世界の引金
 会議が終わるまで待っててと言われたので、彩羽は誰もいないのをいいことにロビーのソファーに転がっていた。
「あんた、見かけない顔だな」
「……ボーダー入隊の件で、呼び出されまして」
 空間を見つめてぼんやりとしていれば、どうやら自販機に飲み物を買いに来たらしい前髪をカチューシャで上げている男に声を掛けられ彩羽は起き上がる。
「へぇ、……呼び出されるってことは実力あるんだ。俺、米屋陽介。名前は?」
 彼は面白いものを見つけたかのように笑みを作る。
「羽藤彩羽。ここでの実力がどんなものかはわからないですけど、……弱くはないと思いますよ」
 少し挑発的な瞳で見返すと
「なら、少し相手になって貰おう」
 と、後ろから両肩をポン、と叩かれた。
「え、忍田本部長!?」
 忍田の登場に米屋は目を丸くする。米屋の驚いた様子に彩羽が手の主を見上げると、会議室で警戒していた男の一人がいた。
「近衛騎士団長殿のお手並みを拝見したいと思ってな」
「……ボーダー本部長殿には及びませんって」
 お互いが、笑った。強者と戦うのは、なんでこんなにも胸が躍るものなのだろうか。
 そんな二人を見て陽介は「お!」「お!」と、二人を見比べていた。




―――――



 あれから軽く小一時間後、ようやく会議が終わり(会議と言っても玉狛に黒トリガーを持たせる代わりに……とゆう交換条件の押し引きだったのだが)外に出ると何やら練習用ブースが騒がしい。ロビーに彩羽は見当たらない為、彩羽を探すついでに迅と林藤はそっちへ足を運んだ。
「お、迅さんに玉狛の林藤支部長!」
 一歩入るとモニターには彩羽と彩羽の基本データを取るために席を立った忍田。その戦いに目を奪われていると、米屋が二人に気づき近づいて声をかける。
「忍田本部長からの伝言で、ちょっと羽藤を借りる。との事です」
「おう、サンキューな」
 林藤の返事を確認して、米屋はモニターへと視線を戻す。
「しっかし、何者ですか羽藤彩羽。忍田本部長と一時間戦いっぱなしですよ」
 しかも、と米屋は続ける。

「一回も緊急脱出せず」





「流石は“ノーマルトリガー最強の男”ですね」
「……米屋か」
 ブースに入る直前に米屋から教えられた情報を口にすれば、忍田は軽く笑った。
「そんな情報貰わなくても他の隊員との格の違いが滲み出てましたから緊張感はありましたけどね」
「今はもう無いのかな」
「まさか!指先の動きですら警戒してますって!」
 お互いが一撃を繰り出した瞬間だった。
“忍田本部長、忍田本部長。お客様がお見えです。至急お戻りください”
 流れたアナウンスにお互い目配せをする。
「……あら、残念」
「誘ったのは私なのにすまないな」
「いえいえ、……目的が達成できているといいんですけど」
「やはり気づくか」
「そりゃあ、気づきますよ」
 忍田は苦笑し、彩羽はあっけらかんと笑う。
 それぞれブースを出れば遠巻きのギャラリーの少し空いた空間に玉狛の二人と米屋、そして離れたところでは会議室にいた隊員達が思い思いの場所で彼らの様子を見ていた。
「すまん、羽藤を借りていた。玉狛は良い拾い物をしたな」
 それじゃあ、先に失礼する。と、忍田は全員に力強い笑みを向けて去って行く。
「忍田さんも良い拾い物してるんだけどな」
「アレは彼が命の危機に瀕した時しか正体を明かさないと思いますけどね」
 そんな迅と彩羽の呟くような会話に米屋が割り込んだ。
「羽藤さんすげーな!あの忍田本部長と一時間も渡り合うなんて!」
「いやー、忍田本部長は結構手加減してくれてたよー。データ収集も兼ねてたからねー」
「それでもすげーよ!俺とも勝負しようぜ!」
 米屋の誘いに「お、」となり、自分はいいんだけど……と、迅と林藤の二人を窺う。林藤は困ったように苦笑いしていた。
「いいよ、行って来い。って言いたいのは山々なんだけどな」
 迅が米屋の頭にポンと手を置く。
「また今度、正式に入隊してからな」
「えー」
 不満げに口を三の字にする米屋。
「まぁ、仕方ないか。絶対だからなー!」
 米屋に手を振って別れ、本部を出ると外にはレイジが車で迎えに来ていた。
「あの米屋って人もまぁまぁ強いですね」
「そうだな。ちなみに、太刀川さんはアタッカー一位だよ」
「おおお、流石は慶さん……」
「本部には戦闘好きなのとかうじゃうじゃしてるから対人訓練には持って来いだぜ」
「でも、実戦はチーム組んでることが多いですよね?チーム対個人も出来ますか?」
「……やる気満々だな」
「どうせやるなら最高の状態の相手とやりたいじゃないですか」
「ごもっともだ。そんで」
「「叩き潰す!」」
 と、素敵にハモリを決めた。迅と彩羽のお互いの手を握りしめるまでに発展した会話に林藤が苦笑した。



―――――



「そういや、米屋も三輪も彩羽と同い年だよ」
 玉狛支部の談話室で寛いでいると、迅が思い出したように言った。
「まじですか」
 どら焼きを頬張りながら、今日会った二人を思い出す。
(うん、年相応に人生してんなー)
 なぜか上から目線である。人生経験は、自分が上だと言えるからだ。なんせ、密度が違う。あのふたりが今、経験していることは彩羽は二年前に体験しているのだ。





(……でも、まだまだこれから)
 人それぞれ、成長のキッカケは違う。
 ずずっ、とお茶を飲み干し、ぽすり。とソファーの背もたれに身を預ける。彩羽が軽く目を閉じたのは今日を振り返る為だったが、気づくと小さく寝息が聞こえはじめていた。



Back to Home
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -