voice of mind - by ルイランノキ


 世界平和13…『弱さ』

 
死霊島への緊急ゲートがあるトキ池に訪れたのはルイチームだった。用心のため、休息所からゲートを使ってトキ池から少し離れた場所に移動してきたのだが、組織の姿も魔物もおらず、静かに濁った2500平方メートルほどの池が広がっているだけだった。
情報ではこの池の底にゲートがあるという。
 
「どうやって池の水を抜きますか?」
 と、ルイチームのひとりの兵士が言った。
「風の魔法で外へ流しますか」
 ルイがそう言いながら池に近づいたとき、小さな魚がぴょんと跳ねた。
「ではわたくしが」
 と、名乗り出た兵士にルイは手の平を向けて「ちょっと待ってください」と言った。
「魚がいるようです」
「はあ……」
 と、小首を傾げる。
「可哀想なので、どこかへ移してあげましょうか」
「正気ですか?」
「僕がやりますので、皆さんは周囲を見張っておいてください。魔物や組織が現れたときは対応をお願いします」
 と言い、ルイはポケットから地図を取り出した。
 
ここから一番近い池を探し、移送魔法で魚だけでも移せないかと考えたが、残念ながら距離がありすぎてこの場所だけで事を済ませるのは難しい。
 
「池を割りましょうか?」
 と、ひとりの兵士が言った。
「池を割る?」
「おそらくこういったものは中央にゲートがあると思いますので、中央まで池の水を割って道を作り、中央に結界を立てれば多少は溢れてしまいますが魚への被害は最小限に抑えられるかと」
 アールが訊いていれば海を割ったモーセを思い浮かべていたことだろう。
「可能なのでしたらお願いします。しかしどうしてそのような魔法を習得されたのですか? 液体を動かす魔法はめずらしいですよね」
「液体を動かすといいますか、風の魔法一種なのです。幼い頃から風を起こすことは得意でして、父に『得意なことを伸ばして自信をつけてから苦手なことに挑みなさい』と言われ育った結果、距離に限りはありますが、海を割ることも可能に」
「それは素晴らしいです」
「風の魔法は極めると便利ですよ」
 と、兵士は手を翳して風を起こすと、下から吹き上げる風で池の水を左右に割って道を作った。思っていた通り、中央にゲートがある。
「鬱陶しい敵は風で吹き飛ばせますし」
「戦闘不要ですね」
 と、笑う。
 
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死霊島から50キロメートル離れた場所にあるハズレ小島に向かっているのはヴァイスチームだ。海を船で渡る予定だったが、航空機ドルバードを通してハズレ小島に組織の姿を捉えたゼンダがしばらく待機するよう命じ、その間に城から小型機のスーパーライトを飛ばした。
空挺兵が操作するスーパーライトにはミサイルがついているが、アールたちが死霊島へ入るまではあまり騒ぎは起こしたくないため、機体を隠す透明マントを覆っていた。しかし音まではかき消すことが出来ず、ハズレ小島にいた組織が海岸に設置していた大砲を放ったため、それを合図にスーパーライトもミサイルを発射して応戦した。
 
ハズレ小島にいた組織を殲滅したあと、機体は待機していたヴァイスたちの元へ向かい、彼らを連れてハズレ小島に下り立った。
 
「この騒ぎで緊急用ゲートから死霊島へ侵入を目論んでいることが知られるな」
 ヴァイスチームの兵士が言った。
 
島にあるゲートは上空からわかりやすい場所にあったためすぐに見つかった。もちろん今はまだ閉じられており、使うことはできない。
ヴァイスはゲートの側にあった横倒しの丸太に腰かけた。ゼフィル軍は隣には座らず、地べたに腰を下ろした。
暫くして、島を探索していた3人の兵士が戻って来た。
 
「北西の海岸に船がありました。組織は船でここへ渡ったようです」
「…………」
 ヴァイスは無言で目を向けて応える。
「わざわざ船を使うということは、このハズレ小島から繋がっているゲートは死霊島へのゲートだけで他は無いということでしょうね」
「……そのようだな」
「だが、組織は個人ゲートを使える者が多い」
 と、地べたに座っている兵士の一人が言った。「すぐに対応できるよう、警戒はしておこう」
 
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一方、シドチームはハズミ村の跡地でボーンメッシュを討伐していた。住処になっていただけあって少し手こずったが、20人も連れていれば10分もかからなかった。
かつてここに村があった形跡は、かすかに残っている家の瓦礫くらいである。
ゲートはハズレ島と違ってすぐには見つからなかったが、兵士の一人がなんの変哲もない場所の小石が混じった砂を足で払って発見した。
 
「あとはカイが仕事をこなすのを待つだけだな」
 と、シドはシキンチャク袋から水筒を取り出して水を飲んだ。
「ボーンメッシュの血の匂いを嗅いで他の魔物が集まって来るかもしれません。周囲の警戒は我々にお任せください」
 と、ひとりの兵士が指示を出して配置に付かせた。
「あんまりここで体力使うなよ?」
 シドはそう言って水筒をしまうと、ゼフィル兵から少し離れて携帯電話を取り出した。
 
木に寄りかかり、自宅に電話を掛けた。
 
『シド! 大丈夫なの!?』
 と、切羽詰まったヒラリーの声が飛び込んできた。
「あぁ。そっちは?」
『……大丈夫よ。ただ、町は騒ぎになってるわ。町の外では魔物が増えているようなの』
「一応、避難所にいつでも行ける準備をしといてくれ」
『わかってる。……ねぇ、シドは大丈夫なの?』
「大丈夫だって」
『本当に?』
「……なんだよ」
 ドク、ドク、と心臓が鈍く脈を打った。
『……シド、家族には、仲間には、大切な人の前では弱さを見せてもいいのよ』
「…………」
『それは決して弱さじゃないから』
 シドは奥歯を噛んで顔を伏せた。
「……おまえは?」
『え?』
「強がってんのは姉さんも同じだろ」
『…………』
 
強くありたいから、弱さから目を逸らす。弱さを見せれば、自分は弱いのだと認めてしまうことになる。
だけど、弱さを認めて強くなる方法だってあるはずだ。
 
「俺は正直怖い。興奮してんのか恐怖なのか手の震えが止まらねんだ」
 と、携帯電話を持っていない右手を眺めた。小刻みに震えている。
『……私も怖いわ。なにもかも。これまでの日常が壊れて世界が混乱しているこの状況も、町に魔物が入って来るかもしれない恐怖も、シュバルツが目覚めたことによって起る災いも、今後どうなっていくのかわからない漠然とした不安も、シドを失うかもしれない恐怖も……』
 
だけど、恐怖を越えた先に、きっと光があると信じたい。
 
「……全部、取っ払うつもりだから、待ってろよ」
『…………』
 電話の向こう側で、ヒラリーのすすり泣く声がした。
「聞いてんのか? 全部、俺らが取っ払って、お土産持って帰るから待ってろ」
『うん……わかった。ご馳走を用意して待ってる』
「あぁ、肉多めで頼むわ」
 シドは笑って、電話を切った。
 
ゼフィル兵の元へ戻ると、蟻の魔物ビッグアーマイゼが集まっていた。シドはすぐに刀を抜いてゼフィル兵に手を貸した。
 

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