死なない世界で死ぬ

HTF | word count 4381
シリアス風味のフリフレ。設定捏造しています。


 幸せの木の下。
 誰もが死んで誰もが死なない街。それは一見矛盾しているようで、当たり前の日常茶飯事だった。この街では死ぬのが当たり前だ。そして、死なないのが当たり前だ。

 理不尽なことで死に、一日経ったら生き返る。当たり前のように生活していく僕たちからは、死への恐怖と罪悪感が薄れていく。
 けれど僕は、未だに死ぬのが怖いと思う。そして、彼も死ぬのが怖かった。

 空が澄みきっていて、小鳥が鳴いている。そんなうららかな日。死からもっとも近くて遠い街に、軍人さんがやってきた。少し彩度を落とした緑色のベレー帽に、森を描いた迷彩服。帽子の影から覗く瞳はまんまるくて、温厚で親しみやすい人物だった。初めは少し戸惑っていたみたいだけど、その優しさと真面目さで、すぐにみんなと打ち解けた。

 彼にあったのは確か、ちょうどいい気温が心地よい日だったと思う。

 街の中心にある木の下には、ちょっとした広場があり、普段は小さい子供達が思い思いに遊んでいるけれど、今日はそんな子供達はいない。
 代わりに、広場の中心には丸い人だかりができている。なんだろうとのぞいてみれば、輪の中心には、緑色の帽子がひょこひょこと忙しなく揺れていた。

 住民に囲まれながら、緑色の軍人さんは戦争から帰ってきたとは思えない優しい笑顔を、住民に振りまいていた。どんな人だろう。気になるなあ。お話ししてみたいなあ。彼の瞳はそう思わせる親しみやすがあった。

 和気藹々と軍人さんとお話ししている輪の中に入りたいと思っても、弱虫な僕には少し入りづらかった。そんな僕に気づいたのか。はたまた違う誰かに言ったのか。
 けれど確かに、彼は僕の目を見ておいでと言った。

 僕は元々赤いけれど、それでも軍人さんを見たとき真っ赤になっていたと思う。恋に、落ちたのだと思う。

「やあ、こんにちは。君もここの住人なのかな?」
「はっはい、そうです……え。っと、フレイキーって言います……」

 聞かれてもいないのに、自己紹介をしてしまった。すぐに気づいて取り消そうとしても、口から出てしまってはもう取り消せない。変な人かと思われただろうか。挨拶をしたら自己紹介をされた、だなんて。赤い顔を隠すようにしていた頭上で、かすかに空気が揺れた。

「僕はフリッピー。よろしくね、フレイキー」

 猫の寝顔のような笑顔は、彼が軍人であることを忘れさせる睡眠薬だったのだろうか。ぎこちなさも社交辞令も何もない、自然な笑顔だった。花が咲くように、とは彼のためにある言葉なのだろう。

 その後のことは、浮かれすぎていてよく覚えてない。優しい人だったと思う。良い人だったと思う。こんな人が、と思うぐらいだ。さぞかし辛かったのだろうに、傷ひとつない笑顔は、それを忘れさせるような優しいものだった。

 けれど、やはり彼にも暗い何かがあるのだろう。妙な壁があったことだけは覚えている。一歩引いたような佇まいは、自分たちと彼との間に、一本消えない線を引いているようだった。
 確かにそこにあってないものは、彼と僕達を阻む壁となっていたのだろうか。

 ある日、木の実を集めに森に入った。籠がいっぱいになり、空も赤みがかかってきた頃だったと思う。

 うつむきながら歩いている僕の瞳に、綺麗な花が映った。見覚えのない花だったから顔をあげてみると、どうやら道に迷ってしまったようで、知らない場所にいた。
 ポツポツと脇に咲いている花をたどって行けば、どこか出られるかな。人工的に植えられたような花だったから、先には何かありそうだと考え、フケまみれの髪を揺らして、鼻歌を歌いながら道をたどった先に、彼がいた。

 白い花が揺れる草むらで、一人で立っていた。小さく揺れる草木の名前は知らない。でも、綺麗だなとは思った。
 もう少し近くで見てみたいと思ったけれど、彼が気になってなるべく声が震えないように呼びかけてみた。まあ、無理だけど。

 彼は小さく肩を揺らして、ちらりと振り返った。怯えたような顔をしていて何かしたかなと思ったけれど、ただ単に驚いただけみたいだった。僕の姿を視認すると、小さく手を降って僕の方に近づいてきた。

「やあ、こんにちは。君は確か、フレイキーだったよね」

 軍人さんが笑って僕の名前を呼ぶものだから、顔が発火したみたいに熱くなった。きっと真っ赤になっているであろう顔をごまかすために俯いていると、返事をしない僕を心配したのか、彼が僕の顔を覗き込んだ。

 視界に端で見えた緑色に、反射的に顔を上げると、彼の丸い瞳が見えた。僕と目があうと、彼はニコッと笑って安心したように

「びっくりした。嫌われちゃったのかなって思ったよ」

 穏やかに笑いながら言った。

「そ、そんなことないです……」

 嫌うなんてとんでもない。僕はあなたのせいで顔が熱いですよ。もう話したくないと思う反面、もっとお話しできるだろうかと思ってしまう。お話ししたいな、そう俯いた顔を彼の方へ向けようとしたときだった。

――パチンッ

 どこかで小さく弾ける音がした。音のなった方に目をやれば、木に風船が引っかかって割れてしまっていた。この辺りは木々が少ないから、どこからか飛んできたものなんだろう。
 びっくりしちゃったけど、軍人さんに笑われていないだろうか。そうだったら恥ずかしいな、と再び顔を向けようとしたときだったとおもう。

 裂けるような鈍い音が、衝撃と共に聞こえた。ゆっくりと入っていく物体に一瞬冷たさを感じたが、すぐに痛みでかき消された。ねっとりとまとわりつくような音は、やがてぺちゃりぺちゃりと流れ出るような音に変わっていく。
 鈍い痛みと何かが引きずり出されるような感覚に、反射的にその箇所を手で押さえる。痛み止めにならず宙を切った手には、べっとりと血が滴り落ちていた。
 その赤色に酷く動揺し。自分の体に目をやると、ナイフで刺されたような跡がかすかに視認できた。

 これは日常茶飯事かもしれないけれど、でもここに僕を殺すようなヒーローとか、盲目の人とか、青い死神とかそんな死亡フラグ達がいるわけではない。
 痛い。そう叫ぼうとしたけれど、できなかった。代わりに、潰れたような悲鳴が体内に木霊した。だって、口が潰されてしまったから。

 立て続けにナイフが眼前に迫っていた。またまとわりつくような音がして、片目が真っ赤に染まり、視界が奪われる。掻っ切るような笑い声はとても低く、薄れていく意識の垣間見た 顔は、確かに緑色のけれど赤色に染まった彼の顔だった。

 そうして僕は、彼に殺された。

 まあ翌日には生き返るわけで、昨日見た軍人さんの顔を思い出していた。
 開かれた瞳孔と、獰猛な顔つき。まるでその血肉が愛おしいかのように吊り上がる口の端からは、小さく牙が覗いていた。
 ああ、思い出すだけでも怖い。本当に彼だったのだろうか。そうだ、きっとあれは夢だったんだ。全部夢だったんだ。きっとあの広場に行ったら軍人さんがいて、穏やかに笑っているんだ。

 そう考えてベットから跳ね起きた。別段何か支度をするわけでもないけれど、せわしなくドレッサーの引き出しを開け閉めしてしまう。何度も鏡の目をやった後、玄関の扉を開けた。軍人さんにあいにいくため。
 まあその必要はなかったけれど。

「わあ! 軍人さん!」
「へ、わっ! フレイキー!?」

 扉の前に軍人さんがいた。
 お互い驚いて尻餅をついて、痛みにお尻をさすりながら軍人のほうを見た。夢のことは全て吹っ飛んでしまい、その空いた空間に挨拶をしなくては、という命令文が書き加えられた。

「お、おはようございます……どうしたんですか?」

 少しどもってしまったけれど、ちゃんと挨拶できたはずだ。でも彼は、その挨拶を返すこともなく一目散に逃げていこうとした。
 よっぽど焦っていたのか、転んだり足をぶつけたりして、結局一歩も動くことはできなかったけれど。

「だ、大丈夫で……」

 その言葉を遮るように、彼は大声をあげた。おばけだ、と。

「おばけじゃないです……僕、生きてます」
「でも、昨日確かに――」

 声が小さくなって口ごもる彼を見て、やっぱり夢じゃなかったんだなあって。そういえば彼は、最近ここに来たばかりだった。
 それじゃあお化けと思っても別段不思議ではない。それならば教えてあげなくては。

「その、ここじゃあ死んでも、次の日になったら生き返ってるんです……」

 彼の不安を取り除こうと説明したその言葉は、報われたのだろうか。いや、きっと間違いだったのだろう。彼は、

「そんな……嘘だよ……だって、じゃあ、あの戦争はなんだったんだ……」

 寂しそうに澄んだ瞳を揺らし、か細い声を発しながら肩を震わせていた。慌てふためく僕を傍目に、彼は一つ、暖かい雫を目から零した。
 暖かいと思ったのはなぜだろう。けれど、彼の心はきっと暖かくて、彼から流れる雫も暖かいはずだと思った。

 ここで慌てふためくのは場違いで、そしてこの世で最も意味のないことだと悟った。彼にかける言葉は、僕は生憎持ち合わせてはいないからだ。普段コミュニケーションをとりもしない小さな脳みそは、気の利いた言葉を考え出せるはずもなかったから。
 けれど彼を放っておくこともできないし、そもそも自分が巻いた種なのだろう。
 目の前でただ立ち尽くしている僕は、彼の瞳に映っていただろうか。それとも、ただ一方的な独り言だったのだろうか。
 けれど彼の言葉は、誰かに向けての言葉だったのだろう。

「僕はね、たくさんの人を殺して、それで今ここにいるんだって。他人事なのは、僕はそれを覚えていないからなんだ。本当軍に入ったばかりの頃、僕のせいで仲間を失った。色々限界だったんだんだろう。僕の中にはもう一人の僕ができたんだ」

 小さく笑った顔が、とても優しい理由。それがわかった気がした。

「そのもう一人はね、僕を怖がらせないために生まれてきたんだ。だから僕、とっても怖がりなんだ。そのせいで、僕と僕の境界線がふやふやにとけちゃったんだ。まるで涙で濡らした絵の具のように。だから、ナイフとか銃声とか、怖いものを見たり聞いたりしちゃうと、彼とのスイッチが切り替わっちゃうんだ」

 きっと、もう一人の彼が軍人さんにとっての睡眠薬だったんだろう。
 僕は死ぬのが怖い。みんなだってそうだ。けれどもう、薄れてしまったのだろう。けれど薬のような恐怖に、彼は今でもどっぷり浸かってしまっているのか。
 なら、彼にかける言葉に戸惑うことはないのだろう。僕はできるだけ優しく声を発するように心がけて、口を開いた。どうしても震えてしまう声にもどかしさを感じながら、彼に向かって声を発した。

「じゃ、じゃあ僕がその切り替わってしまったスイッチを、また切り替えればいいと思うの……僕、怖がりで泣き虫で、悲鳴をあげることしかできないけど……」

 それは、子供の遊びのような言葉だけど、彼は丸い目をさらにまるくさせて、満面の笑みを僕に向けた。
不意打ちで真っ赤なる顔を隠しながら、僕が彼の目覚し時計になれたらと小さな願望を抱く。
 やっぱり、優しいのだ。彼は。

ハピツリ考察です。
死亡フラグのフリッピーは元軍人だって言うけど、自分から殺しに行くスタンスだったり、生き返ってしまうならそもそも戦争にならなかったりで、きっと彼のいた世界っていうのがあって、きっとトリップ的な感じなんだろうなと思います。

深夜に書くと、不純物が混ざりに混ざったもはや文とは言えないものが出来上がってしまいます。
文の書き方を知りたいし、まずは根本的な語彙をだな……。
無駄に長いのは愛ゆえです。

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