ル イ ラ ン ノ キ


 6…協力者。



「黄巾の乱について昨日やったと思うが中国統一までの流れを復習してきたやつはいるか?」

瑞江は世界史の授業を受けながら、有村ほのかのもうひとつの“眼”の視線を感じていた。彼女の後頭部にある眼は、瑞江が席に座ったのを見計らっていたかのように姿をみせる。有村ほのかの頭が揺れる度に彼女の髪が頭部にある眼の前を行ったりきたりする。

頭部にも顔があるみたいだ……。

得体の知れないものにじっと見つめられていると気分が悪くなってくる。なるべく見ないようにはしているが、黒板に顔を向けるとどうしても視界に入ってくる。授業に集中など出来るはずもなかった。

長く感じた授業が終わり、逃げるように立ち上がると胃から何かがぐぐっと込み上げて来た。思わず口を塞ぎ、有村ほのかの後頭部からじっと見ている眼を睨み返し、トイレに駆け込んだ。うす気味悪い視線をずっと感じていたため緊張状態だったからか無意識に空気を飲み込んでいたらしい。便器に今朝の朝食を吐き出すと同時に溜まっていた空気もゲェと排出した。身体が震える。小刻みに震えている両手を眺めながら、あの眼に怯えていた。

排出物を流し、教室に戻った。教室のドアから一歩入った瞬間からどんよりとした空気がまとわり付く。クラスメートは皆、会話をしながら思い思いの休憩時間を過ごしている中で、瑞江だけが今にも雨が降りそうな湿っぽい嫌な空気を全身で感じている。その原因がどこにあるのかも、瑞江だけが知っている。

「……有村さん、ちょっといい?」
 意を決して声を掛けると、有村ほのかは瑞江を見上げ、直ぐに立ち上がった。
「あ、赤井さんか……今日はなんかいつもより目が悪くて」
「そう……」

瑞江は話があると言って有村ほのかを連れて教室を出た。その後ろ姿を松原が見送っていたが、その視線に瑞江は気が付かなかった。人気の少ない渡り廊下に移動し、後頭部にある眼についてどう切り出そうかと頭を悩ませた。

「どうしたの? なにか言いにくいこと?」
 と、空気を読んだ有村ほのかは不安げに訊く。
「あ……あのさ」
 瑞江は息をついて、話し始めた。
「言いたくなかったらごめん。有村さんの視力って、病気なの?」
「え? うーん……お医者さんが言うにはどこにも悪いところは見当たらないって。精神的なものかもしれないから、あまり気に病まないようにって言われてる」
「でも……霞んで見える程度じゃないんだよね? 人の顔も認識できないくらいなんでしょ?」
「調子が悪いときはね」
 と、有村は苦笑いを浮かべた。
「変なこと……言っていい?」
「…………」
 瑞江がなにか言いづらそうなことを伝えようとしているのを感じ取り、有村ほのかは複雑な表情を浮かべ、言った。
「赤井さん、もしかして赤井さんも私が嘘ついてると思ってる?」
「え?」
 予想外の展開に、瑞江は目を丸くした。
「証明できないから疑われてもしょうがないけど……」
「ち、ちょっと待って。誰かに疑われたの?」
「え……? うん。赤井さんは違うの?」
「疑ったことなんかないよ。それに」
 と、一瞬言葉を詰まらせた。
「それに?」
「私……有村さんのうしろに嫌なものが見えるんだ……」
「…………」

二人の間に、沈黙が流れた。瑞江は直ぐに詳しく話そうとはしなかった。まずは彼女の反応が知りたかった。反応次第で詳しく話していこうと思った。

「え、嫌なものって……?」
 有村は怪訝そうに顔をしかめた。「からかってるの?」
「からかってない。信じてくれないかもしれないけど、有村さんの後頭部に……眼があるように見えるの。ていうか、あるの。二つのぎょろぎょろした眼がいつも後ろにいる私を見てる」
「…………」

有村ほのかの表情は、疑わしそうな目から怒りの目へと変わった。

「気持ち悪いこといわないで!」
 立ち去ろうとする有村の手を、瑞江は咄嗟に掴んだ。何が何でも信じてもらわなければいけないと思った。
「冗談を言ってるんじゃない! 嘘だったら教室でみんなから変な目で見られるくらい突然悲鳴を上げたりしないよ!」
「…………」
「演技でそんなことしない……」
「……あのときの悲鳴って」
「有村さんの後頭部にある眼が見えたから」
「……うそ」
「私も信じたくない。怖くなって昨日学校休んだ。眼のことについて散々調べた。私の頭がおかしいんだと思って病院にも行った。なんならお母さんに訊いてもらってもいい。でも異常はなかった。それで……考えられるのはひとつだけ」

──何かが取り憑いているのかもしれない。
そう口にすると、有村ほのかは絶句したように言葉を失っていた。

立ち尽く二人を動かしたのは休憩時間の終わりを告げるチャイムだった。有村ほのかはなにも言わずに瑞江の手を振り払い、ひとりで教室に戻って行った。瑞江は浮かない表情で歩き出すと、死角になっていた場所に松原が立っていることに気づいた。

「今の話、マジ?」
「聞いてたの? 最低」
「様子がおかしかったから気になったんだよ」
 と、二人で教室に向かう。「──で、マジなわけ?」
「嘘ついてどうすんの。気味悪がられるの覚悟で言ったんだよ」
「じゃあなに、席が一番後ろだったときに言ってた“なにかついてる”ってのは目玉だったってことか」
「だろうね。遠くてはっきりとは見えなかったけど」
「つかお前霊感とかあるんだな、そういう奴今まで会ったことなかったわ」
「私もだよ。急に見え出したの。って言っても、有村さんの後頭部に住み憑いてるものだけ。他はなにも見えない」
「そりゃまたなんか意味ありげだな」
「でしょ? ……松原君」
 と、瑞江ははたと立ち止まり、松原を見つめた。
「なんだよ」
「ていうか松原君は信じてくれるんだね。感動」
「はぁ? まぁあの空気見てりゃ冗談言い合ってるようには見えなかったし、お前が異常な行動とってたのもやっと理解できたしな」
「ありがとう……。でも有村さん、信じてくれてないようだった」
「そんなことねんじゃね? やばそうな青ざめた顔してたぞ。半信半疑なんだろうけど。なんなら俺も協力してやるよ」
「ほんと?!」
「オカルト好きなんだよ、俺」
「あぁ……そっちね。心配だからとかじゃなんだ」

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