小さな幸せ

HTF | word count 2809
春の日のフリフレ。人によってはCP要素有り。


 爽やかな風が、辺りに漂う甘い香りを運んでいった。もう随分と遠くなってしまった雪景色を思い浮かべながら、麗らかな春に感謝した。
 無造作に転がっているバスケットを胸の中へ引き寄せる。それを抱え込んだまま、その柔らかな大地へと体を委ねることにした。自分の体が宙に浮く感覚と同時に、視界が溢れかえった花で埋もれる。数秒遅れて、隣でも花が舞う。花の蜜に紛れるようにして彼も春の小さな楽しみを味わっていた。

「いい天気だね。……少し寒いけど」

 うん、本当にいい天気だ。彼の声に返すわけでもなく、心の中で思った。なんていい日だろう、と。晴れ渡った空が眼前に広がっていて、飴色の光が大地へと降り注いでいる。暖かい空気と差し込む日差しに目を細めながら寝返りを打つと、そこには彼――フリッピーがいた。

 彼は寒いのが苦手で、雪景色が窓を染める時期はいつもベットに大きな塊を作っている。僕はそれを「冬眠」と呼んでいるが、我ながら的を射ていると思う。
 いつもなら、雪が止めば冬眠から目覚めるけれど……今年はやけに寒く、窓の外が緑に変わっても彼は冬眠から目覚めることはなかった。
 その緑が淡い桃色に変わる頃、やっと彼は長い冬眠から目を覚ました。いつもは伸びている背筋が、布団が覆いかぶさり丸いシルエットになっていた。無駄に高いその背丈と不機嫌な顔も相まって、熊みたいだった。

 毎日のようにまだかまだかと家の前で待ち伏せしていたのは、今思い返してみても変態だと思う。けれど、ずっと鳴らし続けたインターホンへの返事が返ってきたときと言ったら! もう子の成功を喜ぶ親のような気分だった。まだお目覚めではない様子の彼に一言投げかける。

「フリッピー、早く服着替えてね! 僕、準備してくるから」

 その勢いで家に帰り、サンドイッチを数個バスケットへと放り込む。ダサいダサいと言われ続けてきた私服を脱ぎ捨て、それなりにお洒落だと思う服に袖を通して家を出た。
 彼の家のインターホンを押すと、今度はしっかり彼の瞳が見えた。透明とも感じられる澄んだ瞳はやっぱり綺麗だと思っている。それを血で染めてしまうなんて勿体無いとも思っているのは内緒だ。
 不明瞭で虚ろな声がおはようと言った。いつもの軍服に着替えてはいたけど、まだ背中は丸まったままだった。会話を交わすことで目が覚めればいいなと望んだ会話は、返した返事で止まってしまった。ああ、もう。本当冬はダメなんだから。もう春だと思いつつ、彼にとっては冬なんだろうなと考える。こんな暖かいのにまだ体を震わせている彼の腕を引っ張り、できるだけ市街地から離れた場所へと足を運んだ。

 少し歩いたそこは僕のお気に入りの場所で、綺麗な花達がまるで僕らを歓迎しているように思えた。バスケットを下ろして、持ってきたシートを広げながら話していると、彼との会話が少し繋がった。
 運動することで目が覚めたのか、はたまた二度寝を諦めたのか。先ほどよりは意識がはっきりしているみたいだ。冬眠から目覚めたばかりのせいか少し肌寒そうだけど、花に止まっている蝶々を楽しそうに眺めていたし、連れてきて正解だったかもしれない。
 ちょうど花が咲く頃なのだ、今は。僕も花は好きだし、たまにはトラブルとは無縁の一日でもいいかもしれない。そんな暖かい気持ちで彼の表情を眺めていると、ふと彼の視線が僕の方へと向いた。

「な、なに?」

 怯えたような声が出てしまったのも仕方がない。何か気分を害してしまっただろうか。やけにゆっくりとした動作で、僕に手を伸ばした。ゆらりと伸ばされた手に、嫌な予感がして身体を強張らせた。
 頭によぎった「あの顔」を一生懸命振りはらい、とりあえずの笑顔を顔にはりつける。じわりとした汗が、僕の体を芯から冷やしていった。
 けれどそれは杞憂に終わり、いつものように顔を崩してふにゃりと笑った。それはあの低い声ではなくて。いつもの柔らかな声で、

「ほら、ちょっとこっちおいで!」
「え? ちょ、ちょっとフリッピー!?」

 訳のわからないことを言いながら手招きをした。僕を彼と向かい合うように座らせると、彼はそのまま背後に回って座り込んだ。何かされるんじゃないかとビクビクしていると、案の定僕の頭に手を伸ばして、なにやら髪をゴソゴソといじり始めた。
 余り手入れのしていない髪だから、少し……いやかなり恥ずかしい。手を振り払おうと横目で彼を見ると、まるで花が飛んでいるかのような笑顔だった。その楽しそうな顔になんだが気が緩む。

 やっぱりいつものフリッピーだ。そういえば、この前も助けてくれようとしていたのに、酷いことをしてしまったな。やはり自分は、少し臆病になっているらしい。
 そんなことを考えていると、どうやら用事は終わったらしく、髪をいじっていた彼の手がすっと離れた。
 名残惜しく感じるとともに、髪の毛に何か違和感を感じる。小さく手を触れてみれば、髪が引っ張られている感覚と共に、甘い香りが僕の花をくすぐった。甘い蜜に誘われて、そっと手を動かしてみると、冷んやりとした薄いものが手に当たった。

「これ……お花?」
「うん、そうだよ。そこに綺麗なお花が咲いていたから。……よく似合っているよ」

 花みたいな笑顔で何を言っているんだろう、彼は。顔に熱が集まっていくのが感じられて、縮こまるようにして彼の笑顔から目を逸らそうとした。けれど、彼の顔が視界から完全に消える前に急に彼が手を掴むものだから、身体を強張らせてまた彼の顔を見てしまった。

「どうせまた僕なんかにって思っているんだろう? そんなことないよ。フレイキーはかわいいよ」

 やっぱり彼は何を言っているんだろう! 春の風がやけに暑く感じられて、じわりと服に汗が滲む。あまりの衝撃で身動きが出来なくなってしまった僕に、彼はそっと手をのばして――。

 細い指が頬に触れると、その冷たさで余計恥ずかしいということを自覚してしまう。そのまま頬をなぞりながら、彼はにこりと微笑んだ。僕の顔は赤いのに、彼は白いままだった。自分の肌と僕の肌を比較しているようで、余計彼の手が冷たく感じられた。

 どれくらいそうしていたのだろう。きっと僕がそう思っているだけで、彼にとってはほんの短い数秒だったんだろう。どうしていいか分からず、身動きが出来ない僕を救ってくれたのは、彼が空腹によって発した音だった。

「あ……あ、はは。お腹すいちゃった……何か食べるものある?」

 困ったように笑いながら、手を僕の頬から離した。困っているのは僕の方だ。けれどお腹の音がなってくれて助かった。どうしていいか分からなかったし、作ってきたサンドイッチも無駄になるところだったから。
 食べ物を欲するようにお腹を鳴らし続ける彼に、サンドイッチを一つ手渡した。きっとろくに食べ物も食べていないんだろう。家に引きこもって寝てばかりでは体に悪い。来年の冬には彼に毛布でもプレゼントしよう。
 白いデイジーが、僕らを囲むようにして咲いていた。

フリッピーとフレイキーは公式で仲良しだし、いっぱい絡ませたい。
人によってはベーコンと感じるかもしれませんがですが、自分の中でフレイキーは女の子として書いています。

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