビリと肌が感じ取る。抵抗すらできない。
全員がさすがにまずいと思った。アールが不在のまま、彼に戦いを挑むのは無謀でしかない。
無数の階段は上がるにつれてどんどん速さを増した。そして突然暗闇から視界が開けた。
淀んだ空気が鼻をつく。生温い風がヴァイスの長い髪を揺らした。
「待ちくたびれたよ」
と、ルイたちの前に立っているのは大男、シュバルツだった。
城内にいたはずのルイたちは死霊島にある丘の上に立っていた。周囲は開けており、シュバルツの背後に黒く枯れ果てたエテル樹があった。
ルイは辺りを見遣った。遠くに死霊城が見える。シュバルツが望んで戦いの場をここに移したのだろう。
「アールをどこにやったんだよ……」
と、カイは背筋を凍らせながらもシュバルツを睨みつけた。
「お前たちの望み通り、元の世界へ帰してやっただけだ。グロリアを残して立ち去る選択を放棄したのはお前らだろう」
「…………」
言葉を失う。確かに彼女を帰すことを望んでいた。でもそれは、すべてが終わってからだ。
「光を失った君たちに何ができる」
「…………」
ヴァイスはシュバルツに銃口を向けた。
「そんなもので、私を殺せると思うのか? 私がそんなものでひれ伏せると思っているのか?」
「例えアールさんがいなくても、僕たちは最後まで戦います」
と、ルイもロッドを向けた。
『ルイ、サモンズルームに繋がるゲートを開く』
と、歩行地図上でルイたちの居場所に動きがあったのを見ていたゼンダからトランシーバーに連絡が入った。
『帰ってこい。サモンズルームで準備は整っている』
「…………」
ルイの心拍数が乱れた。
通信を聞いているヴァイスとカイがルイに視線を向ける。
「ルイ……アールのことだけど、」
カイがなにか言いかけた時、シュバルツが両手を空へ掲げた。
ヨグ文字が上空を飛び回る。ここから見える空一面を埋めつくす魔法円が幾つも重なるように浮かび上がり、多種多様の魔物が世界に放たれた。上空に目を奪われていた一同に、シュバルツの攻撃魔法が放たれた。ルイの結界が間に合わず、彼らは軽々と吹き飛ばされて大きなダメージを食らった。
呻きながら立ち上がるルイたちの側に、魔法円が浮かび上がった。ゼンダが用意したゲートだ。
「俺……俺がどうにかするから……」
と、カイは立ち上がり、シュバルツに向かって駆け出した。ヴァイスもすぐに後を追う。
「…………」
ルイはそんな仲間の背中を苦痛な思いで眺めた。
──勝てるわけがない。
ルイは空を見上げた。何十体もの魔物がこちらに向かって来る。
勝てるわけがない。僕たちだけでは、到底敵わない。
『ルイ、急げ』
選ばれし者もシドも失った僕たちが、勝てるわけがない。勝てるなら、初めから僕らだけで良かったはずだ。
世界中の悲鳴が聞こえてくる。僕たちに希望を託した人々の成すすべなく地面を這う叫びが聞こえる。僕たちが勝てなければ誰が勝てるというのか。
銃声が鳴り響く。
ルイの目から涙がこぼれ落ちた。
──なにを言ってるんだ。希望は、まだ、失っていないじゃないか。
Thank you... |