voice of mind - by ルイランノキ


 世界平和12…『命の価値』

 
キッチンでクリーム色のマグカップを洗って食器乾燥機に入れたのはシドの姉、ヒラリーだった。食器乾燥機には色違いの薄いグレーのマグカップが並んでいる。食器棚に目を向け、ガラス越しに淡いブルーのマグカップと淡いピンク色のマグカップを眺めた。
子供の頃から使っていたシドのマグカップが割れてしまったため、それを機に家族全員でお揃いのマグカップを買ったのだ。シドの青いマグカップはまだ一度も使っていない。
 
「姉さん」
 と、浮かない表情で、ヤーナが顔を出した。
「どうしたの?」
「エレーナが帰って来た。リビングでテレビに釘付け」
 テレビではシュバルツに関する情報が流れ続けている。エレーナはテレビの前でクッションを抱いて心配そうに眺めていた。
「そう……」
「シドから連絡は?」
「ないわ」
「……心配だね」
 
少し前に、シドと電話をしたことを思い出す。いつも強がりなシドが、弱音を吐いた日。
 
「外の様子はどう?」
 と、ヒラリーはキッチンを出てリビングに移動した。
「ずっと騒がしいよ。みんな気が立ってる」
 と、ヤーナが答える。
 
まだ明るい時間帯だというのに外は薄暗く、時計を見なければ時間がわからないほどだった。
テレビではゼフィル城の様子から街の外を飛び交っている魔物の様子、そして死霊島の様子と、シュバルツがいた時代を振り返る特集が流され、時折街の中で避難している人々の様子も映し出された。
 
「今日の夕飯、何食べる?」
 と、ヒラリーがエレーナに声を掛けると、こんな時になに?と言いたげに振り返った。
「食べないわけにはいかないでしょ?」
「食欲なんかない」
「そう言わずに。ヤーナちゃんは?」
「あるものでいいよ」
 と、ヤーナもエレーナの隣に腰を下ろした。
「最後の晩餐になるかもしれないのよ?」
 ヒラリーの言葉に、二人は驚いて振り返った。
「ちょっと。縁起でもないこと言わないでよ……らしくない」
 と、ヤーナ。
「少し大げさに言っただけよ。──不景気になったら、贅沢はできないわ」
 ヒラリーは悲しげに笑う。
「なら尚更、今から贅沢せずに食材を節約しておいたほうがいいんじゃないの?」
 と、エレーナが言う。
「それもそうね」
 
ヒラリーは落ち着かない様子でまたキッチンへ戻って来ると、床に膝をついて両手で顔を覆った。不安で泣き出しそうになるのを必死に堪える。──私がしっかりしないでどうするの? と、自分に何度も言い聞かせる。
これまでだって様々な困難を乗り越えて来た。だから今回もきっと、大丈夫。
 
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「航空機のドルバードを用意したわ」
 ゼフィル城、西の塔の屋上でリアが電話を掛けた相手はマッティだった。
 
屋上にはドルバードに似せた航空機が50体用意されている。偵察機として使われることもあるこのドルバードは逃亡中のシェラを捉えたことがあった。きらりと光りを反射した目はカメラのレンズになっている。
 
『感謝するよ、王女様』
「ただし、アールちゃんたちの様子は死霊島に入ってからよ。なるべく組織に居場所を知られたくないの」
『わかってる。緊急放送の映像もわざわざありがとうな。助かったよ』
「10秒にまとめるの大変だったのよ」
 と、微笑する。
『お偉いさんは話が長いからな』
「ほんと失礼な人ね」
『なにを話すにも丁寧すぎるんだよ。難しい言葉を並べちゃって回りくどい。もっと簡略に話しゃいいのに。たった10秒でも伝わるってことがわかったろ? 子供にも伝わる簡単な言葉が一番いい。バカな大人も理解出来るしな』
「父もよく言ってるわ。長々と話すのがめんどくさいって」
『ははは!』
「演説の内容はいつも母に頼んでいるし。威厳が無いのよね」
『昔と違って、今はゼンダ国王のようなお方のほうが愛される。──んじゃ、雑談はこの辺で』
「ドルバードの指示はあなたが?」
『俺の知り合いに遠隔操作が得意な奴がいる』
「そう。顔が広いのね。それじゃあ、成功を祈っているわ」
 
