ル イ ラ ン ノ キ


 ≪2≫ 救 世 主 の 女


 
あるとき私の前に救世主が現れて、そして脆く崩れていった。人が転落してゆくのを目の当たりにした私はそのとき頭に絶望しか浮かんでこなかった。
希望なんてどこにあるんだと。
 
私は元々口数が少なく、友達はそんなに多いほうじゃなかった。それでも私にとってはそれが一番過ごしやすく無理をしないでいられる環境だった。
そんなある日、転機が訪れた。隣のクラスの男子から告白をされたのだ。彼とは話をしたことはなかったけれど、よく知っていた。女子に人気があったから。一番人気というわけではないし、彼よりかっこいい男子はいたけれど、サッカー部で目立っていたから知っていた。
放課後の、誰もいなくなった教室で告白されて、嬉しかった。でもそれは私も彼に好意を寄せていたからじゃない。単純に、好意を寄せられて、ドラマでしか見たことがなかった“告白”をされたことが嬉しかったのだ。
 
「ありがとう。でもごめんなさい」
 
私は断った。気持ちは嬉しかった。でも、彼のこと何も知らないのにOKは出来なかったから。これから少しずつ彼のことを知って、私も彼のことを好きになれたらいいなと思っていた。
 
「そっか、わかった。でも気が向いたときはいつでも言って」
 
彼は冗談半分でそう言って、笑わせてくれた。──でも、その一連の流れを偶然廊下から見ていた女子がいた。その子はその目で見たことを周囲に言いふらした。その中で、彼に気が合った女子を中心に私へのイジメが始まった。
男遊びをしている尻がる女だとありもしない噂を流され、信じた人からも暴言を浴びせられ、数少なかった友達も離れていって、孤立した。
 
高校生活に希望を見ていた。勉強して、人並みに恋をして、新しい友達も出来たりして。──そんな希望。普通のこと。でもすぐに消え去った。
私の思い描く未来は、真っ黒い墨で塗りつぶされた。
 
イジメはエスカレートして、体に痣が増えていった。冬は制服が長袖だから隠せるところも、夏になればそうもいかない。毎朝、鏡を前にファンデーションで痣を隠した。
 
高校二年に上がったとき、私の前に救世主が現れた。
 
「イジメなんて最低。クズがすることだよ。恥ずかしくないの?」
 
転校生だった。きりっとした顔立ちで、正義感溢れる人。私は彼女の背中に抱きつきたくなるほど彼女の力強さを感じた。
 
でも、あっという間にその正義感がへし折られる。
イジメの対象が、彼女に変わったんだ。
 
私はずっと続いていたイジメから逃れることができた。彼女が私の代わりになってくれたから。でも、助かったなんて思えるはずもなかった。
私は客観的に“自分”を見ることができた。──“私”がいじめられている。バケツに入ったトイレの水を浴びせられている。ハサミで髪を切られている。何度も同じところを蹴られている。やってもいない罪を着せられている。やむ事のない言葉の暴力も浴びつづけている。それを面白そうに見ている傍観者。
 
そこにいたのは少し前の、“わたし”。
私はこんな風だったんだと、転校生を通して私を見ていた。
 
ある日、私はいたたまれなくなって学校の終わりに転校生の後をついて歩いた。本当は校舎の玄関で声をかけるつもりだったのに、勇気がなくてタイミングを逃してしまい、ストーカーのように後を追うばかり。
コンビニの前を通り過ぎたとき、彼女は突然体の向きを変えて路地裏に入り込んだ。慌てて後を追って路地裏に回ったけれど彼女の姿はどこにもなかった。この辺りに家があるとは思えず、きょろきょろと見回していると背後から声がした。
 
「なんか用?」と。
「えッ……あ……」
 
彼女が腕を組んで立っていた。その姿はとてもいじめられている子には見えなかった。しっかりと大地の上に仁王立ちをして、ちょっとやそっとじゃ倒れそうにない。
 
「用がないならつけてこないでくれる?」
 
鬱陶しそうに言われ、私は肩を落とした。すると彼女は小さくため息をついた。
 
「ごめん。言い方きつかったね」
「え……ううん」
「特に用がないなら帰りなよ。私と一緒にいないほうがいい」
「あ……」
 
彼女は優しかった。彼女の正義感は、崩れてなんかいなかったんだ。
 
「ごめんなさい……私のせいで……」
「あんたのせいじゃないよ」
「でも……」
「そんなことより、あんたにはもっとやらなきゃいけないことあるんじゃないの?」
「え……?」
「イジメられる側にも責任があるって、よく聞くでしょ。あんたの場合、別に悪いことなんかしてない。でもイジメられてたんでしょ? おかしくない?」
 
