voice of mind - by ルイランノキ


 心声遺失17…『幻影魔法』

 
「シオンちん……?」
 と、カイは突然目の前に現れたシオンに戦いの手を止めた。ドクン、ドクンと心臓が脈打つ。
「久しぶり。元気だった?」
 と、シオンが語り掛けてくる。
「なんで……」
 
ルイは意識を失っているアールに絡みつく蜘蛛に攻撃魔法を浴びせながら周囲を見遣った。住人のバケモノと蜘蛛とタロスに気を取られて気が付かなかったが、床一面にまた新たな魔法円が重なるように浮かび上がっている。住人が邪魔で時間を食ったが、魔法文字の一部を読み取った。
 
「幻影魔法ですッ!!」
 と、ルイが叫ぶ。「惑わされないでください!!」
「え、幻影……?」
 カイは慌ててブーメランを構えた。
 
ヴァイスはルイが立てた結界の上に飛び移りながら、タロスとアールに注意と銃口を向けた。──と、その時だった。住人のバケモノが姿を変えた。かつてムゲット村にいたハイマトス族だ。懐かしの顔がある。レビの姿もあった。そして、その中でも一際ヴァイスの視線を奪ったのは自分の父に寄り添うスサンナの姿だった。
 
「幻影ですッ!!」
 と、ルイは叫び続けながら、自分に見せられるものに不安を抱いた。
「アールさん!! しっかりしてくださいっ!!」
 アールの意識は無い。白目を向いて天井を見上げている。
 
──もしや……と、ルイの動きが止まる。目の前にいるアールこそが幻影なのではないかと思い始めたのだ。カイの視線の先にいるシオンは自分にも見えている。ヴァイスを動揺させた住人の変化も見えている。……ならばもっと自分にも仲間にもわかりやすい幻影が見えるはずだ、と思い直す。
 
「お前にはなにが見える」 
 と、ヴァイスは周囲のハイマトス族を払いながらルイに言った。
「僕には……」
「デリックさんが見えます、ってか」
 と、デリックが広間の扉を開けて兵士と共に駆け付けた。
「デリックさん!」
「国王が帰って来たんで持ち場を離れて駆け付けてやったぞ」
 と、デリックは周囲の住人を2、3人まとめて取り押さえていく。後から駆け付けた兵士はアールに部屋の探索を頼まれていた3人だ。生きていたのか、とホッとする。
「助かります!」
 ルイは何よりアールの意識を取り戻すことを優先すべく、再びアールの体に絡みついている蜘蛛に目を向け、心臓が激しく飛び跳ねた。
「え……」
 
アールの体に抱き着いている男がいる。──誰……?
 
「ユキトだ……」
 と、カイが言った。「そいつユキトだよ! アールの恋人!」
 カイは雪斗の顔を知っていた。以前、アールの財布にあったプリクラを見ていたからだ。
「……なぜここに?」
「幻影でしょ!?」
 と、カイが叫ぶ。
 
──幻影……? 誰に向けられた幻影? 僕? それとも……
 
「幻影じゃないよ、カイ」
 と、シオンが言った。「私は死んでない」
「…………」
 カイは周囲の住人からの攻撃を交わしながらシオンを気にかける。
「カイ、私後悔してるの……。私が間違ってた。組織なんかに入るんじゃなかった」
「シオンちんは死んだよ。俺見てたもん……」
「あれこそ幻影だよ」
 と、シオンは悲しげに笑う。「アールが私を殺すわけないでしょ?」
「…………」
 カイは混乱してきた頭を振った。住人が振り下ろした剣をブーメランで受け流す。
「急に現れた時点で君は幻影だよ!」
 と、叫ぶ。幻影だ幻影だ幻影だ!と頭の中で繰り返した。
「シュバルツに呼び出されたのよ……」
「適当なこと言わないでほしいなぁ! 信じないよ!」
「…………」
 カイの周囲に住人が集まって来る。追い払うために振り回したブーメランが鈍い音と共に住人の頭を強打する。
「デリック! 住人どうにかしてくれるんじゃなかったのー!?」
 と、デリックに目を向ける。
 
デリックの頭が無かった。戦闘態勢で構えている体だけが立ち尽くしている。
カイの心臓がドックン、ドックンと暴れはじめる。デリックの体は力なく床に倒れ込んだ。
 
「ルイ……デリックが……」
 ルイに目を遣ると、ルイの頭の一部が陥没して片目が飛び出していた。
 
荒い呼吸を繰り返し、小刻みに震えるカイの肩にポンと誰かの手が乗った。振り返るとシドが立っている。
 
「このままだと全員死ぬぞ。」
「……あ」
 カイはシドから後ずさった。何が本当で何が嘘なのかがわからなくなっていく。信じたいものが混ざって余計に頭がおかしくなっていく。シオンもシドも、攻撃を仕掛けてくるわけではない。それがより精神的ダメージを与えてくる。
「ルイ……頭だいじょうぶ?」
 と、震える声で確かめる。
「どういう意味でしょうか……」
 と、陥没した頭に触れる。「なんともありませんが……」
「頭が潰れている」
 と、ヴァイスが言う。タロスに銃口を撃ち込んだ。
「幻影です。なんともありませんから」
「モザイク入れてもらっていい……? 怖すぎるよ」
「──デリックさん、どこにいますか?」
 と、ルイは祈る思いでデリックの死体に目を向けながらトランシーバーを使った。
『どこって、指令室』
 あっけらかんとした声が返って来る。
「ですよね、よかったです」
 と、安堵した。ならば一緒に駆けつけて来た3人の兵士も幻影だろう。
『住人を強制退避させてるんだが、そのたびにあんたらと繋がってる魔物が別の街に転送されてるようだ。これじゃあキリがない。全部の街の住人の面倒は見れねぇわ』
「……シュバルツの目的はなんだと思います?」
『殺し合い。あとはお前らの精神崩壊』
「…………」
 
このままではシュバルツの元に辿り着く前に魔力も体力も、心も尽きてしまう。
 
「ルイ、タロスの攻撃力が落ちている」
 と、ヴァイスが言った。「畳み掛けるぞ」
「──はい」
 ルイはアールを一瞥し、優先順位を切り替えた。
 ヴァイスは視界に入り込んでくる父とスサンナから目を逸らした。
「カイさんも手を貸してください!」
「う、うん!」
 カイはシドとシオンに背を向け、タロスの背後に回った。ブーメランを大きく振りかぶって頭部目掛けて放った。
 
ルイとヴァイスの攻撃も合わさって大ダメージを与える。タロスの足元が大きくふらついた。カイは戻って来たブーメランをすぐに構えてタロスの足に攻撃をしかける。ぐらりとタロスの体が横に倒れていく。
 
「帰りたい……」
 と、アール声がルイたちの意識を集めた。
 
ドシーン!と大きな音を立ててタロスが床に倒れ込んだ。雪斗に手を引かれてアールが広場の扉へ向かって歩き出す。
ルイはぞくりとした。扉に異世界への魔法円が浮かび上がっていたからだ。
 
「アールさん!!」
 と、ルイが叫ぶ。
 
アールを連れて行かれると思ったカイが慌てて走り寄るが、どんなに走っても前に進まない。それどころかどんどんアールの姿が遠ざかっていく。夢の中でうまく走れなかったときのように、足が空回りして前に進まない。
それはルイもヴァイスも同じだった。
どこまで幻影なのだろう。例えこれが幻影だとしても、ここで彼女の手を掴まなければ彼女を失う気がした。
   
扉を前にアールが一度振り返る。彼女は床を眺めていた。ルイはアールの目に自分たちが見えていないことを察して絶望した。きっと自分たちの声も聞こえていない。
 
「アールッ!!」
 カイとヴァイスの声が重なった。
 
アールは扉の光の中へ消えて行った。ギギギ…と音を立てながら扉が閉まる音がする。
パタンと閉じた瞬間、ルイたちがいる広場はしんと静まり返っていた。一同を惑わせた幻影も、部屋を埋め尽くしていた住人の姿も、倒したタロスもアールを拘束していた蜘蛛の姿も忽然と消えていた。
 

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