voice of mind - by ルイランノキ


 世界平和19…『生中継』

 
『──たった今、新しい情報が入りました! シュバルツが留まっていると思われる死霊島に、ゼフィル兵が潜入したとのことです! えー、はい、えー、死霊島の各方面から、ゼフィル兵がゲートを使って潜入した映像が今、流れております……』
 
テレビのアナウンサーが次から次へと手元へ運ばれてくる原稿資料に慌ただしく目を向ける。
その様子を、フマラに住むイウビーレ家のサンリは不安げに眺めていた。
 
「ママ? 大丈夫?」
 と、今年6才になる息子のマークがテレビを遮って心配そうにサンリを見た。
「大丈夫よ、大丈夫」
 必死に笑顔を作り、マークの頭を撫でる。
 
『──再び新しい情報が入りました。シュバルツの目覚めを早くに予知していた黒魔術師の存在が明らかになりました。ギルトと名乗った黒魔術師の男が、シュバルツの目覚め、そして、シュバルツに打ち勝ち世界を救う選ばれし者の存在を見た、と、ゼンダ国王に命をもって嘆願したとのことです。選ばれし者についての詳しい情報が入り次第、随時報道いたします』
『謎が多いですね。これでは国民も不安を抱えたまま一夜を過ごすことになりそうですな』
 と、コメンテーターの男が言う。白髪交じりの髭を摩った。
 
「サンリ」
 夫のトクが腰にククリを二本差しながら、テレビに夢中になっていた妻に声を掛けた。
「もう行くの?」
 と、サンリは立ち上がる。
「あぁ、外に集まってる。行ってくる」
「パパどこに行くの?」
 マークが不安げにトクを見上げた。
 トクは片方の膝を床についてマークと目線を合わせ、頭に手を置いた。
「近くの町の結界が外れて魔物が豪快に暴れたらしい。でももう魔物は退治して、結界も復旧してる。ただ、被害が大きかったようでな、いろいろと手伝いに行くんだ」
「魔物はもういない?」
 確かめるように訊いた。
「あぁ、心配ない」
「それは?」
 と、腰に差してあるククリを指さした。
「護身用だ。お守りみたいなものだよ」
 そう言って立ち上がると、マークに拳を突き出した。「ママを頼んだぞ」
「うん!」
 マークは小さな拳を父の拳にぶつけた。
 
サンリが玄関前まで見送りに出ると、フマラの男たちが30名ほど整列していた。かつては皆、ゼフィル城で働いていた兵士たちだ。今は皆、様々な理由によって戦場に立てなくなったが、復旧作業に手を貸す力は十二分に残っている。
 
「じゃあ行ってくる」
「気をつけて」
 
ゲートから他の町へ移動した男たちを見送ったあと、残された町の女たちには女たちの仕事があった。
 
「さぁ、はじめましょうか。お子さんがいる方はお子さんを優先してね。手が空いてる人だけ手伝ってちょうだい」
 肝っ玉母ちゃんという言葉が似合う、少しぽっちゃりとした40代後半くらいの女が袖をまくって街の広場へ移動した。
 
広場にはパイプテントなどが出され、ストレッチャーなどが並べられている。負傷した兵士たちをいつでも迎え入れる準備をしていたのである。
 
「誰一人運ばれてこないのが一番いいんだけどね」
 肝っ玉母ちゃんこと、デイジーが腰に手を当てて言う。
「城内の救護所がパンク気味らしいから、そうもいかないかも」
 と、側にいた女性が悲しげに応えた。
「がんばりましょう。きっと、乗り越えられるさ」
「さすがビッグママ。頼りになるわ」
「ちょっと、その呼び名やめてくれない? 確かに年々体重が増えて来てるけど!」
 と、笑う。
「見た目でそう呼ばれてるわけじゃないったら」
 と、周囲にいた女たちが笑った。「フマラ町のママ。リーダー的存在」
「いつの間にそんな立派な存在になったんだろうねぇ」
 と、ビッグママは苦笑した。
 
サンリは家に戻り、夕飯の下準備をしながらテレビに目を向けた。
 
『──もう一度繰り返します。アール・イウビーレ、シド・バグウェル、ルイ・ラクハウス、カイ・ダールストレーム、ヴァイス・シーグフリート。以上の5名が、シュバルツに立ち向かう希望の光、選ばれし者としてゼフィル兵を率いて戦っています!』
 
テレビにアールたちの写真が映し出された。サンリはアールの写真を見ながら、野菜を切っていた手を止める。
 
「おねえちゃんだ!」
 と、床で絵本を読んでいたマークがテレビ画面を指さした。
「そうよ」
 短く答え、手を動かす。
 
『──5名の内の1人、アール・イウビーレは女性であることがわかりました! ひとりだけ女性です! また、彼女は別の世界から来た救世主であることがわかりました!』
 
「マーク、テレビを消してちょうだい」
 と、サンリが言った。
「なんでー?」
 
『えー、今、また新たな情報が立て続けに飛び込んできております!』
 と、新しい原稿を受け取る様子が映し出される。
『一体、彼女は何者なんでしょうかね。この世界の人間ではない、ということでしょうか』
 間を繋ごうとコメンテーターが発言する。
『驚愕の事実です! 先ほど救世主、とお伝えしましたが、彼女はシュバルツとアリアンの血を引いた娘であるという情報が──』
 
プツン、とテレビが消えた。サンリがリモコンでテレビの電源を消したのである。
 
「おねえちゃん映ってたよ?」
 と、マーク。
「ママ、あとで広場の様子を見に行ってくるけど、お留守番できる?」
「すぐ帰って来る?」
「うん、様子を見に行くだけだから」
「わかったー!」
 マークは安心したのか絵本に視線を戻した。
 
サンリは夕飯の下準備に戻る。顔には出さないが、少しイライラしていた。報道の仕方が気に入らない。あの言い方じゃ、まるであの子が──
 
「痛っ……」
 
包丁で指を切った。すぐにキッチンペーパーで傷口を押さえる。
 
まるで彼女も危険人物である、と言いたげだった。彼女のことをよく知らない人が報道だけを真に受けたら、彼女に希望ではなく不安を抱く。きっとメディアはこんなときも、こんなときだからこそ、大袈裟に取り上げ、視聴率を上げようとするのだろう。
どのチャンネルも不安を煽る報道の仕方をする。人々は必死になってそれを追う。報道の中に希望の光を探しているのだ。安心材料を探してる。でも安心すれば報道を見る人は減ってしまう。だからきっと、戦いが終わるまで、希望の光は見せずに国民の不安を煽り続けるに違いなかった。
 

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©Kamikawa
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