世界の引金
「一度、本部に話しといたほうがいいだろ。もしかしなくても呼び出しかかると思うからその時はよろしくねー」
 と林藤支部長に言われたのが一日前。
 面倒だし、どうせ呼び出されるなら一緒に行っちゃえ!と迅さんに本部へ連行されたのが二時間前。
 そして今、私は迅さんからの呼び出しを待っている間会議室横のイスに座っていたのだけど、ドカリ、と音を立てて横に座ってきた男の人にガン見されていてだいぶ居づらい。
(私も見ず知らずの気になる人ガン見してるときこんな感じだったのかな、気を付けよう……)
 そんなことを考えて現実逃避していたら、なんと、横の人が話しかけてきた。
「アンタ、見慣れない顔の上に私服だけど、なんの用があってここにいんの?」
 ごくごく、当たり前な素朴な疑問だと思う。彩羽の心境としては「あ、ここ会議室だったんですか!いやー、迷子になっちゃって、疲れて座ってたんです!今すぐ立ち去りますね!」とか言ってもの凄く立ち去りたい。が、立ち去ってしまうとボスと迅さんが困ってしまうので、どうしようかと考える。
(迅さんなら見つけてくれそうだけど、この人と後で会うかもしれない可能性を考えるといっそ誤魔化さないほうがいいよね……)
 ここは、自分の勘でいくしかない。彩羽は腹を括って隣の男を見た。
「……あれ、慶さん」
 横にいたのは太刀川 慶。まさかの隣ん家のお兄さんだったことに目を丸くすれば、彼も驚きの表情でまじまじと彩羽を見ていた。
「なんで彩羽がここに……」
 その説明をしようと思っていたんですよ、と彩羽が口を開きかけたところで、タイミングがいいのか悪いのか会議室の扉が開いた。
「彩羽、入って。太刀川さんもそんなところで油売ってないで」
 迅が二人に声を掛ける。
「今から今しようとしてた話するから」
 彩羽は頷いて扉へと向かう。が一歩前で止まり、太刀川を振り返る。
「慶さん先に入らなくていいんですか?」
 会議に出るんだから相当上にいる人なんだろう、そんな人の前に私が入っていいのだろうか、と彩羽的には気を使ったつもりだったのだか、ほんの一瞬口元を緩めた迅を見た太刀川は一瞬で自分が彩羽よりも先に入った場合の会議室内の空気を察し「先に入れ」と、彩羽と迅を促したのだった。

「連れてきました。この子が先ほどお話した羽藤彩羽です」
 迅の紹介に一礼をする。
 ボーダー上層部、確かにこの手の空気に慣れていないと威圧的、緊張感のあるものかもしれないが……
(どうってことはないな……)
 いつ自分が殺されるともわからない国に外交に行ってた経験を舐めるな。ただ、品定めされてる不快感はいつまでも慣れないけどな!とゆうのが彩羽の本音である。
(実力者は一番偉そうな顔に傷のある男、左側の奥に座ってる一見優しそうな男……あとは強い兵隊が数人……)
 彩羽が不快感に負けじと品定め返しをしていれば、少し遅れて太刀川が入ってくる。
「太刀川です。遅れて申し訳ございません」
「早く座れ!話が進まん!」
「はい」
 太刀川に反応したのは目の下にクマのあるぶよんぶよんの外見が狸みたいな男。
「鬼怒田さん。あんまり怒ると血管切れちゃいますよー」
 鬼怒田さんと言うらしい。迅さんにもプンスカしてた。うざそうだが意外にも可愛いらしいかもしれない。きぬたぬきとゆう単語が頭を駆けていった(鬼怒田+たぬき=きぬたぬき)。

