voice of mind - by ルイランノキ


 胡蝶之夢13…『自分の人生』

 
死霊島にある古びた塔は、陰鬱な空気の中で静かに眠るように佇んでいる。
塔はこの地で沢山の悲鳴を聞いた。植物や虫や鳥や動物、それから魔物、そして島の声と、流れてくる風と海の声。その声を塞ぐ耳も手も無い。
遠い記憶から呼び覚まされた緑の香りを懐かしみ、人々の希望を形にした体を時に預け続ける。
 
人の震動に地盤が歪む。
 
アールは動悸がする胸を抑えながら地面から立ち上がり、少し離れた場所に放り出されていた自分の武器を拾い上げた。毒を操るダリウスを睨んだ目が赤く充血している。バケモノと一体化した体はなにもしなくても毒を排除してくれるが、繰り返し毒攻撃を浴び続けていると回復が間に合わないのか激しい心拍数と吐き気を催した。
アールと共に戦っている兵士の数も徐々に減っていく。
 
ルイは三又の大きな剣で抉られた胸から血しぶきを上げたシラコに駆け寄り、治療魔法で傷を癒した。直後に魔力の回復薬を飲み干す。強力な回復薬だが1日の摂取量を超えているため通常の二分の一ほどしか取り戻せなかった。
ガストンは余裕綽々に首の骨を鳴らして背伸びをした後、大剣を構え直した。不敵に口元を緩ませ、斬りかかって来る。応援要請をしたゼフィル兵はまだ一人も送り込まれていない。ルーカス戦から引き続きセル・ダグラス戦を終えてのガストン戦はルイの体力も魔力も自負心さえも大きく削っていった。
 
小さな村が上空からやってきた翼を持つ魔物の火属性魔法を浴びて燃え上がる。逃げ遅れた村人を上空から急降下してきた魔物が連れ去った。その悲鳴が届く地下の避難所では老夫婦が身を寄せ合って恐怖に慄いていた。1分1秒がとても長く感じる。生きている心地がしなかった。そのすぐ側で3才くらいの女の子を抱きかかえた若い女が額から血を流していた。状況をあまり理解していない子供が駄々をこね、「静かにしてッ!」と母親が怒鳴った。あやす余裕もない。泣きたくなるのを必死に堪えた。ここから出られても住む家はもう無い。
地響きがした。星が悲鳴を上げているようだった。
 
ヴァイスの元にかけつけていたハイマトス族のレビが何度も逃げ、回るユージーンの首根っこを捕まえた。ヴァイスの銃口から放たれた銃弾がユージーンの体を貫いたが、ユージーンはレビを払いのけると同時に回復をして攻撃に回った。ヴァイスは防御が遅れて攻撃を食らい、視界が歪んだ。自分の荒い呼吸が耳障りだ。一人の敵を相手に身を削る。
 
──塔にはもう誰か辿り着いているだろうか。
 
スイミンの魔法で眠りこけていたカイがハッと目を覚ますと、すぐ側で血まみれのゼフィル兵が横たわっていた。冷やりと嫌な汗が滲む。瞬時に周囲の状況と敵の位置を確認した。ムスタージュ組織の女、チェスターのクナイが飛んでくる。足元にあったブーメランを拾って攻撃をガードした。
地面に倒れているゼフィル兵は4人。いずれも首にクナイが突き刺さった穴が開いている。意識がなく倒れているのか、スイミンの魔法によって眠っているのかまではわからない。
少し離れた場所に居たスーが駆け寄ってカイの肩に飛び乗った。
 
「あら、思っていたよりも早いお目覚めね」
 と、チェスターがカイを見据えて言った。
「……欲しいものに手を伸ばせるのに伸ばさないのってもったいないと思うんだ」
「?」
 チェスターは小首を傾げる。
 
夢の中でタケルが言った『すべてを手に入れようなんて、無理なんだよ』という言葉を反芻する。
 
「もしかしたら全部、手に入るかもしれないのに」
「そうね。私も欲しいものはすべて手に入れたいわ」
 チェスターは胸元から新しいクナイを取り出して両手に構えた。
「でも、なにかを諦めないと一番欲しいものが手に入らないんなら、俺は……」
 
チェスターの物理攻撃をカイはブーメランで弾いた。
 
「君はいらないや。欲しかったけど」
「そう? それは残念」
 
欲しいものは沢山ある。あれもこれも手に入れたい。でも全部は手に入らない。だけど他を諦めて一つに絞ったからといって、その一つが手に入るとは限らない。
だからやっぱり、あっちがだめだったらこっち、みたいに、いろんなものに手を出したい。
それっていけないこと?
 
俺たちが今望むべきことは、世界の平和だけ?それだけを夢見て、それだけのために命を燃やすの? 他に欲しいものは世界を救った後に考えろって? 世界は救われても、救われた世界に自分が生きている保証はないのに。
 
命の危機を感じるたびに、思うことがある。
誰かが敷いたレールを走るんじゃなくて、自分で選んだ道を生きたいと。
 
だけどそれは許されない。俺たちは多くの命を背負ってる。世界の運命も背負ってる。自分の人生は置き去りにして、これが俺たちの運命(じんせい)だと言って。
 
俺たちに選択肢なんかない。アールはもっとそう。自分たちのことは先送り。
自分の人生を歩めるのは、生きているかどうかもわからない、すべてが終わった後の未来。
その未来を、みんなで迎えたい。
 

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