voice of mind - by ルイランノキ


 胡蝶之夢12…『ジェイと家族も知らない秘密』

 
「リア様! ご無事ですか!?」
 と、大広間の外から扉を何度も拳で叩くのはデリックだ。
 
大広間の扉を不気味に這っている蔦が毒々しく脈を打っている。突然、棘がデリックの頬をかすめた。咄嗟に交わせたからよかったものの、扉を開けて室内へ入るのは不可能だった。
 
「どうなってんだ一体……」
 と、扉から後ずさる。
 
10分ほど前に、大広間にジェイが現れたという情報がデリックの元に届いた。国王の無事と、大広間には多くの兵士とリアが残されていることも。その時デリックはゼフィル城の3階にまで攻め入っていたムスタージュ組織と戦闘中だったため、すぐに駆け付けることが出来なかったが隙を見て戻ってきたらこの有様だ。外から攻撃を仕掛けてみるが、蔦は室内から壁を抜けて伸びており、斬っても燃やしてもすぐに伸びてくる。
大声で呼びかけても返答は無い。中の様子がわからない上にこちらの声が届いているかどうかもわからない。
 
「デリックさん!」
 と、廊下の奥からゼフィル兵が駆けてくる。「3階が突破されました!」
「何やってんだよ!」
 大広間を気に掛けながら組織がいる4階へ向かう。
 
大広間の中は血の海だった。血だまりで足場が悪い。けれど、その血をジェイが召喚したロクトアントスが吸い取っていく。蔦は猫を丸呑みした蛇のように血液を大きく吸い込んで体を膨らませ、中心へと運んだ。中心にはジェイが立っており、彼の顔に地図のような血管が浮き出ている。今にも破裂しそうなほどだった。
 
「ロクトアントスはあなたと繋がっているの?」
 と、リアは空(くう)に手を翳した。なにもない場所に、リアの専用武器であるロッドが浮かび上がる。ロッドの先にあるダイヤの形をしたクリスタルが大広間の微かな光を受けてキラリと反射した。
「私と一心同体だ」
「それはあなたが望んだこと?」
 と、ロッドを構える。
 
生きている兵士はひとりもいない。床や壁、そして天井にまで蔦が伸び、ヨグ文字が浮かび上がっている。蔦から染み出る血がぽたり、ぽたりと天井から落ちてくる。
 
「当然のことだ」
「……私を殺す気なのね。あなたのことを、家族だと思っていたのに」
「笑わせるな。私はお前に対して憎しみしかない」
「……そう、それならもっと早くに伝えてほしかった」
 リアはそう言って、スペルを唱えた。リアの足元に白い魔法円が広がる。足元に伸びていたロクトアントスの蔦がそれを避けるように縮こまった。
「伝えたところでなにも変わりはしない」
「そうかしら。少なくとも私は、あなたの言葉に耳を傾けていたはずだわ」
「ふん」
 と、ジェイは鼻で笑う。
「分かり合えなくて残念だわ。あなたは私の、初恋の人だったのに」
 
リアの攻撃魔法が放たれる。燦爛たる光が大広間を包み込んだ。
ジェイは体の内部から切り裂かれるような大ダメージを受けた。目の前が眩み、血を吐き出したがその左手はリアの首を掴んでいた。手の付け根から伸びた蔦が更にリアの首に巻き付いてゆく。
 
「さすが王女だな。その身を守るだけの力はあるようだ」
「そうね」
 と背後から声がする。振り返るとリアが立っていた。
「ダブル顕現か」
 と、捕えていた分身の方の体を握りつぶそうと怒りに任せて力を込めたが、本体であるリアの氷属性の最上級であるリディニークに阻まれ、手を離してしまう。
 
龍のようにうねりながら伸びた氷がジェイの体と一体化しているロクトアントスに絡みついて縛り上げ、すべてを凍らせて大ダメージを与えた。ダメージを受けた蔦が角を突かれて殻に閉じこもるカタツムリのようにその身をジェイの体へと引っ込めた。
 
「「私はあなたをここから出すわけにはいかないの」」
 と、二人のリアは口を揃えてそう言って、スペルを唱えるともう2体の分身を作り出した。
「「本体の命が尽きるまで、私たちは個々の意思であなたを死へと追いやるわ」」
「だったら本体を壊すまで」
 と、ジェイは本体に向かって右手を翳した。大広間に散らばっていたヨグ文字がいくつか連なってジェイの右手を円を描くように囲む。
「いくら長い間、父の側で多くのことを見てきたとしても」
 リアはロッドをジェイに向けた。「すべてを把握するなんてことは不可能でしょう?」
「あぁ。私は家族ではないからな」
 ジェイは新たな攻撃魔法を放った。右手を囲ったヨグ文字の円から針のような鋭い触手が飛び出した。
「いいえ。家族だろうと知らないことはあるの。──幼い私に父は言った。家族にも知られない特技を身に付けるようにと」
 ロッドを振るったが、触手は物ともせずにリアの体に噛みついてその皮膚を貫いた。
「…………」
 悲鳴ひとつあげない本体に、ジェイは小首を傾げる。
「自分を守れるのは自分だけだからと」
 と、後ろに立っていた分身のリアが言った。
「だから父も知らないのよ」
 と、右隣りに立っているリアが言う。  
「私は、本体を切り替えることが出来るってことを」
 更にもう一人のリアがそう言った。
「なに……?」
「壊れそうな体は切り捨てる。魂の移送魔法」
「……聞いたことがないな」
「私が生み出したのよ。だから誰も知らない。最後に残った私の体は人間と呼べるのかどうかも」
 
──初めて、本体を失った日のことを思い出す。
 
「この世に生を受けて、初めて父と母に抱き締められた体はとっくの昔に消え去った。あれは13の時。ダブル顕現を習得して間もない頃。私はよくアリサと遊んでいたの。アリサは私よ。もうひとりの私」
 
ジェイは昔、リアと遊んだ際に「あなたは私の初めてのお友達よ」と言われたことを思い出す。あの時はまだ、彼女へ憎悪の念は抱いていなかった。
 
「ある時、厨房で働いていた男が私に声を掛けてきたの。彼のことはよく知っていたわ。時折こっそり、フルーツやお菓子をくれていたから。この日も、きっとクッキーでもくれるんだと思っていたの。でも連れていかれた厨房の奥で私の前に突き出されたのは、大きな包丁だった。服を脱ぐようにと言われたわ」
「殺されたのか」
 その先の話は聞かずともわかる。
「アリサが異変に気付いて駆けつけてくれたの。裸になった私に夢中になっていた彼の背中を刺した。何度も、両手が真っ赤に染まるまで」
「…………」
「私は泣きながら、私を殺してほしいとアリサに願った。あの男に触れられた体で生きていくのが耐えられなかったから。アリサは私。だから私の痛みも苦しみもすぐに理解してくれた。そしてアリサは躊躇なく私を殺した。私の代わりに泣きながら、私の首を斬ったの」
 
リアは当時を振り返りながら、悲しげに笑った。
 
「その男の死体を移送魔法で墓地に沈めた時、私の意識はアリサからリアに変わっていたの。でもなぜだか体は別物だとわかった。私の体を這った男の手の感触を思い出せないの。耳元を撫でた荒い鼻息も思い出せない。まるでただ他人から聞いた話のようにそのことを“知っている”だけで、自分が経験した記憶とは異なった……。殺したはずのリアの体は消えて無くなっていたわ。私の中に重なったような感覚もない。一番腑に落ちたのは、アリサの体に私の魂が移ったという考えだった」
 
リアはその経験とアリサのことを自分の中だけにとどめて鍵をかけた。
 
「私は私を作り出す。あなたの息を止めるのが先か、私の魔力が尽きるのが先かはわからないけれど」
 
ジェイは舌打ちをしてリアの本体も分身もまとめて消し去ろうと一心不乱に攻撃を仕掛けた。リアも負けじとアクションを起こした。互いの魔力がぶつかり合い、大広間の内壁に大きな亀裂が入った。相手の魔法に飲み込まれまいと激しい戦いが続き、互いの血が空中に飛び散り混ざり合った。
 
ジェイは自分の体から魔力が減殺されていくのを感じた。攻撃魔法の威力も低下している。その一方でリアはまだ力強く立っているように見えた。ヨグ文字を扱っても尚、太刀打ちできない屈辱感に苛まれる。強力な武器を持っているのにそれを上手く扱えずに空回りをしているような感覚に苛立った。
大広間一面を這っていたロクトアントスの蔦が枯れていく。──なんのためにこの体を手に入れたのか。なんのためにこれまで国王の近くで身を潜めていたのか。なんのために今日まで生きて来たのか。なんのために……。
 
ジェイは突然、獣のような叫びを上げた。リアはその声に一瞬怯み、隙を見せてしまう。
ジェイは最後の力を振り絞って魔物を召喚した。大広間に30体もの魔物がひしめき合う。一気に30体も出したところを見るとおそらくもうコントロールする余裕もないのだろうとリアは察した。苦肉の策とでも言うべきか。
 
リアも自分の体力と残された魔力を気にかけていた。30体の魔物を倒せる力は残っているだろうか。ジェイも辛うじてまだ立っている。ここで自分も最後の力をすべて使って、彼らを一気に消滅させる案が浮かぶ。うまくいってもいかなくても、その後の自分は使い物にならないだろう。グロリアの、アールたちの勇姿を見届けられないかもしれない。
 
だけどここで負けるわけにはいかない。覚悟を決めなければ。
 
リアがすべての力を解き放とうとロッドを構えた時、大広間の扉が勢いよく粉々に吹き飛んだ。「きゃあ!」と思わず肩をすくめた。
大広間の前に堂々とした姿で立っていた女性は翳していたロッドを室内のいる30体の魔物に振りかざし、小さなゴミを一息で吹き払うように一匹残らず消し去ると、ジェイの前にツカツカと歩み寄ってその頬に平手打ちを浴びせた。パン!と乾いた音が廊下に響く。
 
「シルビア様……」
 と、ジェイはつい敬称をつけて彼女の名前を呟いた。
「百歩譲って夫を騙していたことは許すけど、娘に手を出したことは許せないわね」
 ジェイに平手打ちをしたのは王妃であるシルビアだった。白髪交じりの髪が上品にまとめられており、藤色の目元はリアによく似ている。
「お母さま……」
 と、リアは安堵して今にも座り込んでしまいそうだった。
「無事でよかったわ」
 と、リアに笑顔を向け、ジェイに鋭い目を向けた。「覚悟なさい!」
 

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