世界の引金
「やっぱり来てくれないかー」
 玉狛支部の屋根で寝そべっていた迅 悠一は、口元に笑みを浮かべるとそこからくるりと飛び降りた。
「じゃあ、いっちょ、迎えに行きますかね」
 グラサンを掛けて、街を見つめる。その目は、これから起こる出会いを楽しむかのように爛々と輝いていた。



―――

 彩羽が玄界に帰って来てから二年後のこと。隣町にゲートが開いた。トリオン兵が急襲する中、ボーダーという組織のそこからの対応は、目を見張るほどの速さだった。被害は甚大だったが組織の信頼は勝ち得たようだ。
「彩羽ー!お腹空いたぁー!」
「桐絵……、お昼食べよっか」
 彩羽はと言えば、特に組織に関わる事もなく、のうのうと暮らしていたりする。組織が開発した門誘導システムでゲートも基地周辺にしか開かないし。
(高校に上がって仲良くなった小南 桐絵はボーダーの人だったけど、めんどくさいタイプの子じゃないと思うし)
 お互いがお互いの弁当をつっつき合いながら箸を進めていく。
「そういえばさー、同じ玉狛支部に迅ってのがいるんだけど……そいつに彩羽の事話したら興味持っちゃったらしくて、会ってみたいなーって言ってるんだけど……彩羽って今日の放課後暇?」
「暇じゃない。全然暇じゃない」
 それ関係については暇なんてできない。それは流石に心の底にしまっておくが。
「だよねー、急に言われてもねー。じゃあ行けそうな時言って!ま、もしかしたら本人直接来るかもしれないけど!ぼんち/揚げ食べながら話しかけてきたらそれ迅だから!」
 にゃははーと小南が笑うのに合わせて彩羽も笑顔を作るがもう引きつり笑いしか出ない。
(めっちゃ行動力ありそうだな、その迅って人)
 しばらく警戒しておく必要がありそうだ、と彩羽は気を引き締めた。

 ……引き締めたが、意味なかった。



「やっと会えたね」
 彩羽は、コンビニでレジ打ちのバイト中に、ぼんち/揚げ(コンビニ限定すだち味)に向かって話しかけるあやしい男性に遭遇した。見つけた時に呟けばいいのに、わざわざレジまで持ってきて聞こえるように呟くとかイタい人?構ってちゃん?なんかツッコみとか反応とかしたほうがいいのかな。茶髪、グラサン、顔も整っててなかなかカッコいい風なのに残念な人だなぁ……なんて高速で頭を回転させていると、その人と目が合い、爽やかな笑みを向けられた瞬間……色々察してしまった。小南にはバイト先教えてなかったから、来るなら学校か家だろうと油断していたのだ。
(ぼんち/揚げ、ね……)
「……迅さん、ですか?」
「そうそう、小南から話は聞いてるでしょ?」
 しらばっくれても無駄だろう。相手はここを探し当てて、私だということを確信しているのだから。ため息を吐いて疑問を投げかける。
「ひとつ、訊いてもいいですか」
 見つめると笑顔。それを肯定の意ととらえ、言葉を続ける。
「ここを見つけたのはサイドエフェクトですか?」
「おれは実力派エリートだからね!」
 謎のドヤ顔。答えになっているようないないような。いや、なってない。
「傷つくからそんな怪しい人見る目で見ない!」
「だって、初めから怪しさしかなかったですもん」
 正直に言えば、微笑を浮かべて遠くを見ていた。
「ま、そうゆう事。俺には未来を視るサイドエフェクトがある」
「……そのサイドエフェクトで、私がここにいると?」
「きみだっていうのはここに来てみないとわからなかったけどね。知らない人の未来は視えないし。でも、今日ここで会う子とは話をしておいたほうがいいって、おれのサイドエフェクトがそう言ってたから」
 迅が差し出した手を彩羽は握る。
「きっと、貴方には隠し事したって無駄なんでしょうね」
「そんな警戒しなくても大丈夫だよ。俺は、きみの未来を変えるために来たんだ」
 正直、胡散臭いと思った。でも、目が本気だった。だから、託してみようと思った。
……私の運命を。

