赴任二日目1

図書室に流れ込む朝風が、カーテンを静かに揺らす。
混じりけのない澄んだその風が妙に気に食わなくて、窓を閉じようと手を伸ばす。

「すみません」

背後から突然かけられた声に、手が止まった。

「少しお時間を頂いても、よろしいでしょうか」

ひとの良さそうな笑みを浮かべた男が一人。
少し前に赴任してきた先生、だったような気がする。
皇先生に次いで即座に赴任してきたものだから、奇妙に思って覚えていた。
新しい担任に対して、正反対な色をしていたせいかもしれないけど。

「何かご用ですか、藤崎先生」

何故か驚いたらしく、藤崎先生は目を見開いた。
淀んだ瞳に映し出される、私の姿。
ぐずぐずと腐りきった蓮の中に埋もれたようで、実に不快だ。

「名前、ご存知なんですか」
「朝礼で自己紹介なさってたでしょう?」

言葉に棘が含まれないように注意しながら、笑顔を作る。
納得したのか、藤崎先生は弱々しい笑みを取り戻した。
男って、単純。

「あなたにしかお願いできないことがありまして…。ですから、少しお時間を…よろしいでしょうか?」

藤崎先生は、風に吹かれれば倒れそうなという形容詞がよく似合う教師だった。
見るからにひ弱そう、不健康そうな外見をしている。
今にも倒れそうに思えてならない。
こんな男が力づくで私をどうこうしようとは思わないだろう。
が、念のため。

「すみません、今はちょっと…調べ物があるので」
「そうですか…。では、またの機会に」

しなを作って遠回しに断ると、案外あっさり引かれてしまった。
身構えていたのに、拍子抜けする。
柔らかな笑顔そのままに軽く頭を下げて、藤崎先生は本当に図書室の扉へ歩いて行く。
今どき流行の草食系男子とはよく言ったものだ。
なんだか、本当に補食されてしまいそう。

「あぁ、一つだけ」

その言葉と同時に立ち止まり、藤崎先生は一冊の本を手にする。
見覚えのある、背表紙。
想師と書かれたその本から、抜き出すように取り出されたのは、小さな、指の先に乗るほどの、見覚えのある形で。

「種子を仕込むなら、人があまり手に取らない図鑑などの方が良いですよ」
「!」
「人に借りられてしまっては、あなたが目論んでいることに、支障をきたすでしょう?」

振り返りもせずにそう言った教師の顔は、伺い知れない。
ただ、先程までと似つかない声の抑揚は、紛れもない変化の証。
身構えて、種子を発芽させる準備を整える。
問題ない。
その気になれば、殺すまで行かずとも、この場で黙らせる事は出来る。

「どこまで、知っているんですか」
「お願いごと、聞いて頂ける気になりましたか。浅間さん」

種子を、本を元の位置に戻し、教師は振り返る。

「質問を質問で」
「ここでは何ですから、別の場所へ行きませんか。自主学習へ来る勤勉な生徒が巻き込まれるのは、好ましくありません。最も、あなたの能力を不特定多数に開示したいと仰るのでしたら、話は別ですが」

顔に宿る笑顔は、なにも変わっていない。
その根の部分に暗い色を、私の中の何かに似たものを感じ取れるようになったこと以外は、なにも。


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