なにが言いたいのか、さっぱりわからなかった。
 
「あなたがもっと、イジメの対象として選ばれない人間なら、こんなことにはならなかったんじゃないの。例えば彼に告白されたのが隣のクラスの国枝さんだったら。あの子、しっかりしてるし正義感もあるし、いじめの対象にされてもそのまま受け入れることはしないでしょ」
「…………」
 
受け入れた覚えなんかない。でも、結果そうなってしまってる。弱さにつけ込まれたのかもしれない。
 
「ま、いじめるほうが圧倒的に悪いとは思うけどね」
「どうして……どうしてそんなに強いの?」
 
彼女も、“受け入れない”という選択肢を取れたはずなのに。
 
「え、強そうに見える……?」
 と、突然動揺を見せた。
「えっと……学校では……凄く辛そうで見ていられないほどだけど……いま目の前にいるあなたは凄く強く見えたから……」
「あぁ、なんだ。ならよかった」
 
安堵して笑った表情は、可愛らしかった。
 
「今、大事だよ」
「え……?」
「自分を変えてくチャンス。私を利用しなよ。今は誰もあんたのことなんか見てない。みんな私にくぎづけなんだから」
 
そんな言葉でイジメを表現できた彼女は、いったい何者だったのだろうかと、高校3年に上がったときに何度も思った。
彼女は嵐のように現れて、クラスにあるゴミを巻き上げて去っていった。
先生の話によれば、親の都合で転校したとのことだけど。
 
「ねぇ、一緒に帰らない?」
 そう声を掛けてきたのは、2年の始めまで私をいじめていた女子だった。
「うん、いいよ!」
「てかさ、また愚痴聞いてくれる? 元カレの!」
「聞く聞く!」
 
嵐が去ったあとの教室は、とても綺麗だった。私の肌も、痣があったことなんてわからないくらい綺麗に完治して、今はまた、光り輝く希望が見える。
 
━━━━━━━━━━━
 
「──いちまい、にまい、さんまい、よんまい」
「まさか全部数えるつもりかね」
 
校舎の立ち入り禁止の屋上に、転校したはずの彼女がいた。私服姿で茶封筒に入った札の束を数えている。
 
「確かめねーと」
「ちゃんと約束通り、用意したよ」
 と、彼女と話すのはこの学校の校長だった。
「そ? あとで確認して一枚でも足りなかったら学校に爆弾しかけて爆破するから」
「おいおい、それは大問題だな。──それより、すまなかった。あんな目に遭わせて」
「別になんともねーよ。こんな大金貰っていじめられっこの役やるだけだし。まぁ22にして高校生の格好して違和感ないってのが屈辱的だけど」
「それにしても、よくイジメがおさまったな……教えてくれないのかい?」
「こっちも商売なんで」
「校長として情けないよ。金で解決するしかないとは……」
「別に情けなくなんかないだろ、世の中にはいじめ問題から目を逸らして『うちの学校ではイジメなんかありません』とか嘘ついてる輩も多いんだし。それに、イジメはなくならないよ。どこにでもあるし、おさまっても一時的だ。あんたはあんたのやりかたでいじめと向き合っていきゃいいんだよ。こっちは儲かるし」
「はっはっはっ! そのようだな」
 
彼女はお金の入った茶封筒をポケットに押し込んだ。
 
「いじめてた子、家庭に問題があった」
「そうなのか……聞き出したのかね」
「まあね。聞き出したのは私じゃないけどね」
「君の仲間かい」
「あぁ、イケメンでね。彼氏になって聞き出したんだよ」
「騙したのか!」
「まー、騙したってことになるけど、安心しなよ、お手手繋いだだけだから」
「ほんとうか」
「つか今時の高校生はセックスくらいするだろうけどね。こっちは仕事なんで、『大事にしたいから』つって手は出してないよ。んで、もう別れた」
 
校長は複雑な表情で苦笑した。
 
「心のケアはしといたから。今後も必要になれば出ていかなくもない。結構余分に金もらったし」
「助かるよ」
「じゃあね、と言いたいけど誰かに見られちゃまずいから学校終わるまで屋上貸してよ」
「あぁ。ところで君のよろず屋サイトのアドレスを教えてくれないか。間違って消してしまって、検索したんだが見つからないんだよ」
「見つからないよ転々としてんだから。もう利用しないで済むよう、がんばんなよ。校長せんせー」
 
そう言って笑った彼女は上着のポケットからタバコを取り出して、一本吹かしてみせた。
 

end - Thank you

お粗末さまでした。150528
修正日 221227


≪あとがき≫
シリーズ物の2話でした。

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©Kamikawa
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