ル イ ラ ン ノ キ


 7…心当たり。



「昔さ、話したの覚えてない? 『もし人の後頭部に眼があったらどうする?』って」
 と、瑞江は学生時代を思い出しながら言った。
「あー、なんか言ってたね。本人が気づいてなくて周りの人にも見えてなかったらってやつだよね。私なんて答えたっけ。黙ってるって言ったかな」
 と、電話越しに由愛が言う。
「うん。信じてもらえなかったら痛い人と思われるだろうからって」
 瑞江はそう言って、卒業アルバムに載っている有村ほのかの顔写真を指で撫でた。
「あれなんだったの? その質問と有村さんとなにか関係あるの?」
「……うん。“もしも”の話って昔からしてたじゃない? もしも無人島に行くとしたら、とか、もしも明日世界が終わるとしたら、とか。その流れでもしも人の後頭部に……って話したけど、あれ、実際にあったことなんだよ」
「え、どういうこと?」
「私の前の席にいた有村ほのかの後頭部に、眼があったの」
「…………」
「私にしか見えてなかった。黙っておくことは出来なかったの」

━━━━━━━━━━━

放課後、瑞江は後ろから有村ほのかに声を掛けたが、彼女は瑞江を無視してそそくさと教室を出て行ってしまった。しかし直ぐに彼女の後を追ったのは松原だ。驚かせないように無邪気な笑顔で話しかけ、引き止めた。そこに瑞江が合流すると有村は沈んだ表情をみせたが、覚悟を決めたのか話を訊くことを了承した。

誰もいなくなった教室の中央で、瑞江は有村ほのかと向かい合わせに立った。松原は教室の前の廊下で二人の様子を眺めている。

「話の続きだけど」
 と、瑞江は切り出した。
「うん……」
「私は別に有村さんを怖がらせるために言ってるんじゃないってこと、先に伝えておくね」
「うん」
「私だけが見えることになにか意味があるとしたら、なにか力になれるかもしれないと思ったの。私が考えているのは、有村さんに取り憑いている“眼”が、有村さんの視力となにか関係があるんじゃないかってこと」
「え……視力と……?」
「そう。だって原因不明なんでしょ? 無関係とはまだ言いきれないと思うの」
「…………」
「それで訊きたいんだけど、なにか心当たりはない?」

──と、そのときだった。
有村ほのかの顔がぐりんと後ろを向いて、後頭部にある見開いた目が瑞江を凝視した。

「ないないないないないないないないないないない」
「ひッ?!」

凍りつく瑞江に、有村ほのかは何事もなかったかのように顔を戻し、言った。

「心当たりは……ないと思う。心霊スポットとか行かないし……」
「い、今のなに……」
「え?」
「いま……今」
 と、心臓をバクバクさせながら廊下を見遣ると、松原が目を丸くして唖然としていた。
「なに? どうしたの……?」
 有村ほのかは不安げに二人を見遣る。
「有村さん今……」
「やめとけ」
 と、教室に松原が入ってきた。「変に怖がらせない方がいい」
「でも……」
「なに?! 話してよ!!」
「顔が……有村さん自分で気づいてないの? 顔が後ろ向いて後頭部の眼を向けながら『ないないない』って言ったんだよ」
「言ってない……そんなこと言ってない! そんなことしてない! してないよね?!」
 恐怖で顔を歪めながら、松原にしがみ付いた。
「俺も見た……」
「や……やだ! やだやだやだ! きもちわるい!!」

有村ほのかは叫びながら両手の爪を立てて後頭部を掻き毟った。バリバリと皮膚を裂き、指先は血で赤く染まっていった。

「やめろ有村ッ!!」
 松原が必死に彼女の手首を掴んで止めようとしたが、有村は尚も暴れ続けていた。

瑞江は顔を引き攣らせ、後ずさりをした。私のせいじゃないと、反芻しながら。そして恐怖で泣き崩れ、床にうずくまってしまった。しゃくりあげながら泣いている彼女を呆然と力なく見下ろす瑞江の目には、赤い血でベトベトになった髪の毛をまとわりつかせながら見上げている“眼”が映っていた。

「怖いのは分かるが、落ち着けよ。落ち着いて考えろ。ほんとに心当たりはないのか? 有名な心霊スポットじゃなくても、墓場とか、なにか出そうなトンネルに立ち寄ったとか」
「……わからない」

困った松原は、どうするんだ? と、瑞江を見上げる。松原の視線に気づいた瑞江はハッと我に返り、有村の傍で膝をついた。

「いつからか……覚えてる? いつから目が悪くなってきたのか」
「入学式だと思う」
 と、か細い声で答えた。
「高校の? じゃあその日か、その日より前に、普段行かないような場所に寄ったり、なにかしたりしなかった?」
「…………」

━━━━━━━━━━━

「それで?」
 と、由愛が短く問う。
「由愛覚えてるかな。街外れに二階建ての廃墟があったの。近くの川に遊びに行ったとき、あの建物なんだろうねって話してた」
「どこ?」
「大野川の、『ごみをすてないで』って書いてあった河童の看板があったところだよ」

河童の看板は当時子供たちの間では有名だった。看板に描かれている河童の絵が全然可愛くなくて、その看板がある付近は子供たちが安心して川遊びが出来るようにと川の隣に浅い人工川が設置されていた。夏休みになると必ず子供たちが集まり、調子に乗った男子が本川に飛び込んで怒られる、というのは毎年の恒例となっている。

「あぁ、思い出した。昔の小さい木製の学校みたいな建物だっけ。学校にしては洋風な」
「そう。有村さん、入学式の前日に立ち寄ったらしいの」
「何しに?」
「引っ越してきたばかりで道がわからないから覚えようと思って、近所を自転車で走ってたんだって。そしたら──」

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -