黄泉戸喫2

「おはようございます猫市さん、御気分は如何ですかな」
「…久、楼…せんせ…?」
砂糖の、甘い匂い。
全身黒尽くめで、一昔前の軍人みたいな雰囲気を持った先生にはそぐわない。
でも、慣れてしまえば人間、何も感じなくなる。
「皇先生の狙いは貴女であります故、そう迂闊に眠らない方がよろしいかと思われますが」
「具合が、悪かったんです…」
体を起こして、ベッドから出る。
放課後の夕焼けがシーツやカーテンを赤く染めていた。
久楼先生は、夕焼けを受けてもなお、黒いままだ。
「下校時刻であります。くれぐれもお気を付けて」
「…さようなら」
鞄を掴んで、のろのろと保健室を後にした。
甘い匂いは、もうしなかった。


廊下に出て、昇降口へ向かう。
ふと前を見ると、黒い影が歩いていた。
細くて、今にも折れてしまいそうにたおやかな。
「先生っ」
私は、期待してたんだ、きっと。
あの夢が、本物だと信じたくて。
かりそめなんかじゃないんだって。
「何でしょう」

振り返ったその顔に、笑顔はなかった。

凍り付くような、冷たい視線。
「あの…何でも、ないです…」
「そうですか。もう下校時刻です、速やかに下校してください」
「はい…」
規則的な足音を刻んで、足早に去って行く背中に、白い煙が巻き付いているように見えた。
それよりも、滲んだ景色の方に違和感を覚えてしまって、目元を拭う。
廊下に落ちた涙の一雫を、影ちゃんが飲み込むことはなかった。


黄泉戸喫
もしも、あのチョコレートを食べていたら、何かが変わったんだろうか。


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