「羽藤と言ったか。近界に住んでいたというのは本当か?」
 一番奥の傷のある男、城戸指令が彩羽に問いかける。
「はい、五歳くらいから二年前までの十年ほど近界にいました。親は捜索願を出していたそうなので、調べていただければわかるかと思います。むしろ私の墓あります」
 今となっては笑い話!的なギャグチックに言ってはみたが、笑いは取れなかった。
「その国の名前は?」
「花と泉の新緑の国“フェイシー”」
「なぜ戻ってこれた?」
「その国が滅びる間際、その国の国王が私を帰すために玄界への門を開けてくださりました。玄界と国が周回上隣接していなければ私は玄界に戻ることなくまた別の近界に飛ばされていたでしょう。制約があったようで、どこにでも自由に門を開けられるというわけではなかったと記憶しています」
「何故滅びた?」
「他国と紛争状態にあり、負けたからです」
「どこの国と戦争をしていた?こちらを攻めてくる可能性は?」
「残念ながら国の名前はわかりません。こちらを襲ってくるかどうかもわかりません。言える事は、その国はやたら好戦的だという事と」
 ひとつ間を置いて彩羽は城戸を見据える。
「私はそいつらを見間違えたりしないという事だけです」
 特に表情の変化は見せず、城戸は話を続ける。
「君は黒トリガーを所持していると報告を受けているが」
「はい。必ず手元に返却してくださると、誓ってくださるなら……私は、いくらでも調べていただいて構いません。でも、無理だと思います」
「無理?嫌の間違えではなく?」
「はい。黒トリガーがもしかしたら嫌だと拒絶するかもしれないんです。触って頂ければわかると思うのですが……」
 そう言って彩羽は鎖骨の下まである髪を束ねて上にあげ、首飾りの形を模している黒トリガーを見せる。
 一瞬、会議室内に沈黙が流れた。いや、城戸と彩羽しか話していなかったため最初から静かと言えば静かだったのだが。彩羽の行動に全員の思考が一瞬止まったのだ。次の瞬間には、え、どうすればいい?いや、誰か行くべきなんだろうけど、え、誰行く……?と沈黙の中のどよめきが走る。言うなれば、空気が揺らいだとゆうことだ。
「自分では外せないんです。それと、玄界に戻ったばかりの頃の経験からの推測ですが、私以外の人が触れようとすると皮膚に潜って痣になるんです。……誰かに試して頂けると早いと思ったのですが……」
 周りも困っていたが彩羽も困っていた。
「俺が」
 そんな空気の中、立ち上がったのは太刀川だった。
「……触るよ」
「はい」
「なんか、太刀川さんのその発言えっろいなー」
 小声で茶化してくる迅を太刀川が一睨みする。彩羽の後ろに回り、黒トリガーに触れた。……否、触れようとした。
「……ッ」
 太刀川の全身を駆けた電流。これが、相当なものだった。小さく生まれておっきく育つー!ではないが、第三者が見ている限りは静電気に触れた感じ?という反応なのだが、次の瞬間にはもう太刀川は倒れている。
 今度は正真正銘のどよめきが走った。これは玉狛も彩羽も知らない事実で一番びっくりしたのは本人だろう。
「慶さん?!」
「近づくな!」
 太刀川に差し伸べようとした彩羽の手を払いのけたのは、ずっと警戒していたのか、瞬時に間合いを詰めた三輪だった。
「元は人間でも中身は近界民に成り下がったか!」
「なに、その言い方……!私が慶さんをどうこうするとでも?!」
「太刀川さんじゃなくても良かったんじゃないか?その黒トリガーでボーダーの戦力を削ぐつもりなんだろうッ」
「ちょ、ちょっと待ってください」
 トリガーを起動し、刃を向けてくる三輪に対し、彩羽は両手を広げて攻撃の意思がない事を伝える。
「考えてください。こんな大規模なところでこんなちまちました事してたら終わんないですよ?それに、殺そうと思ってたらもうやってます。慶さんが倒れた瞬間でも、この部屋に入ってきた時とか。他にも……全員殺すチャンスはありました」
「……ふん、口ならどうとでも言える。国が滅んだというのも本当は油断させるための嘘なんじゃないか?」
 三輪を落ち着かせようと慎重に言葉を選んでいた彩羽も、今の三輪の発言には頭の血管が何本か音を立ててキレてしまった。

「私だって帰ってきたくて帰ってきたんじゃないっ!」

 心からの叫びに、三輪は一瞬ひるんだ。
「アンタが近界民を恨んでるのは初対面でもわかる。その恨み方は大事な人でも殺されたんでしょう。でもね、私だって同じなんだよ!あんな手段も何も選ばない、無関係な国を、人を、巻き込むような奴らと一緒にしないでッ!」
 彩羽が三輪を睨みつける。高ぶった感情からか、いつの間にか痣となった黒トリガーも静かに、強く、光を増していく。
「アンタにも形見とか、あるでしょ。私にとってこの黒トリガーがそれ。これは国王。でも、お妃様、姫に王子、兵士、国の人々。みんなのトリオンと想いが詰まった、これは私にとって国そのものでもある……もう、会えない。アンタと、同じでッ!もう会えないんだよッ!私にはもう、帰る故郷すら無いんだ……!!」
 地団太を踏むわけにもいかず、力いっぱい左足で地面を鳴らす。
 目頭が熱くなり、出てこようとする涙をこらえ、彩羽は三輪から視線を逸らす。
 そんな中、迅は倒れた太刀川を見ていた。

「……なんだ、彩羽。また泣いてるのか」
 目を開けた太刀川の瞳が彩羽を捕らえる。半覚醒のようで目はトロンとしていたが、上半身を起こし、彩羽に手を伸ばす。その優しい声音と、一瞬、緑色に光った瞳に彩羽は太刀川に国王を見た気がした。

「大丈夫だ」
「……、慶さん!!」
 広げられた両腕に飛び込む。彩羽にとっては太刀川も、玄界での大切な人の一人なのだ。
「……城戸指令、問題ないです」
 太刀川は、腕の中で泣きべそかいている彩羽の背中を優しく叩きながら、今度はしっかりしたいつも通りの格子状の瞳で城戸を見上げる。
「問題ないとはどうゆうことだ」
 太刀川の発言に城戸は眉をしかめた。恐らく全員が思っている事だろう。太刀川はどう言ったもんか……と、言いづらそうに口を開いた。
「今、気絶してる時に夢って言うんですかね……フェイシーの国王に会ったんですよ。いや、自分でもこんな体験初めてなんで信憑性皆無なんですけど」
 頭をかきながら複雑な表情で太刀川は続ける。
「伝えてきたことはふたつ。ひとつめ、この……彩羽の黒トリガーは彩羽が死ぬと共に消滅するということ。だから、彩羽以外に使われる気は全くないらしいです。
で、今の俺がなった現象は、他人の手に渡らない為の防衛措置だそうです。実際は触った相手の認識を首飾り、または黒トリガーから“ただの痣”とゆう認識にすり替える、とゆう機能も持っているようですが、俺は説明するように言われたんで見逃してもらえました。ふたつめは……謝罪でしたね。聞きますか?」
 太刀川の目配せに城戸は続けろ、と促すと、太刀川はズボンの後ろポケットから何やら紙を取り出した。
「えっと、『まず、玄界の民を攫ってしまったことをお詫び申し上げる。周回上、玄界が近くなったので、ピクニックがてら玄界の発展具合はどんなものかと偵察に忍び込んでいたところ、運命の導きで森にて迷子になっている彩羽に出会ってしまったのです。私と妃、そして側近は彩羽のあまりの可愛さに胸打たれ、しかし連れて行くことは出来ない、でもこの少女の安否が心配ということで、丁度同行していた先見の能力のあるものに、少女は無事、親に出会えるのかと見て貰うことにしたのです。先見の結果は未来が視えない……私たちの中でそれは死んでしまうという認識でございました。こんなに愛くるしい子を死という絶望から救いたい一心で攫ってしまった。ということを理解して頂きたい。しかし、後日、その先見の者は体調が優れていなかったためテキトーな発言をぬかしたとゆう事実が発覚しまして、言い分としては「どうせみんないつかは死ぬし、間違ったことは言っていない」と反発の態度が態度だったものですから、即刻たたっ切ったわけではございますが。しかし、彩羽には結果として、死よりも辛い経験をさせてしまいました……。わが国ではこの一件だけでございます。しかし、紛争にて玄界の民であろう者を見かけます。我らは彩羽の意思でしか動けませんが、一刻も早いすべての国の和平を望みます。真、身勝手ではございますが……彩羽を、よろしくお願い致します』だそうです」
 長文を言い終わった太刀川を皆が目を点にして見つめる。
 彩羽も顔を上げて太刀川の読み上げる紙を見ていた。
「その紙はなんだ?」
 食いついてきたのは鬼怒田だった。流石は開発室長、自分の知らないものの気配には興味津々である。
「目が覚める前、国王さんに渡されたんでポケットに入れたんですけど、実際入っててて驚きを隠せませんね。恐らくトリオンで出来た物かと思います」
 トリオンにはそんな使い道もあるのか、と感心する鬼怒田だが、太刀川は現実を見ていた。
「でも、あの国王さんの事だからこれも他人の手に渡ったら消える仕組みじゃないですかね」
 そう言って迅に目配せする太刀川。差し出した紙を迅が受け取れば、やはりそれは瞬く間に光の粒子となった。
「あ……」
 彩羽は、久しぶりに見る国王の字に浸っていたため、事の流れについて行けず、手紙の死守に失敗した。
 そして、もの凄くがっかりしていたのが鬼怒田だったが、この人は、作れないことは無いだろうと、頭の中で早速プランを立て始めることで立ち直っていた。
「大丈夫、国王さんも、みんな……彩羽の黒トリガーの中で生きてるよ」
「……うん、ありがとう慶さん」
 彩羽ももう落ち着きを取り戻し、太刀川と共に立ち上がる。そんな流れの中、迅は城戸に向かう。
「わかっている」
 しかし、迅が言葉を発する前に城戸が口を開いた。
「羽藤彩羽の正式なボーダー入隊を認めよう」
 静かに響いたその声に、彩羽は
「ありがとうございます」
と、深く頭を下げたのだった。

 
 


Back to Home
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -