世界の引金
 今までの事は夢だったのだろうか。そんな事を思ってしまうくらい、彼女、彩羽の日常は平穏そのものだった。
 無事、元の世界には帰ってこれた。家の近所の神社に不時着した彩羽は、ボロボロの状態で転がっていたところを掃除していた神主に発見された。意識がなかったため、本人的には気づいたらベッドの上だったのだが。
 両親は健在。彩羽の事も覚えていたし、彩羽も彼らの事を覚えていた。
 でも、再会に両親ほど感動しなかったのは彼らより大切な人たちとの別れを体験してしまたからだろう。生みの親より育ての親とはよく言ったものだ。
 色々と検査をしたが特に異常も見当たらず、無事退院。
 黒トリガーはどんな原理か痣となっているらしく、フェイクのネックレス状態である。
(手放さなくて好都合ではあるけど……最初は固形物だったよなぁー?)
 トリガーを起動するため、彩羽は人気のない裏山に来ていた。
(危ないトリガーって黒トリガーの事だったわけか……)
 話には聞いたことがあったが実際に見るのは初めてである。
 目を閉じて、彩羽は呟く。
「……トリガー、起動(オン)」
 ……風が起こった。
 瞳は閉じているのに、景色が見える。何かに近づいていく感覚。風を、切る感じ。地面を這って、草をかき分け進んでいく。視えてきた人影これは、私……?
 ――ハッ、と目を開ける。目の前には何もいない。
「……ビックリ、したー」
 仰向けにドスンと寝そべり空を見上げる。
「……結局どんな能力だったんだろ」
 起動したようなしなかったような。結局わからず終いだ。ぼんやり空を見上げていると、先程とは何か違う。違和感。白くて長いものが視界の隅にちらちら入ってくるのだ。
(へび?)
 何事かと頭をそちらへ向ければ、何やら見た事のある白い竜がこちらをジッと観察していた。竜と言ってもその姿は猫くらいのサイズで、まだ幼いように見える。
「……私の顔に何かついてますか?」
 話しかけたのはただなんとなくだった。言葉が分かったのか、音に反応したのか竜が反応した。笑ったのだ。
「可愛らしい目と鼻と口が付いていますよ」
 まさかそう返されるとは思っていなかった。
「貴方はなんですか?記憶が正しければ私がいた国の象徴である竜神にそっくりなのですが……」
 目をまん丸くしながらの彩羽の問いに竜は満足したように応える。
「いかにも、私は先日滅亡した国の象徴であった。貴女が国を……国の皆の想いを背負ったから、私もその黒トリガーに力を込めたのよ」
「貴方も?!」
 竜の言葉に身体を起こす。
「おかげでサイズが小さくなってはしまったけどね。私たちは代々、国王に力を貸しているの。……最期に、王から貴女をサポートするよう言われているからね、って、何泣いてるのよ?!」
「だって……!」
 ぼろぼろと涙を零す彩羽に慌てふためく竜神。
 思い出は記憶の中、形見は首の痣。気持ちで負けたら最後、ただの妄想になってしまう。それが今、ちゃんと形で存在してくれている、思い出も語り合える。あの世界は幻なんかじゃなかったと、自分に証明することが出来る。彩羽は、ただ嬉しかった。挫けそうだったのだ。全て神隠しのせいで、余程ひどい目にあったのだろうと。聞いてはくれるが信じてはいない。元々信じてもらうために話したわけではなかったが。辛かったのだ。いかんせんまだ十代半ばの小娘だ。心と感情がまだ追いつかないところだってある。
それに、不安だった。この記憶は、時が経つにつれ色褪せ、消えてしまうんじゃないかと……。
「泣いてばっかりいられないわよ。ここの平和だって、いつか脅かされるかもわからないんだから」
 竜は空を見上げる。
「戦士は平和になる度言っていたわ。ここで、差が出る……と、彩羽」
 竜の紅い目と彩羽の瞳が交わる。
「王は貴女に戦っては欲しくはないみたいだけど、私は彩羽、妃の近衛騎士を勤めた実力がある貴女に黒トリガーの使い方を教えたいと思ってる」
 竜の威圧感に空気が震え、肌がビリッと総毛立つ。
「武器はあるのに使えないなんて宝の持ち腐れ。その宝に見合う己になりなさい。しかもそれは貴女にとって何にも代えられないもの。自分がそれを守れないんじゃ悔しいでしょう?力はつけておくに越したことはないわ。ま、それをどう使うかは貴女次第なんだけど」
 少し考えて、彩羽は顔を上げる。
「……はい。私からも、お願いします。これを奪われでもしたら、私は絶対自分を許せない」
「良い瞳ね。まだ名乗ってなかったわ。私はフェリエナ。皆はフェナと呼んでいた。よろしく」
 フェナが彩羽の肩に乗り、黒トリガーをなぞる。すると、痣が浮き出し、それは最後に見た時と同じ……形のある首飾りに戻った。
「フェリエナ……素敵ね。よろしく、フェナ」
 フェナと彩羽はお互いの手を握りしめた。お互いが、強くなるために。



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