「じゃあ、バイト終わったら迎えに行くよ」
 そう言って迅さんは店にあったぼんち/揚げを買い占めて、一度、帰って行った。
「逃げようと思えば逃げられるのに、その可能性は考えないのかしら。あの迅って男」
 着替えていれば、人がいないのをいいことにフェナが顔を出す。
「私が逃げないのをわかってるからじゃないかな」
「未来はわからないものよ?」
「うん、本人も言ってたから重々承知の上じゃない?フェナ、私が逃げないのはね」
 竜の名を呼び、自分の考えを告げる。
「面倒だからとか、言葉に釣られたからじゃなくて……彼について行けば何か、重要な事が聞けそうな気がするから、だよ」
「彩羽、もしかして貴女……」
「私はまだ、復讐を諦めてない。だって、玄界にも門は開いてるのよ」
 彩羽の瞳に宿った強い意志にフェナの紅い瞳は瞬いた。
「私は、貴女のサポートが仕事だから。決めたなら何も口出しはしないわ」
「ありがとう」
 着替え終わった彩羽はロッカーの扉を閉じる。
「さぁ、行こう」
 歩き出す彩羽の左腕に、フェナはブレスレットとして隠れた。


―――
「お、来たね」
 店から出ると、目の前のガードレールに迅さんが腰かけていた。
「じゃあ行こうか」
 横並びに案内されるまま道を辿っていく。

「ぼんち/揚げ食べる?」
「へ、……え?ぼんち、揚げ?」
 てくてく歩きながら迅がぼんち/揚げの袋を差し出してくる。
「美味しいよ」
「それは知ってますけど……」
(今ここで?!)
 と、彩羽はツッコミがしたくてしたくてたまらなかった。
 横でボリボリといい音を立てる迅に、彩羽はおずおず疑問を投げかける。
「聞かないんですか、私の事」
 とまどいを隠さないまま見上げてくる彩羽を軽く一瞥して迅は答える。
「聞くよ?聞くけど、ここでするような世間話でもないし、何回も話したい事じゃないだろ?」
 迅の言葉に、ほっとしたような拍子抜けのような。
「……迅さんはなんでボーダーに入ったんですか?」
「……知りたい?」
 ただ、間を繋ぐための世間話のつもりだった。雰囲気の変わった迅さんに、軽く構えれば、突然車のクラクション音。
「迅、迎えにきた」
 屋根のない装甲車もどきの運転席に乗っていたのはムキムキではないががっちりした筋肉の持ち主だった。
「サンキュー、レイジさん。さ、彩羽、乗って乗って」
 肩にポンと手を置かれ、後部席へと押しやられる。「さっきの質問の答えはその内わかるよ。これも、おれのサイドエフェクトがそう言ってる」
 乗り込むとき耳打ちをされる。迅さんを振り返れば、やっぱりただ笑っているだけだった。
「彩羽、こちら木崎 レイジさん。見た目に反して率先して料理を作る意外と家庭的な男だから警戒しなくて大丈夫だよ」
 動き出した車内で迅は迎えにきた木崎の紹介をはじめた。その説明は警戒心は解けるけどいかがなもんなんだ。と彩羽が迅と木崎を交互に見ていれば
「木崎レイジだ、よろしく」
 と、特に抑揚なく木崎は簡潔に挨拶を済ませた。
「あ、私は羽藤彩羽です」
「詳しい事は、みんな集まった時に話すからー」
 髪を風になびかせ、迅は目を細める。

「とりあえず、ぼんち/揚げ食う?」
 どこからともなく差し出したぼんち/揚げは、結局ひとりで美味しく完食するのだった。


Back to Home
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -