世界の引金
 緩いけど隙は無い。というのが彩羽が感じた玉狛支部の印象だ。
 応接室に集まった玉狛支部の面々と彩羽。
「とりあえず紹介だけさせてねー」
 そう前置きして、迅がのらりと玉狛面々の紹介をし始めた。
「小南は顔見知りだと思うけどこちらは彩羽。彩羽、向かいに座ってるのは我らが玉狛支部のボス、林藤支部長」
 メガネが光った。
「小南、レイジは別にいいか。もっさりしたイケメンとりまる、男女問わずメガネ大好き宇佐美 栞、動物と会話が出来る五歳児陽太郎、そのペット雷神丸(犬)」
「え、どう見てもカピバラですよね……?」
「犬」
 彩羽のツッコみに迅があのドヤ顔で間髪入れず迅が即答する。
「彩羽、雷神丸は犬よ?」
「犬だな」
「犬ね」
「え」
 小南が訝しげに彩羽に犬だと告げると、肯定していく面々。レイジが視線を逸らして息を吐いたのを見て、彩羽は、
(あ、桐絵……)
 と、彼女のどうにも騙されやすい性格を思いだしたのだった。
 紹介されたはいいものの、ここに連れてこられた目的は何なのだろう。とゆう疑問は彩羽だけでなく、迅へ向けて玉狛の面々の顔にも説明はよ。と書いてある。
「じゃあ、皆さんお待ちかねの本題と行きますか」
 顔をシャキッとさせ、ホワイトボードの前に立つ迅。
「近々、近界民と戦うことになる。俺が気がかりだったのは、そこで最悪の結末を辿った人がいたってことだ。会って確信した。彩羽、未来は変えられる。俺のサイドエフェクトがそう言ってる。だから今日、ここに連れてきたんだ」
 全員の視線が彩羽に集まる。
(どうやら、最悪の結末を辿るのは私らしい。死ぬくらいなら私にとって最悪とは言い難い……と、なると)
「あいつらが……」
「……俺は会った事のない奴の未来は視えないから襲ってくる近界民の事はなんとも言えないけど、戦いが起こるのと、その戦いに彩羽が参加するのは確実だ」
「……私が、この黒トリガーの存在が知られてしまうことを臆さないで戦うのなら、あいつらしかありえません。奴らに、復讐できるチャンスが来るんですね……」
「ちょっと待って、彩羽。それ、黒トリガー……?復讐って……」
「うん……桐絵、今から話すね」
 状況を呑み込んできたらしい彩羽が淡々と紡ぎだす言葉に、全員耳を傾ける。
 外では雨が降り始めたらしく、シトシトと窓を叩く音が静けさを際立たせた。



―――

 少し間を空けて、彩羽は言葉を落とし始める。
「私は、十年間……あっちの世界、近界(ネイバーフッド)にいました。今思うと、凄く優しくて良くしてくれる方たちだったのですが、当時は、こっちに帰るために死ぬわけにはいかないし、なんとか生かしてもらえる価値を身につけないと、私を連れてきた国の王様に殺される。と初めは必死でした。そのせいか戦闘スキル等々、成長の仕方は目を見張るものだったらしく、それに加えトリオン量の多さも買われて、数年後、訓練と実戦を重ね、国王の推薦もあり、私はお妃様側近の騎士団長の座に着きました。でも、私の出身が玄界、経緯が……誘拐とゆうことでわけで、否定的な意見の方が多かったです。ゲートを開ける事が出来るのはその国では王族だけですから復讐が目的なんじゃないか、とかね。ま、そこまで心配されるほどうちの国王は民から慕われていたというわけですが」
 ここでドヤ顔を決める彩羽。
「私は、攫われてきたにせよ自分の今の力量じゃ帰れないし、帰り方わかんないし、別に帰ろうとも思ってないし、意外にも国王とお妃様のこと嫌いじゃなかったし、自分の中で答えは決まっていたので、うるさい外野は、自分と他人の能力の差を見せつけ黙らせて、私は堂々と国王とお妃様に忠誠を誓いました」
 懐かしいなぁ……、と脱力してソファの背もたれに背を預ける。
「彩羽は国王とお妃様が大好きっだったんだな」
「はい、お父さんお母さんのような、それ以上の親しみを感じてはいました」
 ふと、目を伏せ一呼吸おいてから彩羽は再び言葉を紡ぎだす。
「……比較的平和が続いたある日です。……私はその時、外交の案件で国にいませんでした」
 先ほどとは打って変わり、視線は斜め下。瞳は過去を見ているのか、何処か遠くを見つめている。
「国に戻ると、街はもう瓦礫の山で跡形もなく、宮殿、も……。
国王は国王側近のサイドエフェクトで私の帰還を知ったのでしょう。生き残っている者たちと共に私の元へ駆けてきたのです。
……そして、私が言葉を発する前に、国王は……玄界へのゲートを開きました。お前を帰してやれそうでよかった、と」
 だんだんと、途切れ途切れになっていく言葉。言葉の節々には悔しさと、悲しみが滲み出ていた。
 栞が彩羽の横に座り、そっと背中を撫でる。
「……この黒トリガーは、私の罪なんです。……私が、みんなと一緒にいたくて駄々をこねたから……!……これには、みんなのトリオンと想いが詰まってる。私にとって何にも代えられない特別なトリガーなんです……」
 その存在を確かめるように首飾りをギュッと握りしめる。
「復讐は望んでない、と国王は言っていました。でも、叶うなら一矢報いたい。それに、敵は私の事を狙っていたらしいのです。だから、もし、奴らが私の前にいざ現れた時、何もできないまま終わりたくはない。最悪、この黒トリガーを奪われでもしたら私は自分を憎んでも殺しても足りない。これだけは守り抜かなきゃいけないんです」
 彩羽の感情に呼応するかのように黒トリガーは淡く光を放つ。
 顔を上げた少女の瞳は、強い意志を持っていた。

「もちろん協力するよ彩羽。ここには、色んな奴がうじゃうじゃいる。今より絶対強くなれる」
 迅は一歩進み出て手を差し出す。初対面では胡散臭さしかなかったが、今はなんとも頼もしく見えるから不思議だ。
「はい、迅さんについてきてよかった」
「うん。なんたって俺は、実力派エリートだからね」
「そのセリフ、今必要だったか?」
「いや、必要でしょ!」
 林藤支部長のツッコミに迅は横に親指を立てたグーサインと輝きを出して答える。
「ま、とりあえずボーダーに入隊せん事には始まらないな。玉狛支部は君を歓迎するよ羽藤彩羽」
「……今まで黙ってたのは腹が立つけど、事情があっての事だし。特別に許してあげるわよ!」
 ニカ、と笑みを浮かべて眼鏡を光らせる林藤と対象に、小南は口を尖らせているが、認めてくれたであろう反応だということはこの一年の付き合いでなんとなくわかっているので
「ありがとう」
 笑って伝えれば小南は顔を赤くしてフンッと勢いよくそっぽを向いた。
 陽太郎はもう寝ていたが、他のメンバーも各々笑って迎え入れてくれる。彩羽は安心感を覚えると同時に切なさを覚えた。
 大切なものを作ってよかったの?帰って来たばかりの頃の自分が問いかけてくる。
 もう、選んでしまった。そればかりは進んでみないとわからない。でも、折角拾ってもらった運命を、不意にはしたくない。だから、大切なものを作ってよかったと、言える未来に進んでいこう、と彩羽は玉狛の暖かいぬくもりと共に、過去の自分を抱きしめたのだった。





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