リアは電話を終えると、並んでいるドルバードに手を翳した。
 
「さぁ、行きなさい。歴史をその目に焼き付けて、世界の人々に今起きていることを伝えるのよ」
 
スペルを唱えると、一斉にドルバードが羽を羽ばたかせて上空へ舞い上がる。
四方八方へと風を切って飛んで行った。
 
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死霊島に入るゲートが4カ所ある。アールチームはサンズの森へ来ていた。ゼンダからの情報通り、サンズの森の奥に今は使われていない休息所スペースがあり草が生い茂っていた。壊されて枯れ果てた聖なる泉を見つけ、ゼフィル兵が瓦礫を退かすと地下への扉があった。
 
「私が先に行きます」
 と、第一部隊の司令官、イーサンが言った。彼はアールに付いていた。
「ありがとうございます」
 アールは彼の後に続いた。
 
地下通路を歩きながら、カイのことを思う。無事に任務遂行出来ていればいいのだけれど。もしも命にかかわるようなことがあっても、モーメルから授かった護符で一度は凌げる。シューティングゲームなどでよく見かける残機(ライフ)がひとつ増えたようなものだろうか。
 
「アール様」
 と、先頭を行くイーサンが話しかけてきた。
「はい」
「あなた様とご一緒出来て光栄です」
「いえ、そんな……」
 こういうとき、なんと返したらいいのかわからない。
「私はこの戦いで命を使い果たそうと考えていました」
「…………」
「私は自分が生まれて来た理由をずっと探していました。この任務を任されたとき、漸く私の居場所が見つかった、私の生まれて来た意味を見つけた、そんな気がいたしました」
「…………」
「ですがあなたは、命を持ち帰ってくださいと言った」
「はい……」
 
通路を進んだ先は行き止まりになっており、突き当りの足元にゲートの魔法円が刻まれていた。敵が待ち構えているのではないかと思ったが、その心配はなかったようだ。
一同はその場に腰を下ろし、ゲートが開くのを待った。
 
「私は正直、迷っています。命を持ち帰ることに」
 イーサンはそう言って、虚空を眺めた。
 
アールはゲートを眺めながら思いめぐらせた。あなたにご家族は? 家族は無事に帰って来ることを望んでいるんじゃないの? 生きて帰ってきた未来にだって価値はあるはずだ、なにも死ぬ必要はないんじゃないか。そんな子供でも考え付きそうなことばかりが頭に浮かぶ。でも、どの言葉もきっと彼の心には届かないだろうとも思う。
 
「命をかけて戦って帰ってきたら、燃え尽き症候群になりそうですね」
 と、アールは苦笑した。
「そうです。私はそれが怖い。私の価値が無くなってしまいそうで」
「自分の価値は自分だけが決めるものではないと思いますよ」
 アールは抱えていた膝を伸ばした。
「私の価値を他人が決めるのですか?」
「そうです。誰かにとって、あなたは必要不可欠な存在になることもあるから」
「誰からも必要とされなくなったら悲しいですね」
「自分の価値を高めて成長していけば、自然と人から必要とされる人間になるんじゃないでしょうか。自分には価値が無いと諦めて人としての成長を怠ってしまうと、周りから人はいなくなる」
「…………」
 イーサンは考えるように視線を落とした。
「フマラって知ってますか? 昔はゼフィル城で働いていたけど、今はいろんな理由で働けなくなった人たちが住んでいる町です」
「えぇ、もちろん」
「穏やかに暮らしてるんです。中には家庭を持った人もいて、幸せそうに」
 フマラの家族を思った。本当の家族ではないけれど。
「私の生き甲斐は、最前線で戦うことです。田舎でのんびり暮らすなど考えられない……。勿論、そういった生き方を否定はしませんが」
「生き甲斐なんて環境の変化で変わっていくものなんじゃないですか?」
「私はそうは思いません。戦えなくなった時が、私の終わりなのです」
「でもそう思っているのって“今”ですよね」
「未来では考えが変わっていると? そうかもしれませんが、私は今を生きているので」
「未来の自分に期待はしないんですか?」
「…………」
 イーサンはアールと目を合わせた。
「それに、今あなたに死なれては困る状況が、きっと戦いの終わりまで続くと思うんですけど……いつ自分の終わりを判断するおつもりですか?」
 困ったように言うアールに、イーサンも困ったように笑うのだった。
 
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カイチームがゲートからホルキス荒野に出ると、第一部隊のアジトとなっている建物の裏に出たが、案の定見張りが立っており、すぐに戦闘となった。
 
「ここは私にお任せを」
 と、一人の兵士が請け負い、カイは透明マントを覆ったまま建物へ向かう。
 
透明マントのおかげでまだ誰にもカイの姿は見られていない。ただ問題なのは、どこに死霊島へ続くゲートがあるのかわからないことだ。アジトの建物は二階建てだが115mとだだっ広い。トランシーバーから新しい有力な情報が入るのを期待しながら、カイは慌ただしく外へ飛び出して行く組織を横目に建物へ侵入した。
 
「現れたのはゼフィル軍だ。それもたったの20人。グロリア一味の姿はない」
 と、廊下を歩く二人の男が話している。カイは端に移動して息を潜めた。
「注意を引き付け別方向から攻め込んで来る可能性があるな」
「持ち場を離れぬよう指示してある」
「第二区と三区からの情報は無いところを見ると、ここに絞って来たのだろう。やはり死霊島へのゲート狙いか」
 ムスタージュ組織第一部隊のアジトは第一区から三区まである。カイチームが指示の元攻め込んだのは第一区だ。
 カイはぎくりと体を強張らせながらも耳を澄ませた。ゲートの場所がわかるかもしれない。
「そんなところだろうな。島の上空からの侵入は結界によって不可能、海は魔物を放ってる。攻め込んできても魔物に苦戦している間に陸から攻撃を受ける。それら全て把握済みなんだろう。ただ、ここのゲートから死霊島に入るしかないとわかっているわりには人数が少ない」
 
──ん? とカイは小首を傾げた。各方面に設けられている緊急用ゲートについて触れる気配がない。緊急用ゲートについては組織の中でもごくわずかな人にしか知られていないという情報は事実のようだ。
 
「だが誰構わず攻撃対象と見なしているように見える」
 二人組の男は足を止め、窓から様子を眺めた。ムスタージュ組織第一部隊とゼフィル兵が散らばって戦っている。
「“鍵”を知らないのか。それとも、知っている上でこの場にいないと判断して暴れているのか?」
 
──鍵? この場にいない?
カイはより一層注意深く二人の会話に耳を傾ける。
 
「これだけ騒ぎを大きくしているところを見ると、注目を引き付けている間にゲート探しに動いている連中がいるのかもしれん。鍵とゲートの在処はそう簡単には知られることはないだろうが、組織に裏切者がいないとも言い切れんからな」
「先を急ごう。敵の動きが読めなくなった以上、最善の注意を払って動く必要がある」
 と、組織の二人組は足早にその場を後にした。
 
カイは周囲を見回し、人がいない瞬間を見計らってアジト内をくまなく探索しはじめた。アジトへ連れて来たのはたったの20人。そんなに長く時間稼ぎは出来ないだろうと思いながら窓から外を眺めると、四本足の魔物が組織の連中に跳びかかっているのが見えた。ゼフィル兵の中に魔物使いがいるようだ。たったの20人とはいえ、こちらも粒ぞろいである。
 
『──カイ、状況は』
 と、小型トランシーバーからゼンダの声がした。
 周囲に誰もいないことを確認し、小声で応答する。
「アジト内を調べてる。広くてゲートが見つかる前に俺が見つかりそう。でもほとんど外に出払ってる」
『アジト内は手薄か。ならばゲートは建物外の可能性があるな』
「さっきたまたま組織が話してんの聞いたんだけどさ、ゼフィル兵を見て『誰構わず攻撃対象と見なしてるように見える』とか『鍵を知らない』とか『知っている上でこの場にいないと判断して暴れてるのかも』とか言ってた」
『鍵……』
『──カイチーム、こちらロッキー。アジト西出入り口から侵入。外は荒野が広がっており、ゲートを隠す場所は無いと思われます。地下がないか調べてみます』
『なにもない場所になにもないとは限らない』
 と、ゼンダ。
『──カイチーム、こちらアンディ。交戦しながら周囲を調べてみます』
「…………」
 カイは複雑そうに微笑した。
 
「カイチーム」と言われて嬉しいが、自分はコソコソしてばかりだ。ゲートを壊すことが目的だから戦いを交える必要は無いのだが、一応軍を率いているリーダーとしてもっと動かなければならないのではという気持ちになってくる。
かといって下手に動いて問題を起こしても迷惑をかけるだけだ。
 
「引き続き内部を調べまーす……」
 と、カイが言った。
『カイ。奴らの会話から察するに、ゲートを開く鍵は誰かが持っていると思われる』
「あぁ、なるほどぉ……。じゃあ魔術師? でもどうやって鍵っ子魔術師を捜すのん?」
『一先ず新しい情報が入るまで内部の調査を頼む。くれぐれも見つかるんじゃないぞ』
「ねぇ、もうその鍵っ子をゼフィル兵が倒しちゃったなんてことない? 誰かまわず……って話してたしさぁ」
『シュバルツがいる死霊島へ入る鍵を持った重要人物が安易に命の危険に晒される場へ出向くとは思えん』
「なーる。確かにぃ。了解した! 新しい情報早めにお願いしまーす」
 なるほど、の略である。
 

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